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和田彩花の「アートに夢中!」

Chim↑Pom May, 2020, Tokyo / A Drunk Pandemic

毎月連載

第43回

現在、ANOMALY(東京・天王洲アイル)で開催中の、Chim↑Pomによる個展『May, 2020, Tokyo / A Drunk Pandemic』。2005年、卯城竜太、林靖高、エリイ、岡田将孝、稲岡求、水野俊紀の6人により東京で結成され、そのデビュー以来、積極的かつ変則的に、社会と個人の関係、ボーダー、今を生きる矛盾を、忖度なくあぶり出す作品を発表し続けてきたChim↑Pom。今回は、展覧会タイトルが示すとおり、2つのプロジェクトで構成されている。さてそのプロジェクトとはなんなのか。Chim↑Pomの大ファンと公言し、ずっとその活動を追ってきた和田さんが、今回の個展で感じたこととは?

現代アートのおもしろさに
目覚めさせてくれたChim↑Pom

現代アートの中で、一番好きなアーティストがChim↑Pom。大学に入って1年の時に、先生が《気合い100連発》(2011年5月、東日本大震災の被災地である福島県相馬市で知り合った若者たちと、 100連発の気合いを入れた様子を収めた映像作品)を見せてくれたのですが、すごく衝撃的で。当初は理解できないなって思うところもあったんですが、知れば知るほど面白くてなって、もっと彼らのことを知りたくなり、それからここ5、6年くらいずっと彼らのことを追っています。現代アートの面白さに本格的に目覚めさせてくれた人たちですね。だから今回の展覧会もすごく楽しみにしていました。

今回紹介するのは、彼らの2つの最新プロジェクトを紹介する展覧会です。

まず「May, 2020, Tokyo」は、新型コロナウィルスの世界的な感染を受けて、東京オリンピック・パラリンピックが延期となり、そして緊急事態宣言が発令された5月の東京を舞台にしたプロジェクト。そして「A Drunk Pandemic」は、2019年イギリス・マンチェスターのヴィクトリア駅地下にある巨大な廃墟のトンネルで展開したプロジェクトです。

May, 2020, Tokyo

「May, 2020, Tokyo」展示風景、ANOMALY、2020 撮影:森田兼次

この「May, 2020, Tokyo」は、上でも言ったように、緊急事態宣言下の東京の街を舞台にしたプロジェクト。会場には、「TOKYO2020」と「新しい生活の様式」と書かれた作品たちが並びます。一見すると青いインクを流した上に文字を描いた絵画に見えますが、実はこれは「STAY HOME」が謳われ、人々が一気にいなくなってしまった東京のさまざまな場所に、青写真の感光液を塗った看板を屋外に最長2週間ほど設置し、雨や光や影の影響を受けて完成した青焼きの作品。そのほか、屋外に設置していた様子が映し出された作品も展示されています。

「May, 2020, Tokyo」展示風景

そしてこの作品を見ていると、「青写真」や「青焼き」にまつわるChim↑Pomのこれまでのプロジェクトや作品、展覧会を思い出しました。ちなみに青焼きとは、サイアノタイプと呼ばれる写真技術の一つです。

例えば歌舞伎町のほぼど真ん中に建つ、歌舞伎町商店街振興組合ビルを丸ごと会場にした個展『また明日も観てくれるかな?』(2016年)。このビルは、1964年の東京オリンピックのときに建てられ、2020年のオリンピックを見据えて取り壊すことになったもので、会場はビルの地上4階から地下1階まで丸ごとすべてを使用した、すごい空間が広がっていました。

青写真を描く version 2(2016) サイアノタイプ、部屋、インスタレーション 撮影:森田兼次 Courtesy of the artist

このときにChim↑Pomは、4階を《青写真を描くversion 2》(一部インスタレーション《ルネッサンス憲章》も含む)と題して、歌舞伎町商店街振興組合の事務所の痕跡を部屋にまるごと感光、焼きつけて、部屋を真っ青にしました。さらに3階には、歌舞伎町の風俗店で働くみらいちゃん(当時18歳)のシルエットを青焼きにした《みらいを描く》という作品もありましたし、そのほかにも青焼き作品が展示されていました。

この特に「青写真」という言葉、「青写真を描く」などの慣用句で使われていますが、意味としては、未来の予定や計画を立てるってことですよね。ここ数年の東京は、2020年のオリンピックに向かって、ずっと青写真を描いてきました。でも数年前に思い描いていた未来は、新型コロナウィルスによって壊されてしまった。最終的に計画は実現しなかったというのが現状です。

制作風景, 2020 ©Chim↑Pom

それを逆手にとったのが、このプロジェクトではないでしょうか。本来であれば青写真に描いた未来が現実になるはずだったのに、実際には実現せず、そんな東京の街中でChim↑Pomは青写真を描いた。それが私はちょっと怖くもあったんです。いまこの状況でオリンピックが延期になったという事実があって、来年の開催すらまだどうなるかわからない中で、まだ未来を描き続けているままでいいのかな、流されたままでいいのかなって。ちょっと自分の中で捉え直す必要があるなと痛感した作品でもありました。

