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『G線上のあなたと私』に内在する“厳しい視線” 漫画原作ドラマの傑作を送り出す、安達奈緒子の作家性

リアルサウンド

19/11/26(火) 6:00

 火曜夜10時から放送されている連続ドラマ『G線上のあなたと私』(TBS系)は、大人のバイオリン教室に通う世代も年齢も違う三人の男女の心の交流を描いたドラマだ。

 結婚間近の恋人から一方的に婚約破棄された27歳の小暮也映子(波瑠)は傷心の中、ショッピングモールでバイオリン講師の久住眞於(桜井ユキ)が演奏した「G線上のアリア」に魅了され、大人のバイオリン教室に入る。教室にいたのは19歳の大学生・加瀬理人(中川大志)と46歳の専業主婦・北河幸恵(松下由樹)。三人は発表会で「G線上のアリア」を演奏するために集まって練習するうちに仲良くなり、お互いの悩みを話すようになる。

 幸恵は姑とうまく行っておらず、理人は講師の眞於に恋心を抱いていた。もともと眞於は理人の兄・侑人(鈴木伸之)の恋人だったが、今は別れている。恋人に棄てられた眞於の境遇と、振り向いてくれない相手を思い続けている理人の立場に自分を重ねる也映子は、理人の相談に乗っているうちに少しずつ距離が縮まっていく。

 原作はいくえみ綾の同名少女漫画。同枠でいくえみ作品を波瑠主演でドラマ化するのは『あなたのことはそれほど』に続いて二作目。不倫劇で突っ走ったことで原作からだいぶ離れてしまった前作に対し、本作の脚本を担当した安達奈緒子は、いくえみ作品の魅力を踏まえた上で、連続ドラマならではの物語にうまく落とし込んでいる。

■LINEのやりとりも詩的 いくえみ作品の魅力

 いくえみ作品の魅力は少女漫画的な変幻自在なコマ割りとモノローグによる巧みな内面表現だ。そこには独自の浮遊感があり、LINEのやりとりですら詩的に見える。同時に物語も、ふわふわしていて掴みどころがない。

 今作は群像劇としか言いようのない説明しづらい話だ。無職の也映子は、バイオリン教室に通いながら、職探しをしたり婚活もしたりするが、何もかも中途半端でうまく行かない。そんな也映子と呼応するように、物語も音楽の話なのか、恋愛の話なのか、仕事の話なのか、わからないままふわふわと進んでいくのだが、このふわふわした中に大事なことが見え隠れすることが本作の魅力である。

 対して、ドラマ版では曖昧な部分をできる限り具体化することで、地に足のついた生活感を与えている。その上で、理人にキュンキュンするラブコメ要素をうまく散りばめている。このあたりは『透明なゆりかご』(NHK総合)、『きのう何食べた?』(テレビ東京系)と漫画原作ドラマの傑作を送り出してきた安達ならではの脚色だと言えよう。

■安達奈緒子が持つ、厳しい視線

 安達は、2010年に月9(フジテレビ系月曜9時枠)で『大切なことはすべて君が教えてくれた』を執筆して以降、『リッチマン、プアウーマン』や『失恋ショコラティエ』といったフジテレビ系のドラマを主戦場としてきた。

 当時から安達の作品には、月9らしい華やかな枠組みのドラマの中に、生真面目な倫理観が刻印されていた。そこには明確な作家性が存在し「自分に嘘がつけない人なんだなぁ」と思っていた。安達の作家性は月9では見過ごされがちだったが、昨年、NHKで手掛けた産婦人科医院を舞台にしたドラマ『透明なゆりかご』においては高く評価され、それ以降、作家として一目置かれるようになる。

 今年は『きのう何食べた?』、『サギデカ』(NHK総合)、『G線上のあなたと私』と連続ドラマを三本も執筆。どれも高い評価を受けている。彼女の脚本には、他の人が見ないふりをしてやり過ごしている違和感を深く掘り下げていく厳しい視線がある。「これくらい、別にいいじゃないか」という甘えを安達は許さない。

 第6話。也映子は眞於に対して「(私とは)全然違いますよね」と言った後「クラスの最上位女子の匂いを感じています」「一生、周りの人から、ほとっけないって言われる人種」と言う。それに比べて自分は「ひどいことをサラっと言われる人種」で「誰からも気にしてもらえないってキツイです」と卑下する。そんな也映子に対し眞於は、

「だったら、そう言えばいいじゃないですか」
「気にしてもらいたいのなら待ってるだけじゃなくて、誰かのスペシャルになる努力をしなきゃダメじゃないですか?」
「自分からは何もアピールしないのに、『これでも弱ってる』『察してくれ』って、その方がわがままな気がしますけど」

【写真】『G線上のあなたと私』第6話のぶつかりあいのシーン

 ドラマオリジナルの場面だが、自分を卑下しているようでいて「人種」という言葉を使って身勝手な偏見を押し付ける也映子の失礼な振る舞いに対し、眞於は淡々と反論する。

 このような人と人の価値観がぶつかり合うシーンには、安達の魅力がもっとも現れている。“誰も傷つかない優しい世界”を描くことが主流だった日本のテレビドラマにおいて、安達の作家性は負荷が強すぎた。そのため彼女の厳しさに耐えられない視聴者も多かったのだが『透明なゆりかご』以降、高く評価されている現状を見ていると、世の中自体が変わってきているのかもしれない。

 辛く苦しい時代だからこそ、安達の厳しさが求められているのだ。

(成馬零一)

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