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アカデミー賞候補の仏映画『レ・ミゼラブル』。監督と出演者が語る「現代の問題」

ぴあ

ラジ・リ監督、スティーヴ・ティアンチュー

フランスの文豪、ヴィクトル・ユゴーの傑作『レ・ミゼラブル』と同じタイトルが大胆にもつけられた本作は、フランスの新鋭、ラジ・リ監督の長編デビュー作。惜しくも受賞は逃したが、本年度のアカデミー賞で国際長編映画賞部門にノミネートされるなど、世界中の映画祭で反響を呼んだ注目の1本だ。

ラジ・リ監督にとって本作は念願の1作だったと明かす。「映画の舞台はパリ郊外に位置するモンフェルメイユ。ユゴーの小説の舞台でもあるこの地域は、いまや移民や低所得者が多く住み、犯罪多発エリアと化している。実は、このエリアで僕は育った。そして、いまも暮らしている。このエリアのリアルな現実をきちんと描いて、世界に届けたいと思ったんだ。というのも、パリの光と影ではないけど、フランスにはパリの輝かしさとは無縁、貧困化と治安悪化が進む郊外がある。そこにスポットを当てた、いわゆる“郊外映画”がよく作られているんだけど、当事者の僕からすると納得できる内容の作品がほとんどない。実際に暮らしていない監督が作っているからか、とってつけたような社会のイメージやレッテルで語られる。そのエリアに流れている空気や、生きている人間の息吹が感じられない。だから、実際に生きている自分たちが語るべきだと、思ったんだ」

ただ、そう事は簡単に動かなかった。「10年前からこのテーマで長編を作りたいと思っていた。でも、まったく資金を調達することができなかったんだ。僕は15年ぐらい前からドキュメンタリーを発表してキャリアを重ねていたけど、それもこれもこの長編を作るため。すべてがここに終結するための準備だと考えていた。その間には、潤沢な予算で長編を撮ってみないかという、とても魅力的な話も舞い込んできた。でも、自分の長編映画第一作はこの題材と決めていたから断ったよ。それぐらい決意は変わらなかった」

そこで、まず同名の短編映画を作ることにする。「今回、長編にも出演している同じようなメンバーで撮っている。なかなか資金が集まらないから、まずは自分たちの実力をみてもらうために、短編を作ることにしたんだ。それはすごく評判が良くて、実際、いろいろな映画祭で数多くの受賞をした。これで“いける!”って思ったんだけど、現実は甘くなかった。当初予定した予算の半分も集まらない。でも、これ以上は待てないということで、低予算体制で撮影を決行したんだ」

作品は、ムスリム同胞団と麻薬売人が覇権争いを繰り広げ、民族間の対立もあれば、黒人とロマの衝突もある。本来、治安を維持する役割の警察も住人を恫喝したり、差別的発言を繰り返したりとほめられたものではない。そうした混沌とした街が、ひとつのいたずらからとんでもない事態が起きてしまう。

そこには、このエリア周辺で実際に起きている出来事と人間関係、民族間のパワーバランスの変化などを、つぶさにみつめ、つきつめた監督の深い洞察力と本質をとらえる鋭い目によってきりとられた社会の縮図が広がる。

「自分は自覚していたんだ。“自分が暮らすこの地区は特殊だ”と。それでカメラを回し続けていた。おそらく、このエリアの日常をこれだけカメラに収めている人間は僕以外にいない。だから、ほかのことに手を出すよりも、自分の身の回りのことを突き詰めて、映画にしようと思った。スペシャリテになればいい。掘り下げてつきつめることが自分にとっての切り札になるんじゃないかと思ったんだ。僕は絶対にこのエリアの空気を描けることを自負していた。その空気はひしひしと感じてもらえるんじゃないかな」

一方、物語のキーパーソン、街の仕切り屋、市長を演じたスティーヴ・ティアンチューは、脚本を手にしたときをこう語る。「プロデューサーのひとりから、こんな作品があると、シナリオを渡されたんだけど、一気に読んでしまった。本物の“郊外映画”になると思ったよ。それで、なんとしても役をもらわないとと、オーディションを受けたんだ。僕はいま37歳だけど、この年でいまこそやるべき役と思ったのが市長役だった。当初は、違う役を想定されたみたいなんだけど、僕は市長にこだわって受け入れられた。この自称、市長は自然とあのエリアの平穏を保つために存在している。いわば行政と住人の調整役だったりする。ただ、だからといって彼の身は安泰ではない。調整役ゆえにいつ恨みをかって、危ない目にあうかわからない。常に恐怖と裏返しで、綱渡りの人生を送っているといっていい。ある意味、このエリアのギリギリな状況を象徴している人物だと思うんだ。一見すると彼は自分の帝国を作り上げているようにみえるんだけど、その実物は砂上の楼閣なんだ。いつ、自分がこの世界から消えてもおかしくない。そういう人物の複雑な心境を表現したいと思ったんだ」

作品は、断ち切れない暴力の連鎖、権力者によって抑圧される弱者、自分ではどうすることもできない貧困など、社会のシステムから零れ落ちてしまった人間たちの姿と、歪んだ現代社会の現状が浮かび上がる。自己責任論など、世間の目が弱者に対して厳しく当たる現代の日本にも当てはまるところが多々ある。ラジ・リ監督はこういう。

「日本の社会はちょっと、みんなが同じ方向を向かないとダメというところがあるよね。そこは少し考えるべきことかもしれない。フランスは相互援助が当たり前という意識が市民の中にある。だから、たとえばホームレスがいたら、日本では“そういう状況になったのはお前のせいだ”と思う傾向が強いというようなことを聞いたことがあるけど、フランス人でそう考える人はほとんどいないんじゃないかな。“人生でちょっとまずいて時間が必要なのかな”ぐらいに考える人がほとんど。人権が大切にされているからね。そういう人権や個人の尊厳といったことにも思いを馳せる時間に、この作品がなってくれたら、うれしいと思っているよ」

監督自身、社会がいい方向にいくようアクションを起こしている。「映画学校を設立して、学費無償、条件一切不問で、子供たちを受け入れている。次世代の子たちが自分たちでカメラを手にして、自分たちの身の回りのことを撮らせている。まずは自分が生きている地点の現実を知ることからなにごとも始まるからね」

『レ・ミゼラブル』
2月28日(金) 新宿武蔵野館、Bunkamura ル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

取材・文・写真:水上賢治

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