Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

『マティアス&マキシム』グザヴィエ・ドランにしか描けない、たったひとつの“初恋”がここに

リアルサウンド

21/3/12(金) 17:00

 ある自主映画の撮影でラブシーンを演じることになった親友同士の男と男。それがきっかけとなり、ふたりの関係に変化が訪れる。マティアス(ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス)は恋人との結婚を控えており、マキシム(グザヴィエ・ドラン)はオーストラリアへと旅立つ準備を進めている。まさに人生の分岐点に立つ彼らが、抑えきれなくなっていくお互いへの感情とどう向き合っていくのか。そんな『マティアス&マキシム』のBlu-ray&DVDが3月12日に発売となる。豪華キャストを迎えた日本語吹替版は本作が新たに生まれ変わったかのような装いで、すでに観ていてももう一度『マティアス&マキシム』の世界を楽しめるだろう。その他、劇中でマティアスとマキシムが出演した短編映画『Limbo-辺獄』、別テイクによる未公開シーン、最果タヒの詞「傷痕」を菅田将暉が朗読する特別映像などが収録されている。カナダの映画作家グザヴィエ・ドランは、これまでにないほど繊細な手つきによって、自身のフィルモグラフィ史上もっとも純度の高い愛の物語を詩情豊かに編み上げていく。

 マティアスとマキシムは共に幼なじみとして同じコミュニティ内で過ごしてきたと思われるが、それぞれがまったく別の人生を送ってきており、そしてこれからさらに別の道を行くかのような分断がふたりの間にあることを感じさせる。恋愛映画であれば恋人同士になるふたりの触れ合いやぶつかりあいなど近い距離の交流を通して大団円に向かっていくのが定石であろうが、『マティアス&マキシム』が重点を置くのはむしろ、隔たれた距離がある者同士における対話なき時間に高まっていく感情の有り様なのかもしれない。だからこの映画はひとつの「マティアスとマキシムの物語」であるというよりも、平行して進んでいく「マティアスの物語」と「マキシムの物語」のふたつから成り立っているようでもある。

 ゆるやかにどこかへ向かっていくような予感がするマティアスとマキシムのそんな恋模様とは対照的に、マキシムと母マノン(アンヌ・ドルヴァル)の親子関係は停滞を極めている。ドランがこれまでも繰り返し描いてきた「母」のテーマは、『マティアス&マキシム』でも影を潜めていない。長編監督第1作『マイ・マザー』(2009年)でとりわけ顕著なように、ドラン映画における「母」との関係性は愛憎まみれた一筋縄ではいかない複雑さを呈するが、息子をドラン自身が演じている場合にはそれが一層色濃くなる。たとえばドランではない役者がその息子役を演じた『たかが世界の終わり』(2016年)の母マルティーヌ(ナタリー・バイ)と息子ルイ(ギャスパー・ウリエル)や、『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』(2018年)の母サム(ナタリー・ポートマン)と息子ルパート(ジェイコブ・トレンブレイ)は、親密な抱擁を交わす。しかし、ドラン演じる息子となるとその類の抱擁ははっきりとは見られない。『マイ・マザー』のドラン演じるユベールが「母は死にました」と放言してみせたように、『マティアス&マキシム』でもドラン自身が演じる息子は、母をまるで亡き者として折り合いをつけるしかないような、どうしようもなさを抱えている。

 マキシムはどこか母を失った赤子のような心許なさを、つねにかぼそい身体に纏わせている。マキシムの顔には大きなあざがあり、時折見せる物悲しげな表情と相まって、赤い涙を流し続けているかのように見まごう。バスの車内でマキシムが頭から血を流すのは、そんな痛々しさに追い打ちをかけるかのように鮮烈な印象を残す。マキシムにとって顔にあるあざとは、つねに自分から見えているわけでも意識しているわけでもないが、他人からはつねに見られているものであり、それはマキシムや、あるいはマキシムに投影されたドラン自身のセクシュアリティのある種の比喩のようにも思える。この映画のなかでそんなマキシムのあざに言及するのは、マティアスただひとりである。マティアスはあざについて乱暴に罵り言葉を吐きもするが、同時に優しく触れもする。マキシムを傷つけることができるのも、癒すことができるのも、この世界でたったひとりだけだとそのあざは証明する。

