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エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第18回 七尾旅人、cero、中村佳穂、Tempalay、ドレスコーズらを手がける奥田泰次の仕事術(後編)

ナタリー

20/7/29(水) 17:00

奥田泰次

誰よりもアーティストの近くで音と向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現しているサウンドエンジニア。そんな音のプロフェッショナルに同業者の中村公輔が話を聞くこの連載。ceroらの作品を手がける奥田泰次の前編ではエンジニアになるまでの話を中心に聞いたが、取材時間の都合により途中で終わってしまったため、後日改めてインタビューを実施。後編では角銅真実、SOIL&"PIMP"SESSIONS、中村佳穂、Tempalay、MONO NO AWARE、ドレスコーズの作品に関する内容をお届けする。

取材・文 / 中村公輔 撮影 / 今津聡子

“静寂”を表現したい

──ceroのサポートメンバーでもある角銅真実さんのアルバム「oar」(2020年1月リリース)を聴いて、ヒップホップっぽい趣味とはまた別に、ジャズ的な趣味もあるのかなと思ったんですが。

ECMレコード(※ドイツ・ミュンヘンに設立されたジャズを主としたレコード会社)のアルヴォ・ペルトという作曲家がいるんですけど、その存在も僕の中ではけっこう大きくて。弱音なんですけどムードがすごくて、言葉で言い表すと“静寂”というか、そういうテクスチャーになっているんですよね。いい音の基準がそこにあるから、自分がやってもそこを表現したいと思っちゃう。ジャズは昔のザラつきのあるのももちろん好きだけど、ECMみたいなリバービーなものも大好きなんですよね。角銅さんのアルバムに関しては歌の質感が大事だなと思ったので、そこから作り込みました。これも基本は“せーの”で録ってますね。SOIL&"PIMP"SESSIONSも同じ感じだったかな。

──SOIL&"PIMP"SESSIONSは「MAN STEALS THE STARS」(2019年12月リリース)ですか?

はい。そのアルバムの中の「Reptilian's Dance」はVICTOR STUDIOで同じようにやったんですけど、ドラムはツインドラムでブースも開けておいて。レコーディングしながら、録っているときにミキサーでバランスを取った2Mixも一緒に録音しておいて、それが採用されました。録音したときの音がミックスせずそのまんまマスタリングにいっていて、マスタリングでもそんなにいじってないので、本当にスタジオで録ったまんまです。SOILはジャズバンドですが、プロダクションも積極的だし、みんな個性的なんでRecもMixも毎回スリリングで面白いです。

──録りの段階でこんなにまとまっているんですね。リック・ルービンがやったドノヴァンがこんな音だったので、どうやったらこうなるのか聞きたかったんですが、まさかミックスしていないとは(笑)。

僕もリック・ルービン、マリオ・カルダートJr.は大好きですね。

──では、録る時点でかけるエフェクトを決めてしまう感じなんでしょうか?

曲にもよりますけど、予想してこれは必要になりそうだなと思ったら、テープエコーをつないでいるときもあります。EQ、コンプもガツガツ、ゲートもガリガリかけるときもあるし、まっさらで何もかけてないときもありますね。そのへんはすべて直感になっちゃうんですけど。

ほんのちょっとのバランスの違いで印象がガラッと変わる

──奥田さんの手がける音は、音色は歪んでいるのに全体ではクリアに整理されて聞こえるんですが、それはどうやっているんでしょうか? おいしいところ、いらないところを整理して、おいしいところだけにしている感じがします。

この音を聴かせたほうがいいなと思うところを意識しているかもしれないですね。例えば(七尾)旅人くんの「サーカスナイト」だったら、「エレピは大きく聴かせたいけど歌の邪魔をするな」「邪魔するけど出したいからどこを引くか」みたいな順番で考えています。一瞬聴いただけでどの曲かわかるのが楽曲の強さだと信じていて、それは根っこにヒップホップがあるのかもしれないです。サンプリングの美学みたいなものが。だから、あまりきれいにバランス取る意識はそもそもないですね。最近よく思うんですけど、僕らエンジニアはほんのちょっとの作業で音が変わることをわかっているじゃないですか。もちろんEQやコンプで音は変わるけど、それ以上にほんのちょっとのバランスの違いで曲全体の印象がガラッと変わる。フェーダーだけで全然印象が変わることを、誰よりもわかっているのが僕たちなんじゃないかなって。今はリコールしなきゃいけないことが多いけど、あるアウトボードではツマミをあえてメモらないで、自分の感覚を信じてその都度やることにしています。

──ちなみに機材はどんなものを使っていますか?

