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魅惑の毒娘は『鬼滅の刃』胡蝶しのぶだけじゃない 三原ミツカズ『毒姫の棺』が描く愛

リアルサウンド

20/7/1(水) 8:00

※本稿では、『毒姫』の内容について触れています(筆者)

 「毒」という言葉には、あらゆる犯罪者や、ロマンティックな犯罪文学愛好家を強く惹きつける、奇妙に魔術的な、眩惑的な響きがあるように思われる。

 これは澁澤龍彦の『毒薬の手帖』(河出文庫)の一節だが、同書によると、サドやデュマ、フローベールらと同じように、シェイクスピアも毒に関するおびただしい記述を残しているらしい。『ロミオとジュリエット』や『ハムレット』、あるいは『リア王』や『ヘンリー四世』を、「毒の物語」として読み比べてみるのも一興かもしれない。

 また、そうした「毒の物語」の中には、「自らの身体を毒そのものに変えた少女」を描いた作品も少なからず存在する。文学ではナサニエル・ホーソーンの『ラパチーニの娘』あたりがよく知られているところだと思うが、漫画でいえば、吾峠呼世晴のヒット作『鬼滅の刃』の人気キャラ、胡蝶しのぶのことを思い浮かべる人も少なくないだろう。それ以外にも、藤田和日郎が『美食王(ガストキング)の到着』という短編で、毒を摂(と)り続けることで自ら「毒娘」になった少女の復讐劇を描いている。

参考:『鬼滅の刃』胡蝶しのぶ、美しき「毒娘」の魅力とは? 陰と陽の混じりあった“個性”に迫る

■正体がいきなりバレるところから始まるストーリー

 三原ミツカズの『毒姫』という作品もまた、(タイトルから一目瞭然だが)そんな「毒娘」を描いた傑作のひとつだ。主人公の名は、リコリス。髪の毛の色が血のように赤いだけでなく、赤子の頃に火事でひとりだけ生き残った彼女には、「彼岸花」を意味するその名がつけられた。

 リコリスは、ミトラガイナの女王が秘かに育てている「毒姫」のひとりである。ミトラガイナという弱小国は、幼い頃から毒物を摂取し続けることで体液が猛毒になった美しい娘たちを、寵姫(ちょうき)――という名の暗殺者――として政治的・戦略的に周辺国へ送り込むことで存続しているのだが、ある時、リコリスはグランドルという国に送られることになった。グランドルの新たな国王が各国と平和協定を結び始めたため、ミトラガイナの“裏の商売”が立ち行かなくなってきたからだ。

 そしてリコリスは、送られた先で三つ子の王子と出会う。第一子から順に、ハル、マオ、カイトという3人は容姿も性格もバラバラだが、それぞれが呪われた“宿命”と向き合って懸命に生きているという点では似てなくもない。読者が最も魅了されるのはおそらく末子のカイトだろうが、個人的には、最後まで宿命に縛られながらも己の美学を貫いた、マオのキャラが秀逸だと思う(余談だが、長男のハルの“毒味役”でもある彼は、毒物に耐性があるため、唯一リコリスと触れ合うことができる存在だ。ただし、彼女にいたずらに口づけしたあとで、猛烈な嘔吐と目眩に苦しんでいたが……)。

 ちなみに本作の展開がものすごいのは、物語の序盤――入国早々、リコリスの正体がいきなり王子たちにバレるところだ。通常の長編漫画の場合、もう少し彼女の正体がバレるかバレないかの展開で引っ張るものだと思うが、この漫画の作者はそんな野暮なことはしない。むしろ、正体がバレたあとで、すべてを失ったリコリスが処刑されることもなく、「毒姫」として異国でどう生き抜いていくのか、その姿を力強く、そして残酷に描いていく。

 物語のラスト、ミトラガイナの女王の策略にはまったイスキアという国にグランドルは侵略される。街のあちこちで殺戮が始まり、3人の王子のうちふたりは死ぬが、生死の狭間(はざま)をさまよう彼らの心に浮かんだのは、いずれも「彼岸花」の名を持つ弱小国から贈られてきた赤い髪の少女だった。人を愛することのできない毒姫が、愛を知らない王子たちの心を変えていく……。

 周知のように毒というものは使い方次第では薬にもなるわけだが、果たしてリコリスの存在は、3人の王子にとってどちらだったのだろうか。少なくとも死んだふたりにとっては薬だった、と思いたい。そもそも三原ミツカズという漫画家は、作品を描く際、「毒」のほかにも「人形」や「エンバーミング(遺体衛生保全)」など、「死」を思わせるテーマやモチーフを選ぶことが多いのだが、いうまでもなく、彼女が伝えようとしているのはその対極にある「生」である。タナトス(死)ではなく、エロス(愛)だ。

 さて、先ごろ、『毒姫』の外伝的な短編を集めた『毒姫の棺』(朝日新聞出版)の上巻が刊行された。収録されているのは、オリジナル・ストーリーに登場したさまざまなキャラクターたちの過去や“その後”の物語である(特に「生き残った王子のその後」が丁寧に描かれている)。そもそもこうした外伝が成立するのも、三原が描くキャラが脇役にいたるまですべて立っているからだと思うが、この巻で個人的にもっとも印象に残ったのは、ミトラガイナの女王の心の闇を描いた一編(『ダチュラ メテル ミトラガイナ』)だった。

 これは極論かもしれないが、そこで描かれているような彼女の“美”や“権力”に対する歪んだ感情が、周辺国をも巻き込んだのちの悲劇を生み出したといっても過言ではないだろう。そう――月並みな言い方で恐縮だが、本当に恐ろしいのは、体液のすべてが猛毒になった少女たちなどではなく、心が毒に冒された人間なのである。

※『毒姫の棺』下巻は、2020年内に刊行予定とのこと(筆者)

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。

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