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佐々木俊尚 テクノロジー時代のエンタテインメント

“直線型”から“立体型”の物語へ。今のエンタテインメントで求められるもの

毎月連載

第39回

(C)カラー

新型コロナ禍がはじまる以前から、旅行のスタイルには変化の兆しがあった。京都やバルセロナに大量の観光客が集中するオーバーツーリズムが批判され、旅行先にじっくり滞在して生活を楽しもうというアンダーツーリズムも提唱されるようになっていたのだ。

そもそも観光旅行とは何か。いま住んでいる場所から離れて別の場所に行く新鮮な感動というのは旅の魅力だが、観光旅行で提供される“体験”は観光客向けのものでしかない。ツアーでハワイに行ってフラダンスを観ても、それは観光客向けにつくられたコンテンツでしかない。かつての宗教儀式としての神聖なフラとはまったく別のものだ。そういう観光フラを観ているだけでは、ハワイという土地の“芯”に近づくことはできないと思う。

そうではなく、たとえばAirBnBなどでキッチンつきの宿泊施設に滞在し、地元の市場やスーパーで食材を買って料理し、地元の人が好むようなローカルフードの店に足を運ぶ。そういう“地元民なりきり”の滞在型旅行が好まれるようになっている。それによって旅行先の土地の“芯”に近づくことができ、その土地の全体像が垣間見られるような気がするからだ。

観光から滞在へという旅のスタイルの変化と同じようなことが、エンタテインメントの分野でも起きているとわたしは捉えている。

一昨年の著書『時間とテクノロジー』(光文社)でも紹介したが、小説『ホワイト・ティース』で知られる1975年生まれのイギリスの女性作家、ゼイディー・スミスはこう語っている。

「誰かがなにかについてどう感じたのかというようなことを伝えるのは、もはや書き手の仕事ではなくなった。いまの書き手の仕事は、世界がどう動いているのかを伝えることだ」

登場人物の成長や心の揺れ動きよりも、世界の構造の解明のようなことが物語の主題になってきているというのである。言われてみればドン・デリーロやポール・オースターのようなポストモダン文学はそういう方向だし、日本でも『シン・エヴァンゲリオン』や『進撃の巨人』などのアニメ・漫画はまさに世界の構造を解明しようとする物語である。

その物語は一直線ではなく、世界のシステムを描き、コンピュータのOSのようなものである。OSの上で動くアプリがつくる起承転結の物語を描くのではなく、OSそのものを描いているのだ。

OSの上で踊っている人たちは、自分たちが環境管理的に支配されているがゆえに、自分たちの基盤であるOSがどのようなルールで運用され、どのような意志を持っているのかがまったくわからない。そこで彼らは世界の奥底へと降りていき、世界がどう作動しているのかという原理を探求し、学ぼうとする。それをいま、人々はエンタテインメントに求めているのではないだろうか。

これまでの物語がジェットコースターやテーマパークのような直線型だったとすれば、いま求められているのは立体型の物語である。われわれはもはや直線的で内骨格的な物語を信じることはできず、そのかわりにこの混乱し、同時並行的な世界を説明してくれる“外骨格”のようなものを求めているのかもしれない。

プロフィール

佐々木俊尚(ささき・としなお)

1961年生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年毎日新聞社入社。その後、月刊アスキー編集部を経て、フリージャーナリストとして活躍。ITから政治・経済・社会・文化・食まで、幅広いジャンルで執筆活動を続けている。近著は『時間とテクノロジー』(光文社)。

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