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『市民ケーン』の斬新さ、トラブルの裏側とは 『Mank/マンク』を観る前に知っておきたいこと

リアルサウンド

20/12/9(水) 10:00

『市民ケーン』って何がすごいの? 

 あのオーソン・ウェルズの名作『市民ケーン』の誕生過程を描いている『Mank/マンク』。そもそも『市民ケーン』が映画界で歴代No.1と評価されている理由はなんなのだろうか? それは、その斬新なストーリー構成や撮影手法にある。

 もちろん、それらは今では当たり前のストーリー展開や撮影手法ではあるが、当時の人々にとっては、例えば現代の我々が、映画『シックス・センス』で主人公が自分が亡くなっていることを知らずに行動するというストーリー設定や、映画『マトリックス』で360度にカメラを設置して、銃弾をスローモーションでよけるキアヌ・リーブスの映像などで受けた衝撃に近いだろう。

 冒頭から主人公がどんな人物であるかを描くのが主流の中、主人公の死から始まる設定の作品は当時少なかったし、実在する人物(ヒトラー)とフィクションのキャラクター(ケーン)を、同時にニュース・フィルムで取り入れたことも衝撃だった。主人公以外の人物を通して、主人公を把握していく設定は、フラッシュバック技法の一つしてよく使われるが、その技法が、主人公のダイイングメッセージから発せられる「バラのつぼみ」というテーマに添った形で描かれるのも珍しかった。この、テーマに沿ったフラッシュバック技法は、我々日本人にも馴染みの1950年公開の映画『羅生門』でも描かれているが、あの作品の10年近く前の『市民ケーン』から用いられていたのだ。

 前景と後景の全てに焦点を合わせたシャープな映像で撮影するパンフォーカスも、当時の撮影手法では特徴的だった。この手法によって、前後の人物の異なる内面を映し出していて、この手法は後にヒッチコック監督、黒澤明監督が使用している。新聞記者を最後まで逆光で撮影することで、顔の表情を一度も見せない照明や、人物の威圧感を表現するために、床に穴を開けてカメラを構えた撮影も大きな驚きをもたらした。

 撮影監督は映画『嵐が丘』『別離』などを撮影し、ジョン・フォードやハワード・ホークスなどの巨匠とも組んできたグレッグ・トーランド。舞台やラジオで活躍してきたオーソン・ウェルズは、映画手法の中での限界を知らず、思い付いたアイデアをグレッグにぶつけていた。だが、そんな無理難題のウェルズ監督の注文をグレッグが叶えたことから、今でも色褪せない名作として評価される理由になった。エンディング・クレジットではウェルズ監督がグレッグ・トーランドの名前を自分と同じ位置に据えていることがそのことを証明している。そんな名作の撮影手法は、『Mank/マンク』でも意匠的に使われているので、『市民ケーン』との撮影手法を比較しながら観ても面白いかもしれない。

新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストと若き天才オーソン・ウェルズの関係性

 映画『市民ケーン』の主人公ケーンのモデルとなった実在の人物、ウィリアム・ランドルフ・ハーストは、ゴールドラッシュ時代に銀鉱山で成功を収めた父親ジョージのもとに生まれた。そんな大金持ちの父親が所有していた新聞社サンフランシスコ・エグザミナーを譲り受けたことから、ハースト・コーポレーションを立ち上げ、次々に媒体を買収し、イエロージャーナリズムと呼ばれるセンセーショナルなゴシップ記事を中心に部数を伸ばしていく。タイムズ誌、ニューヨーク・ポスト紙、出版社ハーパー・コリンズを傘下にもつニューズ・コーポレーションのCEOルパート・マードックのような存在だが、現在とのメディアの数を比較したら、より当時のウィリアム・ランドルフ・ハーストの方が影響力があったことは理解できるだろう。

