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町へ出られないコロナ禍に、寺山修司を探す旅へ出よう 生誕85周年記念復刊『寺山修司記念館』

リアルサウンド

20/8/22(土) 9:00

 『寺山修司記念館』(笹目浩之監修,トゥーヴァージンズ)とは、7月14日に寺山修司生誕85周年を記念して復刊された、寺山修司記念館公式カタログのことである。元々は2000年より全国で開催されていた「寺山修司展」の公式図録であった。

 ページをめくるとそこはもう、夢と幻想、母親への愛憎と郷愁に満ちた寺山修司の世界だ。立川直樹による寺山修司との「架空対談」(全日空「翼の王国」1998年1月号より転載)にはこんな言葉がある。

〈高校生の時に買った新書館から出ていた詩集の中で、あなたが“淋しいという字は、木が2本並んでいるのになぜ淋しいんでしょう”と書いていた。僕はそれでもう完全に寺山修司に捕まってしまった……。〉

 他ならぬ私自身もそうだ。寺山修司と出会って以来、「さびしい」という字を書く時、「寂」ではなく木が2本並んだ方の「淋」で必ず書いてしまう病になってしまった。今から7年前、寺山修司監督作品『田園に死す』に魅せられた私は1人、無数の風車が強風でグルグルと回り続ける恐山にいた。そこには「シュッシュ」と汽笛の口真似をして通り抜ける白塗りの少年もいなかったし、黒いドレスを突然脱ぎ始める新高恵子もいなかった。私に話しかけてくれたのは、イタコの老婆ではなく、雨の日に一人恐山行きのバスに乗る女子大生を心配してくれた親切なおばあさんだった。私もまた彼の「映画の上を歩」かずにはいられなかった一人だ。他に交通手段がなくタクシーで行った寺山修司記念館の傍には、首を傾げたビクター犬が佇んでいた。

 粟津潔のデザインをもとに作られた寺山修司記念館の中は、それこそこの本の副題どおり「きらめく闇の宇宙」だった。「スクリーンとプロジェクターの間にある観客席が必ずしも安全地帯ではないこと」を暴こうとした寺山映画が常に観客に「ただ観る」ことをさせてくれなかったように。1975年30時間市街劇『ノック』がまさしく事件となり当時の新聞の社会面をにぎわせたように。寺山修司記念館は、「観る人」も参加せざるを得なくなる、一風変わった記念館だ。

 彼の立ち上げた演劇実験室・天井桟敷の舞台セットを髣髴とさせるような空間の中には、柱時計や人力飛行機、シンちゃんや空気女といった彼の作品のモチーフたちが息づいている。そしてあるのは、いくつもの机。「観客は立会いを許された覗き魔である」という彼自身の言葉通り、観客は、その机の引き出しを開けて覗くことを特別に許される。そこにある資料の数々、自筆の書簡の数々には、寺山修司の歴史が、言葉が、思考の数々が詰まっている。ある引き出しを開けると、黒電話が入っていて、受話器を取ると、寺山自身による短歌「田園に死す」と詩「アメリカよ」の朗読が聞こえてくるなんていうファンの心臓をドクドクと波打たせる仕掛けまであるのだ!

 資料として興味深いのは、学生時代、ネフローゼを患い入院していた時期、恩師、中野トクへ当てた多数の手紙に書かれている「ちえッ。生きてえな」「失恋しました。僕、やせました。僕、背が伸びた。今に、みよ」という病気のために活動できないジレンマや生への渇望が伝わってくる言葉の数々である。同時期に読んだ書物の言葉を何冊ものノートに抜き書きしていたのも興味深い。写真の切り抜きやイラストと共に綴られる文章の数々が、現在も多くの人に親しまれている文庫本『ポケットに名言を』(角川文庫)のベースになっているのは間違いないだろう。

 3年の闘病生活を経て、寺山の創作意欲は堰を切ったように溢れだし、俳句や短歌、詩など文学に留まらず、ラジオドラマ、テレビ、演劇、映画、歌謡曲、はたまた競馬評論と、ありとあらゆるジャンルで活躍することになる。1983年、肝硬変で亡くなるまで駆け抜けた、47年の生涯。

 寺山修司はいつだって、名もなき観客の味方だ。「私たちはどんな場合でも劇の半分しかつくることができない。あとの半分は観客が作るのだ!」とあるように、寺山は、作品の半分を完成させる権利を私たちにくれた。だから没後37年経った今でも、彼の作品は生き続け、彼のファンは増え続ける。

 現在、寺山の詩や短歌は教科書にも登場し、藤原竜也のデビュー作としても知られる舞台『身毒丸』や美輪明宏主演の舞台『毛皮のマリー』などは新しい俳優たちによって今も新しい命を吹き込まれ続けている。また、デビュー時の三上博史や高橋ひとみの初々しい姿を垣間見ることができる映画『草迷宮』や『上海異人娼館』、『さらば箱舟』の幻想的でエロティックな世界は、ほかの追随を許さない。そしてそれらの作品を通して寺山修司に夢中になったファンの多くが、「寺山探し」の旅の末に寺山修司記念館に辿りついてしまうのである。

 本書は、その寺山修司記念館のほんの一部に過ぎない。記念館に所蔵されている膨大な資料を隅々まで読みふけることのできる本書は、寺山修司ファンとしては垂涎ものではある。だが、本当の魅力は「書を捨てよ、町へ出よう」という彼の言葉のように、町へ出なければ、彼の足跡を、作品を辿って見なければわからない。

 とはいえこのコロナ禍である。そんな言葉を言うことさえ憚られる時代がきてしまった。もし現代に寺山修司が生きていたら何と言っただろう。なにをやっただろう。そんなことを思いながら、せめて本で、寺山修司を感じたいと思うのである。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■書籍情報
『寺山修司記念館』
監修:笹目浩之
出版社:トゥーヴァージンズ
発売日:2020/7/14
本体価格:2,800円
出版社サイト

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