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池上彰の 映画で世界がわかる!

『グリード ファストファッション帝国の真実』―ファストファッションはなぜ安価なのか? 浮き彫りになる資本主義社会の弱肉強食

毎月連載

第37回

題名の『グリード』とは「強欲」という意味です。まさに強欲極まりないイギリスのファストファッション経営者が、60歳の誕生日をギリシャのミコノス島で祝うことを計画。知人たちを招いて派手なパーティーを計画するのですが……。

コロナ禍で外出もままならず、フォーマルな場所に出ることもなくなって、去年から私はファストファッションのお世話になりっぱなしです。安価で品質が良く、長持ちするとあって、重宝しています。

でも、なぜこんなに安価なのか。それはもちろん、製造コストを切り詰めているからです。そのしわ寄せは、どこに行くのか。

製造元を見ると、東南アジアの国名が書かれています。以前は中国でしたが、中国経済の発展と共に人件費が上昇。世界のファストファッション業界は中国を離れ、ベトナム、カンボジア、スリランカ、バングラデシュに製造拠点を移しています。

一代でファストファッション業界の大立者に成り上がったリチャード・マクリディ(スティーヴ・クーガン)が目をつけたのはスリランカ。若きリチャードは単身スリランカの工場に乗り込み、強引にコストカットを迫ります。

安い価格で契約を結んだ業者も、利益を確保しなければなりません。そのためには工場労働者の人件費を抑えるしかありません。

かくして製造工場の労働者が苦しめば苦しむほど、リチャードの会社が儲かるという構図が出来上がります。

実は、この構造が大きな批判を受け、最近は工場での労働条件が改善されつつあるところもあるにはありますが、全体としては、この映画のような状態が一般的です。

マクリディが計画した誕生パーティーを盛り上げるため、映画『グラディエーター』を再現する円形劇場を建設します。剣闘ショーを見せるためにライオンまで連れてきました。

派手なパーティーにするには、セレブな歌手を呼ばなければ。いくら払えば出演してくれるかという駆け引きには実際の有名人の名前が飛び交いますから、「どこまで本当のことだろう」というミーハーな好奇心も刺激されます。

映画では、あまりの強欲さに笑ってしまうしかないドラマが展開されますが、もちろんこれはパロディ。とはいえイギリスの実在の経営者をモデルにしているのです。まったくのフィクションではないところに恐ろしさを感じます。

映画の展開の可笑しさに笑っているうちに、私たちが暮らしている資本主義社会の弱肉強食ぶりが浮き彫りになっていきます。

円形劇場で働く労働者はブルガリア人。東西冷戦が終わり、東欧諸国の低賃金労働者がギリシャに出稼ぎに来ていることがわかります。

パーティー会場脇の海岸で野宿しているのはシリアからの難民。リチャードは難民たちを見て「目障りだ、追い出せ」と言い出す始末。結局は、難民たちにも古代ギリシャ人の格好をさせてパーティーを盛り上げさせようとします。実はこの難民は、いずれも本物だというから驚きます。

リチャードは、なぜ“成功”したのか。リチャードの伝記執筆を依頼されたニック(デヴィッド・ミッチェル)が関係者に聞き取り調査をすることで、強欲の正体が見えてくる仕掛けになっています。

なにせ舞台がギリシャですから、ギリシャ悲劇の「オイディプス王」の引用など機知に富んだ、そして下品な会話のやりとりにも注目です。

掲載写真:『グリード ファストファッション帝国の真実』
(C)2019 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

『グリード ファストファッション帝国の真実』

6月18日(金)より TOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー!

監督・脚本:マイケル・ウィンターボトム
出演:スティーヴ・クーガン/アイラ・フィッシャー/シャーリー・ヘンダ ーソン/エイサ・バターフィールド ほか

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。

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