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松井玲奈、高山一実、大木亜希子、姫乃たま……アイドルの文章に共通する“熱”とは?

リアルサウンド

20/2/14(金) 16:57

 『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(2019年)と題された本が、ちょっと話題になっている。著者の大木亜希子は、AKB48グループの1つだったSDN48に加入し、2011年にはNHK紅白歌合戦に出場した。2012年のグループ解散後はタレント活動を続けつつ、ニュースサイト「しらべぇ」に入社しライター業をスタート。だが、仕事や恋活、またSNSで見栄をはることのストレスのためか、パニック症状に陥ってしまう。その回復手段が、姉にすすめられた50代男性とのルームシェアだった。

 体験をベースにした私小説だという。書名通りのけったいなシチュエーションである。恋人でも親戚でもない中年男が、干渉せず多少距離をおいて自分を見ていてくれる。それに癒されつつ、彼女はフリーランスライターとしての活動を軌道に乗せていく。

 紅白出場とはいえ大人数の端にいて映ったといえるレベルではなかったし、SDN48の活動期間は短かった。大木は、アイドルとして成功したとはいえない。その意味で『人生に詰んだ元アイドルは~』は、高山一実の小説『トラペジウム』(2018年)と対照的な位置にある。

 乃木坂46の主要メンバーとして活躍中の高山の同作はヒットした。アイドル志望の高1少女がグループ結成を計画し、業界に見出してもらおうと画策する話だ。その強い思いを、身勝手な部分まで書いて興味を引いた。

 乃木坂46もSDN48も秋元康プロデュースである。その秋元が1985年に小泉今日子「なんてったってアイドル」の作詞をしていたことを思い出す。同曲はアイドルの華やかな日常が題材だった。「アイドルはやめられない」と本人がぬけぬけと歌うのが当時は珍しく、インパクトがあった。だが、それは大人が与えたセリフで、自身の言葉ではなかった。

 一方、1980年代半ばまでソロのアイドルが普通だったのに対し、その後はグループが主流となって大人数化し、インディーズや地方での結成も増えた。今では膨大な数のアイドルが活動し、ネットの普及で情報が飛び交っている。運営から言葉を与えられるだけでなく、自分で文章を書くアイドルも多くなった。

 高山の『トラペジウム』では、自分だけのデビューではなくプロデューサー的にグループを結成する計画が語られる。成功したアイドルが、アイドル志望者の抱く夢想を書いたのだ。一方、大木は『人生に詰んだ元アイドルは~』の前に『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』(2019年)を刊行していた。それは、保育士、アパレル、ラジオ局社員、バーテンダー、声優など、次の人生を歩み始めた元メンバーに取材したもの。同書にはアイドル以後の現実がある。

 曲、ビデオ、ドラマで物語を演じ、人前で自分を劇化するのがアイドルだし、メディアで話題にされてあれこれ書かれる立場だ。ゆえに言葉で表現し脚色する「文芸」とアイドルは、もともと親和性がある。AKB48、乃木坂46のメンバーをカバーのモデルに起用した文庫キャンペーンが過去にあったが、本の外側に使われるだけでなく、中身を書くアイドル経験者が相次いでも不思議ではない。

 SKE48の人気メンバーで2015年に卒業した松井玲奈は、2019年に短編小説集『カモフラージュ』を発表した。収録6作はいずれも「食」がモチーフだが、恋愛からホラーまで内容は幅広い。上京して憧れのメイド喫茶で働き始めたが、体形のために追いつめられる「いとうちゃん」。3人組YouTuberが、本音を喋ってしまうといわれる鍋を食す生配信で仲間割れする「リアルタイム・インテンション」。なかでもこれら2作には、仲間と活動する姿を多くの他人に見られるアイドル活動の経験が、どこか反映されていると感じられる。

 また、「いとうちゃん」と先の『人生に詰んだ元アイドルは~』はどちらも主人公が肥満を指摘されショックを受けるが、本人の受けとめかたは違う。読み比べるのも一興だろう。

