遠山正道×鈴木芳雄「今日もアートの話をしよう」
エキソニモの千房けん輔さんと赤岩やえさんに聞く
月2回連載
第48回
20/9/30(水)
写真上:エキソニモの千房けん輔さん(左)、赤岩やえさん(右) 写真下:遠山正道(左)、鈴木芳雄(右)
鈴木 今回は、現在、東京都写真美術館で個展『エキソニモ UN-DEAD-LINK アン・デッド・リンク インターネットアートへの再接続』(10月11日まで)を開催中の、アート・ユニット「エキソニモ」の、千房けん輔さんと赤岩やえさんをゲストにお迎えして、展覧会についてはもちろん、これからの展覧会のあり方などいろいろとお話をうかがっていきたいと思います。よろしくお願いします。
3人 よろしくお願いします。
遠山 今回の展覧会は、エキソニモの24年間にも及ぶ作家活動の軌跡に迫るもの、とありましたが、もう24年にもなるんですね! 二人はずっとニューヨークで活動をされていますが、今回は新型コロナウィルスのこともあって、ニューヨークから日本に来るのもいろいろと制約があったと思います。ご自身たちで無事に現場でインストールできたんですか?
千房 できたんですが、やはり2週間の隔離が必要なので、少し長めに時間をとって、約1ヶ月日本に滞在し、10日間ぐらい東京で設営という形を取りました。
鈴木 今回の展覧会、3〜4年前から準備されていたそうですが、世界的にこんな状況なるとはもちろん予想もしていなかったと思います。最終的には東京都写真美術館というリアル会場での展示と、インターネット会場(https://un-dead-link.topmuseum.jp)との二つの場所で開催、しかもインターネット会場はリアルな会場に展示されていない、過去の作品も見ることができるという、アーカイブ化された豪華なものになっています。
千房 まさかこんな状況になるとは思いもしませんでしたし、そもそも展覧会自体がオープンできるかどうかもわかりませんでした。そこで考えたのが、インターネット上と、展示会場と両方で作品を見せようということだったんです。最悪、美術館での展覧会がなくなっても、インターネット会場だけでも開催できればと考えて動いていました。
遠山 この大変な状況の中、無事、美術館で開催できて本当によかったんですが、美術館でやろうって決まったのはいつ頃だったんですか?
千房 6月から写真美術館自体は再開したのですが、不確実な状況は続いていました。かなりギリギリのタイミングで決定して、インターネットとリアルな会場、両方で開催しようという形になりました。
遠山 会場設計というか、リアルでもどう見せるかというのもかなり変わったんじゃないですか?
千房 当初は迷路的なプランを考えていたんですが、やはり密を避けなければということもあり、実際には壁をゼロにして、広い空間の中で見せるという形に急遽シフトしました。
鈴木 でもその臨機応変ぶりがすごい。何年も前から計画していたことが数ヶ月前に急に変わっても、すぐに対応できてしまう。
赤岩 最後の追い込みの6ヶ月ぐらいで、本当にコロナの状況とともに目まぐるしく変わっていってしまって。でも設営やウェブのスタッフもすごく臨機応変に、私たちの考えを汲んでやってくれたからできたという感じがすごくしますね。
ペインティング? 映像作品?
遠山 芳雄さんは今回の展覧会、どの辺が見どころでした?
鈴木 これまでも拝見してきたけど、映像とかアーカイブを見て、すごくデジタルな制作をされているのかと思ったら、マウスがぶった斬られて、その振動でカーソルが動くとか、光マウス同士をくっつけて干渉し合うことでカーソルがこれまた動くとか、あまりにもアナログというか、でもその見せてくれるものがめちゃくちゃ面白かった。ただただ最先端の技術を使ったデジタルアートみたいなのの一方で、エキソニモの作品はそれだけじゃない、とても柔軟だなって思いました。
遠山 特に印象的だったり、好きな作品はどれでした?
鈴木 やっぱり《HEAVY BDY PAINT》ですね。一見ペインティングのような、でも実はデジタルな作品。遠山さんも買って、The Chain Museumの事務所に飾ってあるこの作品ですね。あれって一点物?
千房 そうですね。一点物、ユニークですね。
鈴木 ペインティングだったら一点物だけど、美術館で展示されているものと、遠山さんのとは、映像は同じなんですか?
千房 映像自体は同じで、周りのペイントは違うという感じですね。
赤岩 あとモニタのサイズが違いますね。
遠山 私が持ってるのは、東京都写真美術館超えのサイズ。大きいのをオーダーしたんだけど、いまのところ一番大きいですよね(笑)。
千房 いまのところ一番大きいです(笑)。65か70インチ。
赤岩 最大(笑)。
遠山 芳雄さんはどこに面白さを感じたんですか?
鈴木 僕的には絵画史的にもめちゃくちゃ面白いと思って注目したんですが、これを見て2人の偉人を思い出したんです。一人目がヴァルター・ベンヤミン。彼は、複製技術の発展によって生まれたコピーはオリジナルから伝統をはぎとり、その瞬間に芸術作品の「アウラ」が消失するって言ったんだけど。
遠山 アウラって?