インターフェイスはAvid Pro Tools | MTRXとAPOGEEのSymphony I/O MkIIがあって、あとはMASELECのラインミキサー、EQがZahl EQ1、コンプがSPL IRON、AL.SO Dynax2、Buzz Audio DBC-M、リバーブはBRICASTI DESIGN M7が2台あります。テープエコーはすごく好きでいろいろ持ってますね。初めて買った機材はROLAND RE-201 Space Echoでした。

中村佳穂は桃太郎

──中村佳穂さんの「AINOU」(2018年11月リリース)について教えていただけますか?

佳穂ちゃんはアーティストとしての才能はもちろんですけど、人を動かす力がすごいですね。人が本領を発揮できるスペースを与えるのが上手で、桃太郎みたいにきびだんご1つで命をかけるメンバーを集めちゃう。彼女は昔からいろんな人とセッションしているんですけど、「AINOU」では固定メンバーでアルバムを作るということで、僕に話がくる前から長い時間を共有して、バンドの空気感を作っていたんですよね。

──サンプリング全盛期のエンジニアだとバラついたテイストの素材がそのまま違和感ある状態で並べてあることも多いと思うんですけど、音質は歪み感がありながらも、全体的には有機的にまとまっているように聞こえました。

それはマイクやHA選びとか、録音のときから始まっていますね。もっと言うと、部屋が大事で。「こういうアルバムにするなら、あのスタジオいいかも!」って、スタジオを提案することも多いです。エンジニアはスタジオの責任者みたいなところがあるから、雰囲気も考えて場所を選んでいて。結局人間がやるから、気持ちで変わったりするんですよ。Beastie Boysの「Check Your Head」を聴いて感じたことが今でも感覚として残っていて、場所で時間軸と音は変わるしアルバムの雰囲気に残ると思うんですよね。

──中村さんはどこで録ったんですか?

佳穂ちゃんやTempalayは、リズムはSTUDIO Dedeでアナログテープで録って、上モノは赤川新一さんというエンジニアの方が建てた千葉のスタジオで録りました。体育館みたいな空間なんですけど、ギターアンプ1個だけ大音量で鳴らして録ったりして、そうすると本当にウォール・オブ・サウンドみたいになるんですよ。その音に関してはミックスで何もいじらなかったですね。佳穂ちゃんのはボーカルもそこで録って、天然リバーブが付いたりとかして。

──最初からそういう音だったんですね。中村さんの楽曲では、ものすごく小さい音もあったりしますが、そのあたりの優先度はどうやって決めているのでしょう? 何か物差しがあるんでしょうか?

それは難しい質問ですね……でも、佳穂ちゃんにしろTempalayにしろ、めちゃめちゃトラック数が多いんですよ。Tempalayなんか、バンドなのに300トラックくらいあったかな。シンプルなほうがもちろんやりやすいんだけど、無機質なものと有機的なものを融合する音楽が感覚的に合ってるし好きで、多分その感覚はATCQとか自分が音楽に夢中になった時期の感覚が詰まっているのかもしれないです(参考:ATCQ「Electric Relaxation」 )。

環境によってアーティスト自身の音楽が変わっていくのが楽しみ

──Tempalayのレコーディングはどんな感じなんですか?

Tempalayはやり方がすごく遠回しですね。デモのオケデータに合わせてドラム叩いて、「ラララ」でもいいから仮歌を乗せて、全体のイメージをつかんでから録音する人が多いですけど、彼らはいきなりクリックとドラムから始めるんです。譜面も何もなくて、「仮歌とか入れないの?」って聞くと「恥ずかしいからいいです」って。この遠回しな行為がTempalayの個性につながっているんでしょうね。メンバーみんな自分の世界観があるし、向いている方向が面白いので放置です。

──なるほど。仮歌を入れて完成形が見えたものを清書していくのが最短ですもんね。MONO NO AWAREも個性的なサウンドですけど、Tempalayとはまた全然違った感じなんでしょうか?

曲を作る玉置(周啓)くんが内なるパワーをすごく持っていますね。彼はもともと音楽をあまり聴いていないらしく、ゆえにオリジナリティがすごくあるんですよ。全部デモを完璧に作ってきてそれをきれいに録り直していくんですけど、彼らのデモの状態のほうが強いんじゃないかという気がしてきちゃって。ある曲では「ちゃんと録音したほうが音がいいじゃないですか」って言われたんだけど、「でもこっちのほうが全然強いから」って説得して、デモが採用されたところもあります。現在制作している楽曲では曲の強度を意識して曲作りや録音に臨んでいます。

──MONO NO AWAREはギターの音色にバリエーションがありますが、これはどのようにやっているんでしょうか?

