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山本益博の ずばり、この落語!

第八回「柳家小三治」 平成の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ

毎月連載

第8回

柳家小三治

 私は早大の卒論で『桂文楽の世界』を書き上げ、それが一冊の本になったあと、改めて、寄席やホール落語に通い始め、落語家の高座メモをノートにつけ始めた。昭和50年(1975年)のことである。ノートの表紙には「落語はどんどん新しくなってゆく」とタイトルを付けた。古今亭志ん朝、立川談志、三遊亭円楽、柳家小三治、月の家圓鏡、入船亭扇橋、桂文朝の7人に的を絞ったメモである。

 柳家小三治のメモは、昭和51年(1976年)5月19日、青山のVAN99ホールで聴いた『道具屋』から始まっていて、昭和54年(1979年)2月23日、NHKテレビで放映された「東京落語会」の『厩火事』で終わっている。

 その『厩火事』のメモにはこう記している。

 「見事な出来栄えで、文楽を忘れさせる。まず、お崎の言動に力みがまったくない。仲人の旦那も、懸命に説得しようともしない。つまり、また、いつものように、お崎がグチを言いに来たといった感じがよく出ていて、文楽の演出に比べ、このほうが、お崎の性格からいって自然である。文楽には、初めての喧嘩で怒鳴り込んできたという、喜怒哀楽の激しさがひとつ見せ場になっていたことが、この小三治のを聴いて初めてわかる。しかも、文楽の気品だけはキチンと受け継いでいる。『厩火事』としては、現在一級品。すべては自然に。柳派の『厩火事』!」

「三人ばなし」プログラム表紙 昭和54年(1979年)4月14日(土)
「三人ばなし」番組

 現在の小三治の「まくら」は傑作だが、メモには「マクラなし、いきなり本題」「あいさつしてから、すぐ本題に」「えー、おつきあいを願います、だけで本題へ」「マクラ、ほとんどなし」が目立ち、昨今の小三治からは想像もつかない高座だった。いったい、いつから「まくら」の名手になったのだろうか。1970年代後半、入船亭扇橋、桂文朝と定期的に上野の本牧亭で開いていた「三人ばなし」の会でも、目立った「まくら」は聴けなかったし、79年、私が企画・構成した「和田誠寄席」でも、アドリブはほとんどなかったと記憶している。現在、文庫本になったりCD化されるほど小三治の「まくら」は絶妙で、まくらをふくらませた『高田馬場駐車場物語』など、笑いとペーソスにあふれた人情噺に仕上がった傑作である。

 数年前、三越落語会の高座でも、いきなり、たった今、家で聴いてきたばかりのハリー・べラフォンテの『バナナ・ボート』の話からはじまり、「まくら」が40分続いた。それが、まったく退屈しないから凄い。

 もちろん、本題の噺も抜かりがない。新聞のインタビュー記事で「同じ噺を何百回やっていると、飽きませんか?」との質問に「私はとうに飽きていますよ。でも、噺に出てくる熊さんたちは、その日、初めて出てくるので、飽きることがありません」と答えている。

 これが、現在の柳家小三治の「芸境」を端的に示していると思う。すべて「咄」は「口から、出まかせ、出たとこ勝負の面白さ」なのである。落語に出てくる登場人物が、すべて、今、生きている、呼吸しているのである。

「和田誠寄席」プログラム表紙 昭和54年(1979年)5月5日(土)
「和田誠寄席」番組

 人物だけではない。『船徳』という夏の名作で、柳橋の船宿の描写の場面、桂文楽以来、どれほど聴いてきたかわからない噺にもかかわらず、小三治の描写で、船宿の遠景からだんだんクローズアップしてゆく様が、はじめて目の前にはっきりと現れたのを覚えている。

 本名を郡山剛蔵(たけぞう)と言い、昭和14年(1939年)東京生まれ。高校時代、ラジオ東京の「しろうと寄席」で15週連続勝ち抜き、大学浪人中、両親の猛反対を押し切り、勘当同然で、五代目柳家小さんに入門。2014年、重要無形文化財技術保持者、いわゆる「人間国宝」となった。

豆知識 「余一会」

(イラストレーション:高松啓二)

 上野の「鈴本」新宿の「末広亭」など、定席の寄席は、上席、中席、下席とそれぞれ10日間昼夜興行の休みなしです。人気、実力のある落語家が主任(トリ)を務めますが、正月の上席などは、3回興行するほど、高座がフル回転です。

 ただし、いわゆる「大」の月、1月3月5月などは31日が余ってしまいます。そこで、この日を特別興行として、「柳家小三治独演会」とか、今でしたら「春風亭一之輔独演会」を催します。通常の寄席とは違う、お目当ての、贔屓の落語家の噺をたっぷりと楽しめる寄席になるわけです。これを称して「余一会」と呼びます。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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