 そんな新聞王ハーストが、カリフォルニア州サンシメオンの丘に建てた大豪邸は、165の部屋数があり、敷地内には庭園、プール、動物園があるほど巨大で、現在も歴史的建造物として一般公開されている。ハーストは、妻との間に5人の息子を設けたが、ショーガールのマリオン・デイヴィス(『Mank/マンク』では、アマンダ・セイフライドが演じている)と出会うと、彼女を女優にさせるために、映画会社コスモポリタン・プロダクションを設立したり、デイヴィスのために上記の大豪邸「ハーストキャスル」(映画『市民ケーン』ではザナドゥと呼ばれる大豪邸のこと)を建設することになる。

 一方、オーソン・ウェルズは舞台劇『マクベス』『ロミオとジュリエット』などで絶賛され、ラジオドラマ『宇宙戦争』では聴者に火星人襲来を信じ込ませるほどの迫真の演技で評価されたことで、23歳の時にはすでにタイム誌のカバーを飾ったこともあった。そんな天才は、映画界に招かれた際も、派手に様々な媒体で宣伝された。だが当時、ウェルズは作家ジョセフ・コンラッドの小説『闇の奥』を映画として先に製作する予定だったものの、予算オーバーのために断念していた。次に、ハワード・ヒューズをモデルに映画化を企画することになるが、実はこのハワード・ヒューズこそが、映画『市民ケーン』の最初のモデル。だがウェルズ監督は、実在のハワード・ヒューズの悪ふざけをするような奇想天外な人生が観客には受け入れられないと判断したことから、ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルに映画『市民ケーン』を制作することになった。そして、その内容をめぐって二人は全面対決することになっていく。

 映画『市民ケーン』の冒頭で主人公ケーンが遺したダイイングメッセージは「バラのつぼみ」だ。これは、主人公ケーンが少年時代に使っていたソリ(ソリの裏に書かれていた)を意味し、権力に溺れ、孤独になった主人公ケーンの純粋な少年時代への回帰を意図している。だがハリウッドでは、この「バラのつぼみ」は、新聞王ハーストがマリオン・デイヴィスの性器を「バラのつぼみ」の愛称と呼んでいたという噂話を耳にしたオーソン・ウェルズが、明らかに隠れた意味合いも含めてダイイングメッセージにしたとされる(このことは、フィンチャー監督の新作でも触れられている)。ちなみに『市民ケーン』での主人公ケーンは愛人に見捨てられ、孤独のうちに死んでいくが、実際にはマリオン・デイヴィスは、ウィリアム・ランドルフ・ハーストが亡くなるまでともに暮らしていた。

 だが、そういったあからさまな挑発が、ハーストの逆鱗に触れ、彼によって映画『市民ケーン』の上映妨害運動が行われ、ハーストの報復を恐れて上映を拒否する映画館もあったのは事実だ。さらに今作を手掛けたスタジオ、RKOでさえも、数回も本作の公開日を延期していた。そのうえ実際に撮影中、ウェルズ監督がハーストの報復を恐れて、「キャストとクルーがいるのは、リハーサルだからだ」とスタジオの重役たちに告げて撮影したり、セットを訪れることを告げずに来たスタジオの重役には、キャストやクルーは、突如撮影をやめ、ソフトボールをしてごまかしていたこともあったそうだ。その後のオーソン・ウェルズ監督作品に、海外資本の作品が多くなるのも、この対立が影響を及ぼしていたからだ。もっとも『Mank/マンク』では、主人公の脚本家ハーマン・J・マンキーウィッツとウィリアム・ランドルフ・ハーストの対立が描かれているが、まずウェルズとハーストの争いも、鑑賞者には先に知っておいてほしい。

デヴィッド・フィンチャーのこだわり

 映画『セブン』『ファイト・クラブ』『ソーシャル・ネットワーク』など刺激的な作品を手がけてきた、ハリウッド気鋭の映画監督デヴィッド・フィンチャーだ。もっともフィンチャー監督の類稀な才能は、1980年代後半から90年代前半にかけてマドンナ、マイケル・ジャクソン、スティング、エアロスミス、ジョージ・マイケル、ポーラ・アブドゥルなどの様々なミュージックビデオ作品を手がけていた頃からすでに溢れていた。その中でも特に印象に残っているのは、マドンナの楽曲「オー・ファーザー(Oh Father))」のミュージックビデオだ。実はこのミュージックビデオには、『市民ケーン』や『オーソン・ウェルズのオセロ』の撮影手法を彷彿させる映像が沢山あって、フィンチャー監督自身がいかにオーソン・ウェルズ作品に影響を受けてきたかが、読み取れる。

