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植草信和 映画は本も面白い 

著者インタビュー藤森照信さんに聞く『藤森照信のクラシック映画館』

毎月連載

第28回

19/11/10(日)

藤森照信さん

映画館に関する本といえば、かつて「娯楽の殿堂」だったその記録、記憶に関してのものが多かった。

例えば、『日本懐かし映画館大全』(大屋尚浩)、『映画館 中馬聰写真集』、『銀座並木座』(嵩元友子)、『映画の殿堂新宿武蔵野館』(根本隆一郎)などがその代表的な出版物といってもいい。

本著はそれらとは異なる、映画関連書出版史上、初めて編まれた「映画館建築」についての本だ。

『藤森照信のクラシック映画館』藤森照信著 写真・中馬總 (青幻舎・2,500円+税)

建築史家・建築家の藤森照信氏の文章と、映写技師・写真家の中馬聰氏の写真で構成されている。中馬氏の写真は既刊写真集『映画館』で知っていたが、藤森氏の仕事については何も存じ上げなかった。

そこで本題に入る前に「著者紹介」に書かれている氏のプロフィールを引用しておこう。

「建築史家。建築家。東京大学名誉教授。東京都江戸東京博物館館長。1946年長野県出身。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。1986年、赤瀬川原平、南伸坊らと路上観察学会を発足。1991年「神長官守矢史料館」で建築家デビュー。1997年『ニラハウス』で日本芸術大賞、2001年『熊本県立農業大学校学生寮』で日本建築学会作品賞受賞」。その他、『日本の近代建築』『藤森照信の建築探偵放浪記―風の向くまま気の向くまま』『建築探偵の冒険・東京篇』など多数の著書がある、とも記されている。

そんな氏を江戸東京博物館にお訪ねし、その館長室でお話を伺った。

まず本著誕生の経緯から。

「国立映画アーカイブになる前の東京国立近代美術館フィルムセンターで2016年に『写真展 映画館 映写技師/写真家 中馬聰の仕事』という展示会があって、そこで乞われて映画館建築について話をしたのが本著誕生の発端です。初めてそこで中馬さんにお会いし、そのとき彼から、映画館建築についての本を作りたいという提案をうけました。日本には映画館の建築についての本がないことを彼に教えられて、では作ろうということになったわけです」

こうして藤森、中馬の「映画館建築の誕生と隆盛の歴史を探索する旅」が始まる。

「しかし、大正以降の映画館については分かるのですが、映画館誕生期というべき明治36年から45年までの資料が全くない。そこで助けられたのが、当時、江戸東京博物館の学芸員だった沓沢博行さんの浅草六区についての研究でした。彼が収集した六区すべての映画館の仕様書と図面が東京都公文書館に所蔵されていたのです」。

読者はここで、浅草六区に初めて建てられた「電気館」の平面図を目にすることになる。日本の映画館建築の第一歩となった映画館の貴重なスケッチだ。

そのスケッチを描き残したのは、加藤秋(かとう あき)という、映画館建築の最高峰だった新宿武蔵野館をはじめ富士館などを設計した建築家だ。

「加藤秋の残してくれた文章や図録がなければ明治・大正の映画館の歴史は何も語れなかったでしょうね。社会的には江戸の見世物小屋の流れをくみ、建築上では文明開化の擬洋風の流れをくむ映画館建築を何とか一流の建築に押し上げたいという加藤の熱意には打たれました」

その加藤たち映画館施工者が情熱をこめて作った映画館には、どんな観客が通っていたのだろうか。本著には名もなき庶民の映画・演劇愛も紹介されている。

「映画館に関する資料を探す途上で、京都の29歳の大工職人の日記に出会いました。それは実に面白くて、二日か三日におきに寄席か映画館に通っている生活が綴られている。しかし時が経つにつれて寄席よりも映画館通いが多くなり、映画の隆盛が一番響いたのが寄席だったことが分かります。

もうひとつ面白いのは、鑑賞した映画の題名が一切書かれていないことです。そのかわり五銭十銭という入場料はきちんと書かれている。これは多分、タイトルなんかどうでもよくて、今見ているものを楽しむ。ちょっと現代のテレビを見ているような感覚ではなかったのかと思います」。

映画産業が勃興する前の娯楽の主流だった芝居・歌舞伎・寄席が、映画に取って代わられる新旧交代期が庶民感覚でとらえられていて、興味深い。だがその映画はやがてテレビにその座を奪われるまでにはそう時間がかからない。

藤森・中馬のふたりは現存する映画館を求めて、西に東にと移動する。新潟県上越市の「高田世界館」、福島県本宮市の「本宮映画劇場」、愛媛県喜多郡の「内子座」と「旭館」などなど。その建造物はもちろん、映写室やチケット売り場(テケツ)に至るまで、“シネマの匂い”に充ちている中馬氏の写真が、読者を映画の宇宙へと誘う。

「それぞれ映画館には特色があってよかったけど、一番印象に残ったのは愛媛の『旭館』です。華やかなようでもありながら哀しさも笑いも含まれて、自分の中の近代的にして意識的な部分が緩み、溶けてゆくような気分になりました。その建築空間には芸能の香りと臭いが充満しているようでした」

映画誕生から120年余、映画館は見知らぬ他人がともに同じ“夢”を見、暗闇を共有する特殊な空間であり続けてきた。映画館が“看板建築”からシネコンに変わっても、フィルムからデジタル・プロジェクション映写に移り変わっても、そのことだけは今も昔も変わらない。
本著は、映画と映画館の過去と現在を往還させてくれる紙でつくられたタイム・マシンなのだ。

プロフィール

藤森照信(ふじもり・てるのぶ)

1946年長野県生まれ。建築史家、建築家。東京大学名誉教授。東京都江戸東京博物館館長。著書に『日本の近代建築』『タンポポの綿毛』など多数。45歳で建築家としてデビュー以後、〈タンポポハウス〉、「ラ コリーナ近江八幡」の〈草屋根〉〈銅屋根〉など、自然と人工物が一体となった建物を多く手掛けている。

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

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