しかも緊急事態宣言の中で設置され、そしてその中で青写真が描かれているという事実もソワソワしてしまいました。本当に東京のいまを突きつけられましたね。

A Drunk Pandemic

「A Drunk Pandemic」展示風景、ANOMALY、2020 撮影:森田兼次

「May, 2020, Tokyo」が東京のいまと向き合う作品だとしたら、「A Drunk Pandemic」はイギリスの歴史と向き合う作品。

テーマは「コレラ」です。昨年、現地で行われたプロジェクトでChim↑Pomは、コレラで亡くなった人たちが埋葬されたマンチェスターの地下の廃墟に「ビール工場」を設置し、オリジナルビール「A Drop of Pandemic」を醸造。Chim↑Pomがバーテンダーを務める、公衆トイレを改造した「Pub Pandemic」(トイレとしてもバーとしても機能する場)を開店し、実際に見にくる人たちと交流を持っていたそうです。しかも実際にトイレを使用した来場者の尿が混じった汚水を消毒したものでブロックを量産し、それらをなんとマンチェスターの街路や家の修復材として使用したというから、一大プロジェクトですよね。

私はイギリスといえば、産業革命でどんどん近代化が進み都市ができてきたという歴史は理解していましたが、その中で労働者や貧困層の人たちが大量にコレラによって亡くなったということは全然知りませんでした。マンチェスターは産業革命の発生の地であり、当時ビールは水よりも安全と考えられ、生水の代替品と考えられていたそうです。

A Drunk Pandemic was created by Chim↑Pom and curated by Contact Young Curators for the 2019 Manchester International Festival. A Drunk Pandemic was commissioned and produced by Manchester International Festival and Contact. Photo by Michael Pollard

でもそういう歴史って、実は意外と現地の人たちも知らなかったりするんだそうです。確かに日本人も過去のことを事細かに知って理解している人はそうそういないですし、現代のネットが発達している時代でも、案外情報を得られないこともあるし、知りたい情報を取捨選択しているので同じことかもしれません。あったはずの、そして現在進行形で動いている歴史に改めて向き合う機会がいつでもあるにもかかわらず、目を背けるというよりも、無関心に流してしまっている人が多いのではないでしょうか。

でもChim↑Pomは、きちんとその歴史的背景や、社会的背景、文化、人々の暮らし、都市のあり方などに向き合い、このプロジェクトを制作しています。彼らはいつもその土地土地にきちんと根を張り、誠実にその場に向き合って作品を作っているんです。マンチェスターでのプロジェクトも、ビール醸造所からパブ、トイレ、下水道、工場、建築、そして街中、コレラの問題をきちんと把握した上で、彼ら独自の発想で、壮大なプロジェクトを成功させました。

昨年プロジェクトを始動したときには、2020年がこんな年になってしまうなんてことは彼らも予測していなかったでしょう。でも新型コロナウィルスで混乱し、不安を感じているいま、私はこの作品を簡単に見ることができませんでした。今、私たちはコレラで混乱したイギリスと同じような歴史の真っ只中にいて、必死に生き抜こうとしている最中だから。劣悪な環境下で生きようとしていたマンチェスターの人たちと、今の私たちは同じような状況にあるのではないでしょうか。

ずっとずっと応援し続けたい

Chim↑Pomはいまや全世界に活動の場を広げているアーティストコレクティブです。

ときにはその活動が過激と問題視されたり、ニュースになってしまうこともありますが、それは彼らの本質を見ようとしていないからだと思うんです。彼らはいつも真剣に制作に取り組み、どの場所のどんなプロジェクトでも、必ずその国の歴史や文化、社会、問題などを理解し、さらには人間の存在や未来までをも予想し、自分たちの表現につなげています。それに非難されても、非難した相手と真摯に対話しているんです。

だから彼らの表現や活動を見ることは、そういったことと真剣に向き合うことだし、現在の社会状況と自分の立ち位置を少し考えてみる時間を与えてくれることだと思っています。

来年は森美術館(東京・六本木)で、彼らの大規模個展『Chim↑Pom展(仮題)』(2021年10月21日 〜 2022年1月30日予定)が開催される予定ですが、パブリックな美術館という場で、今度はどんなことをやってくれるのか。めちゃくちゃ楽しみです。いまからドキドキしています(笑)。

私はこれからもずっとずっとChim↑Pomを応援し続けます。そして彼らの良さや素晴らしさ、面白さっていうのを発信していきたいと思っています。どんなことでもいいので、彼らから気づきを受け取ってほしいですね。


構成・文:糸瀬ふみ

プロフィール

和田 彩花

1994年生まれ。群馬県出身。2004年「ハロプロエッグオーディション2004」に合格し、ハロプロエッグのメンバーに。2010年、スマイレージのメンバーとしてメジャーデビュー。同年に「第52回輝く!日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞。2015年よりグループ名をアンジュルムと改め、新たにスタートし、テレビ、ライブ、舞台などで幅広く活動。ハロー!プロジェクト全体のリーダーも務めた後、2019年6月18日をもってアンジュルムおよびハロー!プロジェクトを卒業。一方で、現在大学院で美術を学ぶなどアートへの関心が高く、自身がパーソナリティを勤める「和田彩花のビジュルム」(東海ラジオ)などでアートに関する情報を発信している。

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