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木村拓哉から贈られた視聴者への“ギフト” 『SONGS』が映した過ぎゆく時の大切さ

リアルサウンド

20/3/7(土) 6:00

 過去と未来、そして現在が織りなしてかたちづくられる時間。そんな時間の持つ重み、大切さというものが、30分という長さのなかでとても濃密に感じられた番組だった。

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 2020年2月29日放送のNHK『SONGS』に木村拓哉が出演した。今年1月、木村拓哉は初となるソロアルバム『Go with the Flow』をリリース。そしてこの2月には東京と大阪でライブツアーを開催した。

 そのライブステージや裏側の様子は『SONGS』でも随所に挟まれ、番組冒頭でも流れた。ほんの一瞬ではあったが、歌っていたのは「One Chance!」。SMAP時代に木村拓哉が歌ったソロ曲である。

 作詞・作曲は森山直太朗(クレジットは御徒町凧との共作)。〈今まさにチャンス 失敗さえも運命じゃん ほらそこにチャンス〉といった歌詞が、ちょっと落ち込んでいるときにもう一度前を向くよう背中を押してくれるようなミディアムバラードだ。発表当時からファンの反響も大きく、かつて木村拓哉のラジオ番組でリスナーからの曲にまつわるメールがまとめて紹介されたこともある。また同じ番組の企画で木村拓哉が好きなSMAPソング5曲を選んだ際に、ソロ曲として唯一選ばれた曲でもある。

 そしてその5曲のなかにも入っていたのが、今回の『SONGS』で歌われた「夜空ノムコウ」だった。いうまでもなくスガ シカオの詞によるSMAPの大ヒット曲のひとつだが、その際選んだ理由として木村拓哉は、この曲のなかで歌われている心情が自分たちSMAPにも当てはまるように感じたからということを語っていた。つまり「夜空ノムコウ」は、彼にとって自分自身を自然にそこに重ね合わせることのできる特別な1曲だったことになる。『SONGS』では、ライブのアンコールで「夜空ノムコウ」が披露されたときの様子も紹介されていた。歌った理由を聞かれ、木村拓哉はファンの時間のなかのどこかにSMAPの曲があったはずであり、それを共有したかったからと答えていた。

 過去には失敗や悩みもあったかもしれない。だが、未来への希望は決して失わない。「One Chance!」と「夜空ノムコウ」。今回番組のなかで流れたSMAP時代のこの2曲からは、ファンへのメッセージとも受け取れるそんな共通した思いが感じられた。

 一方、ソロアルバムから披露された2曲は、木村拓哉の現在地をそれぞれに示してくれるようなものだった。

 まず「サンセットベンチ」はシンガーソングライターのUruが提供したバラード曲。男女がただ寄り添って過ごす時間のかけがえのなさを繊細に綴った曲だ。歌詞に出てくる〈ふわり〉や〈ひらり〉といった柔らかな言葉の繰り返しが印象的で、愛するひととともにいることの幸福感が静かな波のように伝わってくる。

 この曲自体はラブソングだが、流木を模したオブジェだけが置かれたシンプルなセットで歌い上げる姿からは、日本語にすれば「流れに身をゆだねる」というアルバムタイトルとのリンクも感じさせる。その意味では、木村拓哉の現在の心境が少し垣間見えたような気持ちにもなる曲だった。

 そしてもう1曲が「One and Only」。かねて親交が深く、番組で対談もしていたB’zの稲葉浩志の作詞による楽曲だ。

 こちらは打って変わって木村拓哉らしいストレートなロック。〈もう一歩前に前に〉〈何かを背負って走り抜く〉というポジティブさ全開の歌詞のなかに混ざった〈I’m alive〉というフレーズが、いまここにいることの存在証明としてこころに刺さる。

 『SONGS』でのパフォーマンスも、そんな歌詞と響き合うように「自分はいまここにいる」ことを雄弁に物語る見事なものだった。バンドやダンサーとの調和、さらにセット、照明、カメラワークなどトータルに計算された演出の素晴らしさもあって、木村拓哉のダイナミックな魅力が十二分に表現されてきた。

 木村拓哉は、歌う自分を「配達人」に例えたことがある(木村拓哉『開放区2』)。

 楽曲は、作詞家や作曲家、アレンジャーらが聞いてくれる人びとに向けて精魂込めてつくった果実であり、自分はそれを送り届ける配達人にすぎない、と木村拓哉は言う。かつて彼が主演したドラマタイトルになぞらえれば、楽曲とは“ギフト”だということだろう。

 しかし当然ながら、なにを受け取るかだけでなく、誰からどのように受け取るかによっても“ギフト”の放つ輝きは違ってくる。自分なりの届けかたを追求するなかに「歌手=配達人」の個性も自ずとにじみ出る。そしてそれによって、配達される「楽曲=ギフト」が本来持っている魅力もより輝きを増す。その意味で、木村拓哉という歌手が「One and Only」、つまり唯一無二の配達人であることを今回の『SONGS』でのパフォーマンスは物語っていた。

 稲葉浩志との対談のなかで、木村拓哉はひとりで歌うことには裸になったような無防備さの感覚があると認めていた。そこにはやはり、これまでとは異なる不安のようなものもあるのかもしれない。

 だが確かなことは、そうして木村拓哉は歌手としてひとりでステージに立つことを決め、またひとつ止まっていた時間が流れ始めたということだ。そのなかで、稲葉浩志が番組中に使っていた表現を借りれば、木村拓哉の「ストーリー」もまたここから新たに紡がれていくに違いない。(太田省一)

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