 現在では、テレビ出演などメジャーな展開をしなくても、SNSで告知しチェキ会も付帯するライブを主な活動とするアイドルが無数に存在する。そこでなにが起きているか、現場の人々はどう考えているかを綴ったのが、昨年の卒業公演まで自身も10年アイドルだった姫乃たまだ。彼女の『潜行 地下アイドルの人に言えない生活』(2015年)には、「アイドルの活動には「愛される」という前提が含まれています。有名になりたい欲求と愛されたい気持ちは、常に混乱しやすい距離にあるのです」など鋭い考察が多い。「普通の女の子」がライブハウスでは「普通っぽい女の子」になるという指摘も含蓄がある。さらに姫乃は、『職業としての地下アイドル』(2017年)で当事者アンケートを行い、生態を記述した。

 人に好かれたい。認められたい。仲間が欲しい。誰もが持つその種の欲求が、アイドルとファンの関係では増幅される。姫乃の著作を読むと、アイドルをテーマにした文芸の面白さはその点にあると思う。彼女は、やはりライブアイドルであるXOXO EXTREME(キスアンドハグ エクストリーム。通称キスエク)の曲「アイドルの冥界下り」で詞を書いた。「冥界」とは「地下」の比喩だろう。なにか目立つことをしたいと承認欲求でもがく主人公が、この人生がたとえつまらなくてもかけがえのないものだと思うに至るまでを歌った、なかなか感動的な曲だ。

 そのキスエクのメンバー、一色萌(ひいろもえ)は、文章を書くアイドルの先達として姫乃たまへのリスペクトを示す。彼女も「一色萌のアイドル、色々。」というweb連載を持っている。(http://mogumogunews.com/2020/01/topic_32720/

 以前からアイドルが好きだった一色は、アイドルが辞める時の気持ちを知りたくて自らもアイドルになったややこしい思考の持ち主。彼女は連載で毎回、写真、生誕ライブ、日常と物語、ヲタ用語、可愛いの効能、認知、個性など、アイドルにまつわることがらをテーマに記している。「アイドルの一番可愛い写真は自撮りで、一番魅力的な写真はファンが撮ったライブ写真」といった考察も楽しい。エッセイとレポートを行き来するような文体で書かれるのは、自分を実験材料とし、周囲のアイドルを観察した研究発表のような内容だ。最近は、楽曲派アイドルを語るイベントにも登壇している。(https://sfgeneration.hatenablog.com/entry/2019/11/30/120000

 メンバーのコショージメグミ(元BiS)が自作詩のポエトリーリーディングをするMaison book girl。アメリカの幻想作家H・P・ラヴクラフトと友人の作家が創造し、その後も様々な形で書き継がれるクトゥルフ神話に登場する魔導書「ネクロノミコン」から命名したNECRONOMIDOL。そのように文芸的なテイストを盛りこんだグループは、ちらほらある。NECRONOMIDOLに関しては、ファンがマニアックな同人誌を作っている。(https://matoizumin.stores.jp/items/5deb86453ce119666fd292cd

 それに対し、「よまれよむアイドル」を標榜し、文芸をコンセプトにしたのが、今年1月にデビューライブを催した、朝ぼらけの紅色は未だ君のうちに壊れずにいる(通称アサキミ)という長い名のグループ。キャンペーンで栞を配り、カルタサイズの色紙にメンバーが絵や文字を入れた墨書きを特典とするなど、それらしいグッズを用意しただけでなく、文芸誌「あじろぎ」をPDFで制作しているのが一番の特徴だ。(https://asakimi.com/

 グループ名と同じ題の小説が連載されているほか、創刊号ではメンバー6人全員がエッセイを寄せている。予想以上に面白かったのは、歌人の伊波真人を招いた歌会。各人の詠んだ短歌についての感想を伊波とグループで語りあうのだが、「もう寝なきゃ昨夜に意味を付けたくて考える背に朝日が刺さる」など、微妙な感覚をとらえた歌が多く興味深い。

 世に発表される文章の多くの背後には、自分が認知され承認されることへの欲求がある。その特有な熱のありかたが、アイドルの文章ならではの味わいになっている。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。

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