Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

新納慎也「劇場で一番泣いているのは僕かもしれません」 演出家デビュー作『HOPE』開幕直前インタビュー

ぴあ

新納慎也

続きを読む

著名作家の遺稿の所有権をめぐって、実際にイスラエルで起こった裁判をモチーフに描かれた法廷劇『HOPE』。韓国の国立芸術大学、韓国芸術総合学校の卒業制作として誕生し、2019年に韓国初演を迎えるや、観客の熱烈な支持を得た小劇場ミュージカルの話題作だ。その日本初演が10月1日、本多劇場にて開幕する。遺稿を自分のものだと主張する主人公ホープ役に高橋惠子が扮し、その遺稿の擬人化となる“K”役は永田崇人と小林亮太がWキャストで担う。ほか清水くるみ、白羽ゆり、上山竜治、大沢健など個性豊かな面々が揃うなかで、演出として舵を取るのが俳優の新納慎也である。本作で演出家デビューを果たし、上演台本と訳詞も手掛けている新納に、開幕直前の舞台への思いを聞いた。

アイデンティティを手放す選択と直面するホープの状況が、今の現実と重なる

――まもなく開幕ですね。演出家として、現時点での手応えはいかがですか?

いい状態だと思います。だいたい日本初演の舞台って「初めて通してやれたのがゲネプロ」なんて話をよく聞くんですけど、それに比べるともう通し稽古も4、5回やっているので、仕上がりも早かったなと。

――今回が演出家デビューとは思えない頼もしい言葉! この『HOPE』は韓国芸術総合学校の卒業制作として生まれ、本公演に上がって大ヒットした小劇場ミュージカルです。戯曲に初めて触れた時の印象から教えてください。

最初に「演出をやりませんか」とお話をいただいた時には3作ほど候補があって、すべてプロットの状態でしたが、僕がこの『HOPE』を選びました。この作品の主人公ホープは、ある作家の遺した原稿にずっと執着しています。それをはたして彼女は手放すことになるのかどうか……といった物語が、今コロナ禍において生活が変わり、考え方、生き方を変えていかなきゃいけない僕らの現状とすごく似ているなと感じたんですね。執着して大事に持っていたもの、それはある種、個人のアイデンティティのようなものだと。

例えば僕の場合だと、自己紹介をするなら「新納慎也です。俳優です」と言うと思います。この「俳優です」は、長年俳優として生きてきた僕のプライドであり、アイデンティティでもある。それを手放すなんて考えたこともなかったけど、ホープはそういったことに直面するわけです。僕がもし俳優を辞めると想像してみたら……、え、結構すごく自由な、楽しそうな生活が待っているんじゃないか?ってちょっとワクワクしちゃって(笑)。もちろん一生俳優を続けていきたいと思っていますが、そうじゃない人生を考えた時、それはそれでまた楽しいかも、と。そんなある種の希望がテーマとなっている作品なので、興味を持ったんですよね。

――アイデンティティのような大事なものに固執し、懸命に守ろうとする物語かなと勝手にイメージしていましたが、今のお話だとまた少し違うようですね。

そう、僕も最初はそう思っていましたが、どんどん台本を読み進めて、演出を進めていくと、テーマはそれだけじゃないなと。戦争、人種差別、貧困問題、それに裁判制度への疑問……、人が人を裁くことの残酷さとか、さまざまなテーマが積み重なっているんです。あらゆる年代の方に観ていただきたいけれど、とくに日本のミュージカルファンの中心層となる、大人の女性の方に共感していただけるお話かなと思います。

――ミュージカルの主人公が“老女”と呼ばれる年齢の女性であることも特異ですよね。

そうですね。まあ本質は、女性であるとか年齢がどうとかではなく、人としてどう生きるか、だと思います。例えばこのコロナ禍においては、高学歴や高収入であってもコロナにかかって死んでしまう人はいるわけです。「自分がやりたいことをやって生きなくちゃ。じゃあ本当に自分のやりたいこととは?」と、皆が生きることを考え直した時期だと思うんですね。そんな今の状況にとても響くテーマだと感じています。

稽古場では毎日泣いている?!

――主演の高橋惠子さんはミュージカル初挑戦だとか。稽古初日からここまで、きっといろいろな進化を見せてくださっているのではと推察します。

それはもう! ホープを演じる俳優は、哀しみや強さ、孤独感や生きるエネルギーを持ち、人としての美しさ……見た目ではなく内面の美しさが溢れ出る人じゃないと出来ない。僕はそう考えていて、高橋惠子さんは、まさにそのすべてを兼ね備えている人です。

『HOPE』ビジュアル(高橋惠子×永田崇人バージョン)

稽古初日から「そこにホープがいる」という感じでしたね。猛烈な努力家であり、すごくチャーミングな人。惠子さんがいるだけでカンパニー全体がほわ〜っと暖かくなるほど、お人柄が最高です。誰よりも早く台詞を入れたし、声も力強い。だから今、通し稽古で若い俳優たちに「なんでそんなにちっちゃい声なんだ!」って指摘してます(笑)。初ミュージカルだから歌はもちろん苦労されているけれど、これだけ実績を積まれてなお、あのご年齢で新たなことに挑戦する、その一歩が素晴らしいことだし。稽古場では恥も外聞も捨てて、皆の前でダメ出しをされながらも日々進化されている姿を見ると、生きるって素晴らしいなあ!とつくづく思わされて。

――稽古場での指摘やダメ出しなど、厳しいほうですか?

