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野﨑まど『タイタン』が問いかける“仕事”の意義 人類と人工知能がたどり着いた境地とは

リアルサウンド

20/5/7(木) 13:51

 思いもよらない事象を人々が暮らすこの世界にぶち込んで、社会や政治が振りまわされる様子を描きながら人々の営みの本質に迫る。そんな設定を持った物語を幾つも送り出してきた野﨑まどが、4月20日に発売された最新作『タイタン』(講談社)でテーマにしたのが《仕事》というものの価値や意味。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で今までどおりの働き方ができなくなっている現在、ぽっかりと空いてしまった時間の中で考えるのに相応しい題材だ。

関連:【画像】読者を茫然とさせた『2』

 衝撃と驚愕。野﨑まどの作品に常につきまとうのがこれらの言葉だ。第16回電撃小説大賞でメディアワーク文庫賞を獲得した『[映]アムリタ』(メディアワークス文庫)の時から、映像が人を操る可能性を示して驚きを誘い、新人らしからぬ才知を見せた。

 この後、同じレーベルから『舞面真面と仮面の女』『死なない生徒殺人事件~識別組子とさまよえる不死~』『小説家の作り方』『パーフェクトフレンド』と、それぞれに独立して成り立つ作品を発表。順調な活躍を見せていた野﨑まどが、2012年刊行の『2』で読者を茫然とさせた。

 メディアワークス文庫から新装版が登場したこれらの作品を順に読んでいけば、何が驚きだったか分かるだろう。詳細は避けるが、ひとつ言えるのは、『2』の上ですべてが繋がって、『[映]アムリタ』のテーマを何万倍にも拡張したような壮大なビジョンが浮かび上がって来る、ということだ。

 凄まじかった。そして素晴らしかった。とてつもない才能が飛び出したと思ったら、さらにとてつもないビジョンを、2019年から2020年にかけ放送されたテレビアニメ『バビロン』の原作で、講談社タイガから刊行の『バビロンⅠ―女―』『バビロンⅡ―死―』『バビロンⅢ―終―』で突きつけて来た。自殺はいけないことなのか? もしかしたら自殺は善なのではないか? 容易に答えられるはずもないテーマは、アニメではいったんの結末をつけられながらも、原作では世界各国の首脳たちを巻き込みつつ、未だ結論が示されないまま続きが待たれている。

 そんな野﨑まどが、『メフィスト』誌上に連載していたのが『タイタン』だ。舞台となっている2200年代の世界は、タイタンと呼ばれる世界12カ所の拠点に設置された人工知能によって完璧に管理されて、自動化されている。生産にも流通にも人間の手は不要。リモートワークで人の移動が減っても、通販の利用が増えて倉庫で働く人は大忙しといった事態にはならない。

 食料も衣服も住居も、必要なものがいつでもどこでも手に入るようになれば、価値は無となる。対価を得るために働く必用がなくなって、誰もが延びた寿命によって与えられた長大な時間を自由に生きている。内匠成果という女性も、生まれてから《仕事》に就いたことはなく成長し、今は趣味で臨床心理学を学び教えながら、フィルムで写真を撮って遊ぶ日々を過ごしていた。

 タイタンに聞けば、自分とベストなマッチングの相手も探し出してくれるから、交流関係にも不自由していない。なんと素晴らしい世界! 今すぐ政権をタイタンにすげ替えて欲しいが、それには万能の人工知能が必要だから難しい。おまけに、タイタンに不具合が出始めてしまい、成果が引っ張り出されて生まれて初めての《仕事》をすることになってしまった。

 新型コロナウイルス感染症によって、出勤して業務をこなし、帰宅して家族と過ごし、また出勤していく繰り返しだった日常が激変している。その中で、組織の一員として動き対価を得る《仕事》が、もしかしたら《人生》と同一のものとなってしまっていたのではと思うようになった人も少なくないだろう。上司に命令され、やりたいと思ってもいなかった作業に従事するようになって、《仕事》とは何かを理解しようと自問する成果に刺激され、自分は誰のために、そして何のために《仕事》をするのかといったことを、改めて考えさせられる展開だ。

 成果も押しつけられる《仕事》などやりたいとは思ってはおらず、半ば罠にはめられるようにして引っ張り込まれ、ナイレンという男の部下となり、北海道に渡ってコイオスという個別名を持ったタイタン2号基の人工知能のカウンセリングに従事する。その《仕事》に成果はだんだんとハマっていく。

 当初はまったく成立しなかったコイオスとのコミュニケーションが、幾度もの対話を通してだんだんと成立していく過程は、自我なるものの形成なり、「我思う故に我有り」といった哲学めいた概念の出現を思わせる。そうやって自分を作り出していったコイオスが、成果の檄によって文字通りに立ち上がって示す姿がとてつもない。初めて見るとたいていが驚く666メートルの東京スカイツリーの威容に、333メートルの東京タワーが乗ったらどう感じるか? そんな驚きがあると言っておく。

 物語の中に登場した数々のテクノロジーも興味をそそる。ホログラムや光造形の3Dプリンタが超進化したような空中投影像のテクノロジーはとても興味深い。以前、筑波大学准教授でメディアアーティストの落合陽一氏が、微粒子を超音波で中空に浮かばせ立体を現出させようとしていた。そうしたテクノロジーとアイデアを推し進めていけば、『タイタン』にあるように空間に自在に物体を現出させられるようになるかもしれない。

 コイオスが調子を崩した理由として、やはり《仕事》の意味が問われる。《仕事》などしたことがなかった成果とは反対に、人類に貢献するという《仕事》しかしていなかったコイオスならではの現象。それは、スケールこそ違え人間にも当てはまることだ。自分で納得するだけでは追いつかない、他者からの評価を得るなり外部に影響を与えていることを実感するなりがあって、初めて《仕事》は納得できるものになる。そんな主張が伺える。

 つまりはやり甲斐。それが得られない《仕事》を《生活》の大部分にして過ごすより、毎日をやりたいことをやって過ごす方が良いに決まっている。対価という問題が横たわる以上は簡単には結論は出せないが、世界的に《仕事》への向き合い方が変わろうとしている状況下、人間にとって最良の道を考えるべきなのかもしれない。

 『タイタン』では、そうした《仕事》に対する悩みが、人工知能のレベルでも繰り広げられる。その解消のために繰り出されたプロジェクトが凄まじい。それこそ環太平洋レベルのプロジェクトの果てに来る超絶スケールでの逢瀬の果て、人類と人工知能がたどり着いた境地に震撼しよう。

(文=タニグチリウイチ)

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