Madonna – Oh Father (Official Music Video)

 つまり、そんな若い頃からオーソン・ウェルズに影響を受けていたフィンチャー監督が、長年温めてきた念願の企画が『Mank/マンク』なのだ。2003年に他界し、ライフ誌の支局長を務めたフィンチャー監督の実父ジャック・フィンチャーが生前に執筆した脚本を基にモノクロの映像で撮影している。本作は、もともとフィンチャー監督が映画『ゲーム』の後に制作する予定で、ケヴィン・スペイシーを主演に据え、フィンチャー監督がモノクロの撮影を望んでいたが、スタジオとの意思が合わずに頓挫した経緯があった。

 『Mank/マンク』は、Red Monstrochrome 8K カメラで撮影していて、カラーフィルターがないため、より明確な解像度と強い光感度にも対応でき、こだわったモノクロ映像に最適のカメラを使用している。撮影監督は、フィンチャー監督の常連撮影監督ジェフ・クローネンウェスではなく、Netflixオリジナル『マインドハンター』を撮影したエリク・メッサーシュミットが挑戦している。そんな撮影へのこだわりは現場でも見受けられた。ハーストを演じたチャールズ・ダンスによると、ハーストがホストを務めるパーティーで、ゲイリー・オールドマンが部屋中を酔っ払って歩き回る際に、映画『市民ケーン』の草稿を思いつくシーンでは何回も撮り直し、ついにゲイリーが「デヴィッド、俺はこのシーンを100回もやったぞ!」と怒ると、フィンチャー監督は「わかっている、これが101回目だ。リセット」と返答し、撮影を続けたほどだそうだ。 

 さらに音響に関しても、今作ではモノラルサウンド・ミックスを使用していて、それは20世紀半ばにステレオサウンドシステムが導入される前の音響と似ている。 つまり、セリフ、音楽、その他の効果音専用の複数のサウンドトラックではなく、前述のすべてが1つのトラックとして共有させたことで、音響までも当時に近づけているそうだ。音楽は、フィンチャー監督とも何度もタッグを組んだトレント・レズナーとアッティカス・ロスが手がけ、その当時の時代に使用されていた楽器で作り上げられている。

 先日フィンチャー監督は、フランスのPeremiere誌との取材で、Netflixと新たに4年間の独占契約をした際に「ピカソが描いたような仕事をしたいと思ったから」と契約理由を答え、「40年もこの仕事をしてきたが、たった10本しか撮っていないのは不思議な感じがする。(実際には)11本だが、私が作品と言えるのは10本だ」と続けていた。これは以前にフィンチャー監督が編集前に降板して、スタジオに編集されてしまった映画『エイリアン3』のことを遠回しに語っていたと言える。まるで、メディア王ウィリアム・ランドルフ・ハーストから抑圧を受けながらも、映画「市民ケーン』をオーソン・ウェルズが公開させたように、フィンチャー監督も『Mank/マンク』に自身を投影させながら、Netflixのもとでアーティストとしてより自由な表現を実現させたと言えるかもしれない。 

■細木信宏/Nobuhiro Hosoki
海外での映画製作を決意し渡米。フィルムスクールに通った後、テレビ東京ニューヨーク支局の番組「ニュースモーニングサテライト」のアシスタントとして働く。現在はアメリカのプレスとして働き13年目になる。

■配信・公開情報
Netflix映画『Mank/マンク』
一部劇場にて公開中
Netflixにて独占配信中
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ゲイリー・オールドマン、アマンダ・セイフライド、リリー・コリンズ、チャールズ・ダンス、タペンス・ミドルトン、トム・ペルフリー、トム・バーク
公式サイト:mank-movie.com

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