いや、厳しくはないと思います。僕としては厳しい演出家も好きで、それはそれでいいのではと思っていますけど。怒鳴りつけるのは簡単だけど、それで役者が萎縮してしまっては残念ですよね。できるだけ自由に、解放された芝居をして欲しい。怒るのではなくて、リクエストですね。「その状態では、プロの俳優としてのレベルにつけません」というようなことはきっちり言いますね。

――稽古場で日々、演出家が泣いているという噂も(笑)。

毎日泣いています。何なんだ演出家という仕事は!?って感じですね。単純に作品に感動しているのもあるんですが、3割くらいは役者に対する親心で。ああ〜こんなに出来るようになった! とか、お前、そんなに繊細な心を持っていたのか!とか(笑)。そういうのも含めて毎日楽しいです。

『HOPE』ビジュアル(高橋惠子×小林亮太バージョン)

自分の手中にあった作品が巣立っていった感覚

――新納さんは出身の大阪芸術大学で演出も学んでいて、その志はずっと持っていらしたんですね。

そうですね、別に俳優を辞めて演出家になりたいなんて思っていませんけど、こうして長年演劇に関わっていると、どうしても「自分だったらこうしたいな」というのが出て来るので。俳優によって憑依型とかいろんな人がいますけど、僕はかなり客観的に作品全体を見るタイプだったので、そういう意味では、演出という仕事をどこか視野に入れていたんでしょうね。

――いいタイミングを待っていた?

いいタイミングなのかな!? コロナ禍でなかなか大変ですけど(笑)。ただ、10年くらい前から「演出しませんか?」といった話をいただいていたんですが、もし10年前にやっていたら、周りの俳優さんへの説得力という意味では若過ぎたのかなという気がしますね。

――まさしく。演出デビューで失礼ながらアタフタされているかと思いきや、とても落ち着いていらっしゃいます。

いや、この2,3日前に、あ〜こんなことになるんだ! という出来事があって。今回、僕は上演台本と歌詞も書いているので、作者ではないけれどある意味、この作品は自分の手中にあったわけです。役者やスタッフに、作品について自分のモノのように説明していたんですね。ところが3日くらい前に突然、パア〜ッて僕の元から巣立った気がして。あとはもう、通し稽古を繰り返して精度を上げていく段階になったなと。俳優の皆さんにも「たぶん僕より皆さんのほうが役に詳しいので、皆さんのやることが正解だと思います」と言いました。ちょっと寂しいけど『HOPE』が離れていっちゃった……みたいな感覚なんですよ。

――素敵な手応えなのではないでしょうか。上演台本について、オリジナルとは違う、新納さんが新たに加えた味わいなどを教えてください。

やっぱり文化の違いで、韓国の人はわりと「悲しい」とか「悔しい」など、はっきり言葉に出すんですけど、日本の場合は、とくに演劇においてはそこを観客に想像してもらうほうが美しいと思って、そのへんをカットしたりはしています。ホープという役も、日本のお客さんがより感情移入しやすい人物像になっていると思います。

俳優さんは皆、演出をしたらいいと思う

――稽古をしていて、俳優としての欲が湧いてきたりしませんか? この役をやってみたい……とか。

よく「出たくならないの?」って聞かれますね。僕としては、ホープの役にしても、彼女を見守る“K”という原稿を擬人化した役にしても、絶対に俺、上手く出来るな〜とか思うんですよ(笑)。出たいというよりも、役者としてすごくやり甲斐のある役なんだな、といった魅力は感じます。ただ真逆のことを言いますと、演出と俳優って全然脳ミソが違うんですよ。こうも作品への取り組み方、空間の見方が違うんだなって不思議に思うくらいです。いや〜本当に、俳優さんは皆、演出をしたらいいと思うんですよね。

今稽古場で、「なんでそっちを向いちゃうんだよ!?」「その感情はおかしいだろ!?」とかエラそうに言わせてもらっているんですけど、なぜこれが、自分が俳優としてやる時に分からないんだろう!? 演出する側からはこんなに見えるんだ〜と思って。今後の自分の俳優活動においても、とてもいい経験をさせてもらっていると感じますね。

――新納さんや高橋さん、ほか多くの方の挑戦が結実した劇世界を、ぜひ本多劇場で目撃したいと思います。

今回3人の女性が登場しますが、おそらくこの3人が一番メイクもせず、ボロボロの服を着て、貧相な状態で舞台に立っています。でもこの3人が今、とても美しいんですよ。女性ってなんて美しいんだろう……というのが見える作品だなと。女性というか、人としての美しさですよね。そのほかにも、人間って愚かだな、悲しいな、でも愛くるしいな……、そういったいろんな感情が混ざって涙が止まらなくなる瞬間が4、5回訪れると思います。

僕が目指したのは、そういった心が浄化されるような美しい舞台です。ただ、9割くらいは観ていて猛烈に苦しいです。僕も毎日心がヒリヒリと張り裂けそうになり、メンタルが崩壊しそうになっているんですけど、それでも一筋の希望があればこんなにも浄化されるんだ……、そんな良い作品になっていると思います。本多劇場は舞台と客席の距離が近いので、強制的に物語に没入して(笑)楽しんでいただけるかと。僕も今のところ、出来るだけ劇場に行こうと思っていますので、ロビーで見かけたら2メートル以上離れて手を振ってください(笑)。たぶん一番泣いているのは僕かもしれません。



取材・文:上野紀子



ミュージカル『HOPE』
2021年10月1日(金)~2021年10月17日(日)
会場:東京・本多劇場

アプリで読む