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庭劇団ペニノの初期作『笑顔の砦』をタニノクロウがリメイク

ぴあ

19/9/17(火) 16:00

庭劇団ペニノ『笑顔の砦』 撮影:堀川高志

舞台は日本海側の漁港町にある木造アパート。漁師仲間が集い酒を酌み交わすとき、その隣室には、痴呆の進む老母の介護に明け暮れる中年男とその娘の姿がある……。隣りあいながらも重なることのない二つの部屋の日常を、ハイパーリアルな美術と淡々とした語り口で鮮やかに印象づける、庭劇団ペニノ『笑顔の砦』(2006年初演)。そのリクリエーション版が昨年11月の大阪に引き続き、横浜のKAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオで9月19日に幕を開ける。

今公演は2016年に大阪で上演された『ダークマスター』(2003年初演)で出会った、関西のキャスト、スタッフとの協同作業によるもの。同じ座組でこの2作を続けて取り組むことは、主宰のタニノクロウの十数年越しのアイデアの実現でもあるという。

「ペニノには所属する役者がいないんですけど、この作品をつくった当時はちょっと“劇団みたいなことをやってみたい”とも思っていて。直前に再演していた『ダークマスター』とまったく同じ座組で、内容が表裏になっているようなものをやろうと考えたんです。『ダークマスター』はブラックファンタジーで、『笑顔の砦』は人情話。あっちが上階と下階の支配の関係ならこっちは隣り合う部屋の関係で、出てくる食べ物も向こうは洋食でこっちは和食、みたいな。ただ、当時は同じ座組で上演することはできなくて。それが今回は実現できそうだったんです。それに、『ダークマスター2016』の稽古で使った城崎アートセンターがとてもいい環境で。何より海があって川があって、山があって温泉があって……っていう周囲の風景が、僕の故郷の富山や、この作品で描いた世界とよく似ていた。それで、城崎で『笑顔の砦』をリメイクすることには何か大きな意味があるだろうと考えるようになりました」

大掛かりな回転舞台で、ひなびた温泉宿に流れる独特の時間を表現した『地獄谷温泉 無明ノ宿』(2015年初演)など、独自の空間設計にこだわりを見せるタニノだが、その感性はむしろ外の世界へ広く放たれている。「僕は2011年まで精神科医をやっていたんですが、来る人来る人、人間のことばっかり言うんです。だけど人って、人同士だけで影響しあっているわけじゃないですよね。たまたまつくった飯とか、風の音、そういうものにも影響されている可能性は大いにあって。生活サイクルもテンションも異なる二つの部屋を隣り合わせにして見せようと思ったのには、そういう意図もありました。関係ないようで関係し合っているもの。稽古で見つめようと思っているのは、当時も今もそのことです」。

二つの部屋、異なるコミュニティと謂う枠組みは初演と同じだが、セリフは一つをのぞき、全て書き換えた。「昔の作品って恥ずかしくて観たり読んだりできないんです。だから気持ちとしてはほぼ新作。当て書きもしました。劇団だったらそうしますよね(笑)。ありがたいことに2016年版『ダークマスター』も大阪、東京、仙台、フランスと公演ができ、この後も予定がある。そういう旅や城崎での稽古を通して、この座組ともより深く知り合うことができ、想像で書くよりもさらに濃いものをつくることができました」。

一連のリクリエーションの喜びは「仲良くなること、楽しめること」だという。「新作をつくるほどには刺激的ではないかもしれない。ただ、誰に頼まれたわけでもなく、この喜びを自分自身が求めているんです」。新たな台本にもそのスタンスは色濃く反映されている。「『笑顔の砦』というタイトルは、もともと、気の合う仲間のコミュニティをイメージしたものです。初演ではそういった“砦”も簡単に壊れてしまうものなんだ、という脆さを意識していたと思います。でも今回はむしろ、弱々しくても残り続けてほしいという願いを込めて書きました。それこそこの芝居をつくる僕らも、またこうして集まることができたけど、若い連中もいるから、きっと、ずっと一緒ではいられない。それでも何か残るものがあれば……っていう気持ちも現れているはずです」。

人の営みを俯瞰する作品づくりの一方で、決してシニカルを気取ることはない。今のところ俳優たちを劇団に迎える予定はないが、「家族が大切だったり、地元で公演するってなればすごくモチベーションもあがるし、自分はすごい『土着の人間』だと思います。だから、最終的には何かのため、誰かのために作品をつくることにはなるんじゃないかな」とも語る。リクリエーション版『笑顔の砦』は、そんなタニノの、ストレートな本心、愛が垣間見える作品ともなりそうだ。

取材・文:鈴木理映子

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