 ふたりにとって決定的な瞬間であるマティアスとマキシムのキスをカメラは映さず、画面を外の風景へと移行させる。風の吹きすさぶなかで落ち葉は舞い踊り、揺れるろうそくの炎は消し去られる。その直後に一瞬して、世界が静寂を招き入れる。それこそが変化の訪れに高揚し、戸惑いもするふたりの心象風景そのものであり、一変してなにかが変わってしまったことを映像が伝えている。ドランはいつもこうして、修辞的な映像を巧みに使いながら、言葉にしえない感情を臆することなくエモーショナルに表現してきた。

 もしもマティアスとマキシムが男同士ではなく、どちらかが男でどちらかが女だったら――。多くの友人たちに囲まれながらあっけなく結ばれ、もっとずっと前にあたりまえのように祝福されていたかもしれない。同じ場所に生きていた男と男が、互いに惹かれる萌芽を心に内包しておきながら、それでも長い時間それが日の目を見なかったのは、同性同士であるという理由と決して無関係ではないはずだろう。人生では文字通りの意味における「初恋」とはまた別に、それが一度目の恋ではなかったとしても、きっと「初恋」としか言いえないような、もう一つの「初恋」に巡り合うことがある。いくつもの恋を経てきたであろう30歳の大人であるマティアスとマキシムが身を浸しているものは、そんな「初恋」以外のなにものでもないと言いたくなるような瑞々しさや初々しさが、このフィルムには滲んでいる。ドランにしか描けない、たったひとつの「初恋」がここにある。

■児玉美月
映画執筆家。大学院でトランスジェンダー映画の修士論文を執筆。「リアルサウンド」「映画芸術」「キネマ旬報」など、ウェブや雑誌で映画批評活動を行う。Twitter

■リリース情報
『マティアス&マキシム』
Blu-ray&DVD発売中

・Blu-ray
価格:5,200円(税別)
仕様:2019年/カナダ/カラー/本編120分+映像特典約15分/16:9LBビスタサイズ/片面1層/音声 1.フランス語リニアPCM5.1chサラウンド 2.日本リニアPCM2.0ch/日本語字幕・吹替用字幕

・DVD
価格:4,200円(税別)
仕様:2019年/カナダ/カラー/本編120分+映像特典約15分/16:9LBビスタサイズ/片面1層/音声 1.フランス語ドルビーデジタル5.1chサラウンド 2.日本語ドルビーデジタル2.0ch/日本語字幕・吹替用字幕

※仕様は変更となる場合あり

【特典映像】
●未公開シーン集
●エリカの短編映画
●特別映像 「傷痕」最果タヒ×菅田将暉
●予告編集

【封入特典】

<初回生産限定>
初回生産限定・豪華アウターケース

<封入特典>
●ポストカード2枚

【日本語吹替版 ボイスキャスト】 
マティアス(ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス):森久保祥太郎
マキシム(グザヴィエ・ドラン):寺島拓篤
リヴェット:荻原秀樹
フランク:岩崎諒太
ブラス:丹羽正人
シャリフ:市橋尚史
マノン:浅井晴美
フランシーヌ:笹島かほる
サラ:兼田めぐみ
エリカ:堀籠沙耶
リサ:平山笑美
ジネット:かとう有花
マティス:木村大樹
ケヴィン・マカフィ(ハリス・ディキンソン):八代拓

【吹替版制作スタッフ】
吹替版翻訳:赤坂純子
録音・調整:原口崇正
演出:サイトウユウ
制作:株式会社チャンス イン

発売・販売元:TCエンタテインメント
(c)2019 9375-5809 QUEBEC INC a subsidiary of SONS OF MANUAL

アプリで読む