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『地獄楽』、アニメ化でブレイクなるか? バトルの中で愛を描いた傑作を読み解く

リアルサウンド

21/1/30(土) 8:00

 集英社の漫画雑誌アプリ「少年ジャンプ+」で配信されていた賀来ゆうじ『地獄楽』(集英社)が、1月25日の配信第127話で完結した。化け物たちが跋扈する島へ、監視役の打ち首執行人たちと共に送り込まれた極悪人たちが、無罪放免をかけて繰り広げたバトルの行方。幻かもしれない妻との再会だけを心の糧に、強敵に挑んだ主人公の画眉丸の運命。そんな関心がすべて満たされる結末は、テレビアニメ化決定という朗報も同時にもたらした。

 「愛があるから人は強くなれるのか? 信じるものがあるから苦しみを乗り越えていけるのか?」―2020年6月4日に第10巻が刊行された時に、『地獄楽』という物語に通っている心棒のようなものを、愛であり信頼ではないかと書いた。(参考:https://realsound.jp/book/2020/06/post-567330.html

 以後、最終回まで30話ほどにわたって描かれた、クライマックスに次ぐクライマックスといった激しいバトルの中で、そうした思いはより強くなっていった。最後に立っていた者たちが、まさに愛と信頼をより所にして強さを発揮し、苦しさを克服して、極楽でもあり地獄でもある孤島を後にできたからだ。

 そもそも、『地獄楽』とはどのような物語だったのか。“忍法浪漫”と銘打たれ、2018年から連載が始まった漫画で、主人公は“がらんの画眉丸”と呼ばれる男。忍者たちが作る石隠れの里の筆頭忍者として、暗殺などの裏仕事を冷酷にこなしてきた。

 そんな画眉丸の心境が、長老の娘の結を妻に迎えたことで変化した。結との「普通」の生活を願って里を抜けると言い出した。長老は表では認めたものの実は許さず、画眉丸を罠にはめて幕府に捕らえさせる。当然、死罪を言い渡されたものの、焼かれても刀で切られても死なない画眉丸を幕府は、ほかの死罪人たちとともに、南海に浮かぶある島へと送り込む。

 美しい花が咲き、蝶が舞う極楽浄土のようなその島の存在を知った幕府は、何度か調査団を送り込んだが、ほとんどが消息不明となり、戻ったひとりは全身から花を咲かせて人間性を失っていた。恐ろしい島だが、人を花に変えるなら、不老長寿の仙薬もあるかもしれないと考えた将軍は、命の惜しくない死罪人たちを、監視役の打ち首執行人たちと共に送り込んだ。無事に仙薬を持ち帰ったひとりだけを無罪放免にすると約束して。

 生き残れるのがたったひとりなら、当然起こるのが死罪人どうしでの殺し合いだが、『地獄楽』が有り体の孤島バトルロイヤルものと違っていたのは、島に圧倒的な強敵がいたということ。秦の始皇帝の命を受け、不老不死の仙薬を探して海を渡った徐福が生み出した「天仙」たちが、女にも男にも姿を変えられる美しい容姿で、人間を遙かに超える力を振るって攻撃してきた。

 とりわけ、蓮(リエン)という名のリーダー格の天仙は、本土にいる人間たちをすべて花に変えつつタオを集め、徐福を復活させようと目論んでいた。その思いが、単なる“生みの親”を慕うだけに留まらない、深くて激しいものだった理由が明かされたとき、蓮がどうして他の天仙たちに比べ、飛び抜けた強さを持っていたかも分かる。そして同時に、画眉丸がどれだけの強敵を前にしても屈せず、石隠れの里から送り込まれてきた暗殺者たちにも負けずに、最終決戦までたどり着けたかも理解できる。

 “画眉丸”という名は里のトップに受け継がれる名前で、“がらんの画眉丸”の後継もシジャという忍びに決まっていた。このシジャが絶対的な画眉丸の信奉者で、何の感情もなく敵を屠り任務をこなす姿に憧れていた。それだけに、妻を得てからの画眉丸を腑抜けとみなし、自分の手で殺そうとして立ちふさがる。里には結という名の女などいない、幻術が特異な長老が見せた幻だと言って画眉丸の心を揺らし、諦めさせようとする。信じたくない。けれども嘘ではないかもしれない言葉に揺れる心が弱さを招き、隙を生む。

 画眉丸が、結との愛を知って腑抜けになったと思い、「本当の貴方の復活を」「身も心も追い詰めればきっと昔の闘争本能が蘇るはず」と訴えるシジャの言葉は、忍びとして冷酷な任務をこなす上では正解だったかもしれない。けれども、今の画眉丸にとって、結への愛情は、たとえ幻術の結果だったとしても、捨てられるものではなかった。もういちど会うまでは生きたいという思いが、画眉丸を奮い立たせて、シジャとの決戦に向かわせる。

 画眉丸の横で剣を振るう、山田浅ェ門佐切という女性の打ち首執行人には、共闘の中で浮かんだ恋情を即否定されるようで辛かったかもしれない。そこで嫉妬ではなく、結と画眉丸の幸福に願いを切り替え、守りたいと思ったことが、死地で彼女を生き延びさせたのかもしれない。まつろわぬ民というだけで死罪を言い渡された少女・ヌルガイを守りたいと、執行人の士遠が、死闘をくぐり抜けていけたことにも通じる。

 だったら、蓮はどうだったのかというところが、クライマックスにかけての大きなポイントだ。美しい女性体となった蓮が、本土へと向かう船上で、画眉丸や佐切、そして打ち首執行人たちの一門では二位の実力を持つ殊現らを迎え撃つ。そんなバトルの中で蓮が見せるのも、それこそ千年の長きに及ぶ深くて強い愛だった。

 画眉丸の結への思いにもひけをとらないその愛と、圧倒的な強さにかなうはずのない主人公チームに勝ち目があるとしたら、いったい何か。それこそがまさに、愛する人がいることであり、信じるものがあることだと、展開が教えてくれる。絶体絶命の画眉丸を救った、彼のある振る舞いがもたらした奇跡に、愛を尊ぶ素晴らしさも学べるはずだ。

 『地獄楽』が連載された「少年ジャンプ+」では、マンガ大賞2019を獲得した 篠原健太の『彼方のアストラ』が連載され、マンガ大賞2021にノミネートされた遠藤達哉『SPY×FAMILY』、松本直也『怪獣8号』が連載中。そうした作品に混じって、人気上位を走り続けた『地獄楽』が面白くないはずがない。加えてアニメ化だ。

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』や芥見下々『呪術廻戦』が、アニメ化によってキャラクターの声や動きを得て、一段と支持層を広げたような展開が、同様にアニメ化が決まり、第2部が『地獄楽』と入れ替わるようにして「少年ジャンプ+」で始まる藤本タツキ『チェーンソーマン』ともども起こりそうだ。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書籍情報
『地獄楽』(ジャンプ・コミックス)既刊12巻発売中
著者:賀来ゆうじ
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/list/jigokuraku.html

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