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樋口尚文 銀幕の個性派たち

カトウシンスケ、わからせる傲慢に抗って(インタビュー後篇)

毎月連載

第78回

撮影=樋口尚文 撮影協力=神保町「猫の本棚」

1月29日に一般公開の映画『誰かの花』に主演して魅力的な演技を見せるカトウシンスケは、『ケンとカズ』で初めて本格的に映画に取り組み、その成果でさっそく高崎映画祭の最優秀新進俳優賞に選ばれた。演劇から映画へ活躍の場を広げたカトウの足跡をふり返ってみたい。

挫折を経て演技の世界へ

『誰かの花』(C)横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画製作委員会

── カトウさんはどちらで育ったんですか。

代々木八幡で育ちました。父は貿易関係の会社のサラリーマンで、けっこう硬い仕事でしたね。

── そんなご家庭で演劇や映画に興味を持つきっかけは何だったのですか。

もともと親父も映画は好きみたいで、テレビでアクションの『沈黙』シリーズなんかをやっていると一緒に観てたんです。それでちょうど僕の中高生の頃がレンタルビデオ店真っ盛りの頃で、初めて中二くらいの時に自分で「これが観たい」と言って借りたのが、ケヴィン・ベーコンとクリスチャン・スレーターが出てた『告発』なんですね。

── 『告発』を観てどうだったんですか。

いやもう監獄に入れられたらこんな恐ろしい目にあうのかともの凄い恐怖を感じまして、絶対に悪いことをするのはやめようって思いました(笑)。そこで、ああ映画ってこんなに自分の価値観を揺さぶったりする力があるんだなと体感した気もします。それからは気になった俳優さん、たとえばゲイリー・オールドマンの出てるもの、アル・パチーノの出てるもの……などを通して観ようという感じになりました。

── でも俳優になろうとまでは思い至らなかったんですね。

まだ俳優のほかに監督やスタッフもいて、みんなで力を合わせて映画って作るんだなということがようやくわかったぐらいのレベルでしたからね。それに小5から高3までバスケにはまっていたので、そっちがとにかく関心の中心だったんです。高校受験をする時も何よりバスケの強い学校をと思って法政大第二高校を志願したくらいで。

撮影=樋口尚文 撮影協力=神保町「猫の本棚」

── そんなにバスケに熱中していたのに、どこで俳優を志すことになったのですか。

自分は中学の時まではバスケにもけっこう自信があって、バスケが強い高校に行ってスタープレーヤーになるという夢物語を描いていたんですが、実際に高校に進学したら全国から推薦で強い選手が集まって来ていて、もう俺なんか基礎体力から違って彼らのレベルについていけなかったんです。だからなんと入学後一週間にして夢は破れまして(笑)。でもそこで親父がいいこと言ってくれて、それは今も覚えているんですが「おまえがここでバスケやめたら、今後一生何かにつけて辛いとすぐやめる選択をする人間になるぞ」と。この言葉のおかげで自分は試合に出られなくてベンチをあたためるだけであっても、とにかく卒業まで3年間バスケをやめなかった。だからこの時の親の言葉はありがたかったですね。

── でもそれをやりきった後は、うちこむことがなくなったのではないですか。

そうなんです。高校生活とともにバスケも終わると、一瞬ポカーンとしてしまって。そこで「でも俺は映画好きだったよな」と思い出したんです。でも最初は俳優という選択肢はなくて、監督、カメラマン、録音技師といったスタッフになれないものかと思ったのですが、技術の素養も必要だし、自分にはなかなか難しそうだと。そして俳優については、代々木八幡には青年座があるので、団員の人たちが近所の公園でシリアスに芝居の練習をしているのを小さい頃から見てはおっかなく思っていたので「あんな大変そうなことは自分には無理だ」と(笑)。でも、法政二高の時に学校の周年記念で今井雅之さんの『ウィンズ・オブ・ゴッド』の公演を学校の体育館で観た時に、自分は高2くらいのマセガキなので斜に構えて眺めていたら終わる頃には心底感動しまして(笑)。

── それで大学から演劇を始めたんですね。

そういったいい記憶にも後押しされて、法政大に進んだらⅠ部演劇研究会、通称一劇という演劇サークルに入りました。ここではオリジナルの戯曲ばかりやっていて、演技というものを初めて経験したんですが、もうボロクソに「下手」と言われまして(笑)。おかげでもともと人前で何かするのは得意でない上に、「演技は下手くそ」という意識が身についてしまいました。でも演ずるのがだんだん楽しくて、大学の後半からは演出もやっていましたね。それに僕が行ってたのが法政大の国際文化学部で、ここは川村湊さんが学部長で、僕が習っていた芸術論の教授があの装幀家、画家の司修さん。司さんの授業や課題が型破りで、とても面白かったんです。

── でも大学を出てすぐに職業的俳優を目指したわけではないんですか。

実は大学を出たら一年半ほど服地、テキスタイルの会社の営業をやったんです。これがかなり忙しい会社で中堅社員が早朝から夜の十時くらいまで毎日薄給で働いているわけです。それを見ていて、俺はあの上司の年齢までこんな生活を送っていたら倒れるかもしれないなと。自分は表現にまつわる仕事に携わらないと心身のバランスが崩れてしまうかもと思うようになって、営業をサボりながら演ずるあてもなく脚本を書いたりしていました。

さまざまなアプローチの愉しみ

『ケンとカズ』 (C)「ケンとカズ」製作委員会

── その後、カトウさんは再び演劇に戻って、2010年には演出家の倉本朋幸さんとともに演劇ユニット「オーストラ・マコンドー」を結成されますが(後に劇団化)、2015年の『ケンとカズ』からは映画への出演も本格化します。