彼らにいろいろなスタジオの音を経験してもらって共通言語を持ったうえで、「このフレーズはこのスタジオ」「このフレーズはあそこ」という感じで決めてもらっていますね。1曲の中でパートごとに違うスタジオで録っています。予算も限られているので、たくさんのスタジオを使うのは無理ですけど、狭いスタジオと広いスタジオという2つのチョイスがあるだけで、音色の可能性が広がるというか、アーティスト自身の音楽が変わってくると思います。そういう流れが楽しみでもあります。

直線的な物作りは面白くない

──ドレスコーズの「ジャズ」(2019年5月リリース)は、かなり激しくエディットしてありますよね。

録ったものを全部、中村佳穂ちゃんのメインプロデュースをやっている荒木正比呂(レミ街)さんに渡して、エディットしたり、シンセを加えてもらったりしました。いわゆるリアレンジだけど、ブラッシュアップした感じですかね。アレンジ的な要素にも質感的なところにも手を加えてもらっています。

──どうして荒木さんにお願いを?

志磨(遼平)さんと仕事するのは初めてで、ロマの世界観を作りたいということだけが共通認識としてあったんですけど、やっているうちにジプシーの古い感じだけを目指しているわけじゃないと気付いたんです。でも志磨さんの頭の中にはあったんだろうけど、テクニック的にどうやったらできるかがわかってなくて、生のこのままでいくと志磨さんの求めているカッコいい感じに持っていくのが難しいと思い始めて。それで「数曲荒木さんが手を加えたものを聴いてもらえないですか?」って提案しました。上がってきたのを聴いたらすごく腑に落ちたみたいで、正式に荒木さんに依頼したという流れですね。

──なるほど。

志磨さんが音に求めていたのはテクスチャーだと思うんですけど、古いマイクを立てて録っただけじゃ、ただただローファイなだけで現代的とは言えないし、更新するためには荒木さんの力が必要だと思ったんですよね。そういうふうに自分的には人と人をつなげるのも好きで。ceroの高城晶平(※「高」ははしご高が正式表記)くんに数年前Sauce81を紹介した縁で高城くんのソロアルバムも構築されました。

──そうすると、エンジニアというよりはディレクター / プロデューサー的な感じがしますね。

音に関してですけど、僕の中ではそれが裏テーマではあります。エンジニアって変わった立ち位置で、僕らのやってることって僕らにしかわからない。そういう意味で自分たちの可能性は無限だと思っているんですよね。プロデューサーって名乗れば責任も発言権もあって明解なんですけど、フワッとしていたいから僕自身は名乗りたくないですね。でも言われたことだけをやる直線的な物作りは面白くないと考えています。

今の若いアーティストの今後が楽しみ

──今のコロナ禍を奥田さんはどう捉えていますか? リモートで宅録した作品もかなり増えてきていますよね。

僕もZoomで打ち合わせをしたりしますけど、正直続かないと思っています。やっぱり濃厚接触してナンボというか。便利ではあるけど、何かが生まれるのは難しいかなって。もちろん「そうじゃないよ」って言う人もいるでしょうけど。コロナ禍でハナレグミ、Charaさん、SOIL&"PIMP"SESSIONSのライブ配信に携わりましたが、やはり現場というのはいいものだなあと身にしみて感じました。6月に入り録音も増えてきました(※取材は6月に実施)。

──アーティスト自身、どういう作品を作るべきかすごく悩んでいますよね。

このような状況で受け入れられる音楽はファンタジーしかないんじゃないかと僕は思ったりもしますけどね。歌詞を全員に当てはめることができるような。創造性が高まる世界観、ひと言で言えばアートかな。あとは結局、アーティスト自身のマンパワーがより重要になってくるというか、己の世界観を磨くために強い思いが大事になってきますよね。そういう意味で、今の若いアーティストはダサいことをやりたくない人が多いから、そういう人たちが今後どうするのか楽しみでもあります。常田大希くん(King Gnu、millennium parade、PERIMETRON)とかそういう気持ちで最前線で闘ってるんだろうなって伝わってくるし、Tempalayやceroも自分自身にまっすぐでやりたくないことはやらない人たちだし。僕自身の活動で言えば、Vinylカッティングの準備をしています。それとエンジニア仲間のzAkさん、岩谷啓士郎くんと“音とは何か”を追求するプロジェクトを進めているので、今後の展開を楽しみにしていてください。

奥田泰次

現在はstudio MSRを拠点に置いて活動している。2013年にPhysical Sound Sportのメンバーとしてアルバムリリース。近年手がけたアーティストは、SOIL&"PIMP"SESSIONS、cero、七尾旅人、中村佳穂、Tempalay、Chara、UA、ハナレグミ、原田郁子、角銅真実、Suchmos、MONO NO AWARE、Attractions、ドレスコーズら。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

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