鈴木 簡単に説明すると、「優れた芸術作品を前にして、人が経験するであろう畏怖や崇敬の感覚」を指します。だからこれを見たときに、ペインティングがあって、版画のような複製作品があって、さらに次のフェーズに入った作品だなって思ったんです。版画の歴史は長いけど、この作品はその次。めちゃくちゃ新しいけど、美術史的に見てもとても重要だと思ったんです。
遠山 なるほど。
鈴木 そしてもう一人がロラン・バルト。彼が『美術論集』という本の中で、描かれた人はこっちを見ているのか、いや、こっちを見ていない、カメラを見ているだけだ。でも画面はこっちを見ているんだ、というようなことを言ってるんですね。それはそうですよね。まさにこの作品ってそうじゃないですか。絵画史について非常に考えさせられるものだったなって。でも僕自身ももう少し整理して、この作品について書かなきゃ。遠山さんはどこに惹かれたんですか?
遠山 私は最初見たときに、美大生って静物画を描かされて、観察9割って言われるっていう話を思い出して。これって、Liquitex(リキテックス)の絵具のボトルを手持ちカメラで撮影した映像を映したモニタを、同色の絵具で塗ってる作品。作者はカメラを回すことで、対象を必死に観察しているし、観察することが作家として重要な行動であるということを体現しているような、そういう作品なのかなって。ある種、静物画っていう感じがあって。
千房 まさに最初タイトルを考えたときに、「observer」っていう言葉も候補に入っていたんです。手持ちカメラでわざと手ブレを残してるんですけど、そこに撮影者がいるっていう存在感を残したかったんです。撮影者の身体みたいなのをそこに入れたかったというのがあって。
鈴木 やっぱりそういう意図も含んでいたんですね。でもこの手ブレってすごく重要なんですよね。seeとかviewじゃなくて、watch、gazeというか。ちなみに、今年の2月に原宿のMASAHIRO MAKI GALLERYで開催された個展『Slice of the universe』にもこの作品は出ていましたよね。そこにも、今回の東京都写真美術館にも、本物のリキテックスの絵具のボトルが展示されていましたが、これはセットなんですか?
千房 必ずセットというわけではないんですが、ギャラリーと美術館では置いてみたんです。そうすることで、モニタだけを展示するのではない、まったく違った見え方ができると感じていて。
遠山 あれがあった方が入りやすい気もするんだけど、展示されている絵具で実際に塗ってるんですか?
千房 そうです。そこちょっとコンセプチュアルに伝えているんですけど。
赤岩 でも最近ボトルのデザインがモデルチェンジして変わってしまって、あんまりいい感じじゃなくなっちゃったので。
千房 すごくモダンになってしまって、あまりかっこよくないんですよね。
遠山 ちなみにこれはペインティングという定義?
赤岩 新しいペインティングだと思いますね。
遠山 私としては「ペインティング」って言い切ってほしい感じもするね。
赤岩 そうですね、だから「BODY PAINT」と名付けたのもあるんです。
鈴木 それもまた話を面白くさせちゃう感じがするね。なんで「BODY」なのかっていう。またそれも教えてほしい。でも、遠山さんが持ってるのは塗り残しがあるけど、これは意図的なんですか?
赤岩 塗り残しに関しては、2月の個展のときも同じく3点出したんですが、1点だけ途中で塗るのを止めて、展示してみようっていうことになったんです。塗り残しは塗り残しで、何か別の方向に作品を育てられるんじゃないかなって。
鈴木 東京都写真美術館の作品は、ビッチリ脇まできれいに塗られていますよね。
赤岩 初期の作品なんです。最初はきれいにアウトラインをキッチリ取ることによって、ボトルが浮き出てくるから、キッチリ塗るということに集中していたんです。でも遠山さんの作品はかなりラフにアウトラインを取ってて、それでもそれなりに浮き出てくる感じがあって、そこに塗り残しの効果があるって気づいたんです。それでいま、さらに実験したくて。ストロークが見えることによって、ペインティングだな、とわかりますし。
鈴木 遠山さんが塗り残しに惹かれたのはどうして? わざと塗り残しで制作してもらったんですもんね。
遠山 グラフィティー感かなあ。それに塗り残しがあることで、いろんな思考のとっかかりを見る人にも与えてあげたいなって思ったんですよね。目に止まりやすいっていうか。それに赤岩さんがおっしゃるように、ペインティング感があるから。全面塗ってるやつだと、私的には塗装みたいな感じがして。
鈴木 でも雑に塗っているようで、輪郭を相当周到にやっているというのがまた重要。そこからさらにストロークがわかる上に、どこから筆が始まって終わったか、みたいなプロセスがわかるのがいいね。
赤岩 確かに、逆に輪郭が強調されるっていうところがあるかもしれないです。
遠山 それにこの作品は、作家の息遣いを感じられる作品だよね。呼吸というか。
これからの美術館、展覧会のあり方の先駆
遠山 本当はもっといろんな作品を紹介したいんですが、それはぜひリアルとインターネット会場で体験していただければと思います。
鈴木 今回の展覧会は、これからの美術業界においてもすごく大きな前例になったことは間違いない。なんにもない平穏なときだったら、ただ見せてるだけでいいとか、リアルな会場があるんだからわざわざウェブ上で展覧会やらなくてもとかってなる。それにアーティスト側からしても、数ヶ月前に全取っ替えぐらいの勢いで変えようなんて言われたら、そんなことできるわけないでしょってなる。でもそれを難なくクリアして、こういう形でも展覧会ができる、という大きな証明になった。