『ケンとカズ』は製作費もないインディーズ映画だったのに、とても丁寧で贅沢な作り方だったんです。というのも今どきあの予算なら下手すると一週間とか10日くらいで撮りあげるかもしれないところを、なんと40日も試行錯誤しながら撮影したんです。一日あたりせいぜい2~3カットくらいを、さまざまな演技のパターンを試しながら撮りました。だからけっこうきつい毎日ではあったんですが、俳優としてはとことん自分のやりたいことを試せて燃焼した感がありました。

── それで納得が行きました。『ケンとカズ』は、予算規模から想像するラフさがなくて、ワンカットごと忽せにせずに撮っている据わった感じがあったので、ひじょうに意外でした。小路監督の演出もとても誠実な印象を持ちました。ちなみにこの作品で主要な役にとりくむにあたって何か工夫したことはありますか。

何かヒントはないかと思って佐野眞一さんの著書『怪優伝 三國連太郎・死ぬまで演じつづけること』を読んでみたら、三國さんはもらった脚本を何と100回読むと書いてあったんです。自分はそんなに読み込むほうではなかったので、試しに『ケンとカズ』の脚本は100回読んでみました。

『ケンとカズ』 (C)「ケンとカズ」製作委員会

── 100回読んで、何か変わりましたか。

もちろんさまざまなことを考えましたが、自分の場合はシナリオ上でいろいろプランを練るというよりも、みんなでリハーサルを重ねながら関係性のなかで役を作っていくほうが向いているようです。

── 『ケンとカズ』に比べると、2021年の話題作『ONODA 一万夜を越えて』はさすがにバジェットは大きい作品ですが、制作スタイルはひじょうに冒険的でしたね。カトウさんは、フィリピンのルバング島に小野田寛郎とともに戦後も潜伏しつづけた島田庄一に扮しました。

この時も島田庄一にどうアプローチすればいいのか考えまして、10日くらい山に籠ってみました。食料は携帯しましたし、いちおうは人が管理する場所にいたのですが、自然のなかにいる感覚や動きがいくらかでも身につけばと思ってやってみました。撮影はカンボジアで行ったのですが、アルチュール・アラリ監督はわれわれを現実のモデルに似せようとすることはせず、フィクションとしてこういう境遇を生きた人間はどういうふうになるのかを描こうとしていました。

── 現実の小野田寛郎が描けていないといった論評もありましたが、それは筋違いであって、この作品はそんなことはまるで目指していない。アラリ監督も確か過度に小野田寛郎をめぐる資料を読み込むことは避けていたはずなので、そういう俳優への注文はしてきませんでしたよね。

そういう現実のモデルにあてはめるようなことはなく、好きに考えてやらせてくれたのでよかったのですが、演技にとどまらずカメラワークもかなりこだわっていたので、なかなか大変でした。カメラのトム・アラリは監督の兄弟なんです。

『ONODA 一万夜を越えて』 (C)2021映画『ONODA』フィルム・パートナーズ(CHIPANGU、朝日新聞社、ロウタス)

── カトウさんは非常にストイックな役づくりの成果を見せていましたね。

一緒に小野田さんの青年時代を演じた日本兵チームは、撮影の外でも一緒に過ごすことが多くて、体を絞っているので夜とて飲むこともできず、ずっと映画の話をしているような感じでした(笑)。ただ出来上がったものを観て驚いたのは、僕らの青年時代の撮影を終えてから津田寛治さん扮する後年の孤独な小野田のパートが撮影されたのですが、津田さんがあたかも現場で会ってもいないわれわれの時代をくぐって来た人に見えるということですね。それだから津田さんは、劇中で自分が背負う過去の時代を演じた僕ら青年時代のチームを凄く愛してくださっていて。やっぱり映画というのは面白いなと改めて感じました。

── ありがとうございました。カトウさんにはぜひこれからも主演助演問わず、ハイバジェットもロウバジェットも問わず、面白そうな作品にはどんどん取り組んでいただきたいと思います。

データ

『誰かの花』
2021年12月18~24日、横浜・シネマジャック&ベティで先行上映の後、2022年1月29日公開 配給:ガチンコ・フィルム
監督・脚本:奥田裕介
出演:カトウシンスケ/吉行和子/高橋長英/和田光沙
/村上穂乃佳/篠原篤/大石吾朗

『ケンとカズ』
2021年10月8日公開 配給:エレファント・ハウス
監督・脚本:小路紘史
撮影・照明:山本周平
出演:カトウシン/毎熊克哉/飯島珠奈/藤原季節

『ONODA 一万夜を越えて』
2021年10月8日公開 配給:エレファント・ハウス
監督・脚本:アルチュール・アラリ
脚本:バンサン・ポワミロ
出演:遠藤雄弥/津田寛治/仲野太賀/松浦祐也/千葉哲也/カトウシンスケ

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。『大島渚 全作品秘蔵資料集成』(編著、12/25刊行)。

『大島渚 全映画秘蔵資料集成』監修:大島渚プロダクション 編著:樋口尚文 国書刊行会・12/25刊行

【ひとこと】

2013年に他界された大島渚監督が、自宅やプロダクションの保管庫などに遺した大な資料、写真、書簡、日記などをすみずみまで精査し、詳細な解説を加える作業を重ねてきましたが、濃厚な内容と圧倒的な厚みの本書に結実しました。日本映画史に刺激的に屹立する作家の「創造の渦」をぜひ体感してください。(樋口尚文)

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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