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田中泰の「クラシック新発見」

クラシック界の二刀流に注目

隔週連載

第10回

野球の最高峰「メジャー・リーグ・ベースボール(MLB)」では、大谷翔平投手の投打に渡る活躍が大きな話題となり、「二刀流(two- way)」という言葉が頻繁に聞かれるようになった。“ベーブ・ルース以来100年ぶりの二刀流”などというニュース記事を見るにつけ、MLBというハイレベルな舞台において、投打両面でエリートクラスの成績を残すことの難しさと、それを見事に実現している大谷の凄さを改めて実感する。

同じように専門性が際立つクラシック界ではどうだろう。そう思って業界内に目をやると、“超一流の指揮者にしてピアノの腕も抜群”という音楽における「二刀流」の存在が目にとまる。というわけで、先ごろ「J-wave:モーニングクラシック」で特集した『指揮者のピアノ』の好反応も追い風に、ここで改めて“クラシック界の二刀流”に注目してみたい。

まずは指揮者になるための背景チェックだ。過去の大指揮者はもちろん、現在活躍中の指揮者の中に楽器経験のない者はひとりもいない。プロ野球の世界では、多くの選手が「子供の頃からエースで4番」として抜きん出た才能を発揮していたように、音楽の世界においても優れた才能を持つ者が指揮者を目指すようだ。当然彼らの多くが楽器の演奏にも秀でていることは言うまでもない。

中でもピアノは音楽教育における必修楽器であるだけに、「ピアノ→指揮者」というケースが圧倒的に多いのは当然だ。近年では、クリストフ・エッシェンバッハ(1940-)を筆頭に、ウラディミール・アシュケナージ(1937-)や、ダニエル・バレンボイム(1942-)&ミヒャエル・プレトニョフ(1957-)のように、ピアニストとして大成した後に指揮活動を始めるというケースも散見する。これは、“ピアノだけでは表現しきれないものをオーケストラを使って表現したい”という想いの実現なのだろう。

ところが、前述の4人のように上手くいくケースは意外に少ない。その理由は、野球に於いて名選手が必ずしも名監督にはなれないのと良く似ている。どちらの世界においても、個人的な能力以上に、統率力やコミュニケーション力といった別の能力が求められるからに違いない。

一方、指揮者としてキャリアをスタートしながら、ピアニストとしても超一流の腕を持つ者にも「二刀流」の称号が似合いそうだ。その代表格が、前述の『指揮者のピアノ』特集でピックアップしたレナード・バーンスタイン(1918-1990)、ジェームズ・レヴァイン(1943-2021)、チョン・ミョンフン(1953-)、アントニオ・パッパーノ(1959-)の4人だ。一時代前の“万能のスーパースター”バーンスターンは別格として、分業の進んだ現代に於いてなお、彼らが室内楽や歌曲の伴奏に於いて圧倒的な魅力を発揮する理由は、指揮者ならではの音楽に寄り添う包容力。彼らが描き出す音楽を心地良いと感じるのは、聴衆である我々以上に共演者たちなのだろう。彼らの伴奏アルバムをぜひ聴いてみてほしい。

過去の大指揮者たちの中にも意外なピアノの達人が存在する。有名なところでは、ジョージ・セル(1897-1970)とゲオルグ・ショルティ(1912-1997)だ。彼らの指揮で「ピアノ協奏曲」を演奏するピアニストたちはさぞかしビビったに違いない。彼ら2人にピアノ協奏曲の録音が少ないのはそのためか!? さらには、伝説の指揮者ウィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)がピアノ伴奏を担当した歌曲アルバムも存在する。これは歌手のほうが恐れ多くてビビりそうだ。

「指揮者のピアノ」とはいったいなんなのだろう。その答えは、オーケストラをピアノに置き換えた彼ら(指揮者)ならではのパフォーマンスの結晶だ。大谷翔平への声援もさることながら、音楽性に溢れた「クラシック界の二刀流」にもぜひご注目を!

プロフィール

田中泰

1957年生まれ。1988年ぴあ入社以来、一貫してクラシックジャンルを担当し、2008年スプートニクを設立して独立。J-WAVE『モーニングクラシック』『JAL機内クラシックチャンネル』などの構成を通じてクラシックの普及に努める毎日を送っている。一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事、スプートニク代表取締役プロデューサー。

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