千房 そうですね、やはりコロナだったからこそできちゃったっていうのはかなりあります。鈴木さんが言ったように、何もない平和なときだったら、美術館はインターネット会場とかにそこまで興味を持たなかったと思うんです。でも今回、こういう形で舵がきれたっていうのはよかったですね。
鈴木 コロナが社会的にいろいろなことを変える大きな転機になったことは確かだけど、この展覧会もこの先の美術館や展示のあり方を考える大事な転機になったね。それに今回のことをぜひドキュメント化して記録しておくといいなって思ってます。
遠山 ある種教科書みたいになりますもんね。
千房 実はあんまりちゃんとドキュメント化してないんですけど、あったら面白いですよね。
鈴木 ぜひ残してほしい。だってこれまでって、展覧会は終わったら図録しか残らないんですよ。図録すらない展覧会もあって、追いかけられない。でも詳細な映像とか音声とか、ギャラリーのウォークスルーとかがいまは残るようになってきた上に、今回のような形のモデルが出てきたことで、そういったものが進んでいくと思いますね。
遠山 しかも今回のインターネット会場は、昔の作品もアーカイブ化されて見られるし、体験できるから、お得感もすごいある。
鈴木 このインターネット会場はずっと残してもらえるものなんですか? これもすごく重要な資料になると思うんです。
赤岩 はい、展覧会が終わっても機能させるように考えています。これをそのまま美術館に納める、というところまで一応プランに含めています。ただ、やっぱりリアルの会場にはリアルの強さっていうのがあって、ものと対面して感じる強さがあると思うんです。でもそこにはどうしてもいろんな制限があるんですよね。時間とか期間とか空間とか。
遠山 確かにリアルに作品と対峙することはできない。でもインターネット上だとある意味永久に残り続ける。
赤岩 ネットにはネットの良さがあるので、そこを強調して作りましたね。
千房 それに僕たち自身も、これまでに制作してきた80点ほどの作品と対峙できたというか。インターネット会場を作るために、活動の詳細な年表を作り、全作品の解説も書いたんですが、そういうのってそれこそ今回のような状況にならないとやらないと思うんです。
鈴木 確かに回顧展っていっても、全作品と向き合って、自分たちを振り返るって難しいですよね。
千房 そうなんです。今回、改めて自分たちのことをまとめたり、新しい試みを行えたのは本当によかった。あと、自分の娘たちを含め、いまの子どもたちってデジタル・ネイティブ。だからインターネットの使い方そのものが自分たちとはまったく違うんです。そういうのを目の当たりにして、僕たちは反対にインターネットがない時代からを知っている旧世代だからこその立ち位置でやっていく、という覚悟が決まった感じもありましたね。
遠山 でもそれこそ二人の活動ってインターネットの歴史そのままだから、そういう歴史軸と重ねて活動を知るのもまた面白いよね。
赤岩 そうですね、自分たちが大事にしていることや影響を受けたものをピックアップして、かなり詳細にまとめました。
鈴木 今回の二人の動きは本当に重要なことばかりですよ。重要な前例になっていくと思う。
赤岩 私たちも長い目で見たら、けっこう大事な一資料になるのではと思っています。
遠山 いま展覧会をやっているからこそ、リアルとインターネット両方が楽しめるし、リアル会場で体験することも重要。いましか体験できないことがあるので、ぜひ両会場を皆さんには楽しんでほしいとですね。
千房 完全に過去のものを再現したり、映像と同じように再現するってことを私たちも目指したわけではないんです。だから新しいものを見せる、というようなある意味チャレンジするみたいな気持ちもあって展示しました。
遠山 過去に作品を見た人もそうじゃない人も、新しいイメージを持てる展覧会ですよね。こういうインプットとアウトプットの仕方、これからどんどん増えることを期待します。
構成・文:糸瀬ふみ
今回の対談のダイジェスト映像をArtStickerにてご覧いただけます。
https://artsticker.app/share/events/detail/217
プロフィール
遠山正道
1962年東京都生まれ。株式会社スマイルズ代表取締役社長。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、ネクタイ専門店「giraffe」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」、コンテンポラリーフード&リカー「PAVILION」などを展開。近著に『成功することを決めた』(新潮文庫)、『やりたいことをやるビジネスモデル-PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)がある。
鈴木芳雄
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌ブルータス元・副編集長。明治学院大学非常勤講師。愛知県立芸術大学非常勤講師。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』など。『ブルータス』『婦人画報』ほかの雑誌やいくつかのウェブマガジンに寄稿。
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