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主人公は半裸で鳥頭!? 異例尽くしの『シャンフロ』が急発進した理由

リアルサウンド

20/11/13(金) 8:00

 小説投稿サイトの「小説家になろう」発で、ゲームの世界に飛び込み現実とは違うバトルや冒険、そして新しい出会いをもたらしてくれるストーリー……そう問われれば、夕蜜柑『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います』(カドカワBOOKS)や、海道左近『<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-』(HJ文庫)など、浮かぶ作品が幾つもある。

 硬梨菜の『シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~』もそんな作品のひとつだが、展開においても内容においても数々の異例があって、驚きを誘っている。

 10月16日に講談社から出た、硬梨菜原作で不二涼介作画のコミカライズ版『シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~1』が、発売から2週間で10万部を超えた。1週間で重版も決定したとのことで、さっそく人気声優の佐倉綾音が伝える重版バージョンのPVが流され始めたが、この動きがまず速過ぎる。重版がかかると確信して、あらかじめ録っていたというのだから凄い自信だ。

 「小説家になろう」連載時から『シャンフロ』が、高い支持を集めていたことが自信の根拠にあるのだろう。川原礫『ソードアート・オンライン』(電撃文庫)も含めてVRMMOものは人気のジャンルでもある。逆に言えば競争も激しいジャンルだが、主人公の設定も異色なら、展開の濃密さも半端ない『シャンフロ』は、熱い読者を得て高い閲覧数をたたき出していた。

 陽務楽郎(サンラク)という高校2年生の少年が、「シャングリラ・フロンティア」というゲームを始めるところから幕を開けるストーリー。普段はクソゲーと呼ばれる評判の芳しくないゲームを中心にプレイし、攻略することでゲームの腕を鍛え上げていたが、一段落がついたことで優れたバランスやストーリーを持った神ゲー「シャンフロ」を試してみることになった。

 ここで硬梨菜は、「シャンフロ」内でサンラクが扱うキャラクターを、半裸で鳥のマスクを被った男にしてしまった。キャラを作る段階で装備を売れば、他よりも多くの所持金を持ったままプレイに入れるから、というのが半裸の理由。それで顔出しは恥ずかしいので、覆面を探したら鳥しかなかった。どんな顔立ちなのだろう。そう思わせて読者の興味を引きたかったのかもしれないが、そこに作画の不二亮介が描いたビジュアルがインパクト大だった。

 鳥と言ってもタカとかハトとかではなくハシビロコウ。日がな一日立ち続ける胴体に乗った、目つきの悪さと嘴の巨大さで知られる鳥の頭が、人間の胴体を持ってゲーム世界で暴れ回るのだから、これは想像を超えた光景だ。ネットで読んで情報は得ていても驚くビジュアルで、コミカライズ版が所見なら唖然として見入ってしまう。

 そんな濃すぎるキャラが、両手に剣を持ちパンツいっちょうで走り回る姿には、『SAO』のキリトや『防振り』のメイプルのような格好良さや可愛らしさはない。にも関わらずネット小説が読者を引きつけ、今またコミカライズでファンを大きく増やしたのは、クソゲー攻略で培った勝つためのスキルと経験をぶち込んで、サンラクが「シャンフロ」の世界を裸一貫から成り上がっていく描写に、ち密な戦略性にのっとった強さが感じられるからだろう。

 主人公キャラの見た目の異色さと、実際の強さといったギャップ、そして強大な敵を相手にしたバトルの激しさを、より強く感じさせるという意味で、「小説家になろう」での連載小説をまず書籍として刊行することなく、いきなり「週刊少年マガジン」でのコミック連載に行ったことも、急発進の理由にありそう。

 『防振り』も伏瀬『転生したらスライムだった件』(GCノベルズ)も、ネットでの連載から書籍化が行われ、コミカライズで人気が広がりアニメ化へと至った。カルロ・ゼン『幼女戦記』(エンターブレイン)も日向夏『薬屋のひとりごと』(ヒーロー文庫)も同様に、ネットから書籍化、そしてコミカライズやアニメ化へと至ってファンを広げた。顎木あくみ『わたしの幸せな結婚』(富士見L文庫)も、小説版に続き高坂りとのコミカライズが出て人気に広がりが出た。

 漫画で見て映像で感じ興味を持った世界観の深く知るため、小説へと戻り売り上げが増すパターンが半ば王道となりつつあった中、『シャンフロ』は異色の世界をいきなりビジュアルで見せて一気に関心を引きつけた。この先に刊行されるかもしれない小説版へ戻って、作品を盛り上げていく流れが生まれそうだ。

 コミカライズ版の第1巻で、早々に半裸から脱したように見えたサンラクが、「夜襲のリュカオーン」なるユニーク・モンスターに挑み、敗れたことで受けた呪いが実に苛烈なものだった。何かは読んでのお楽しみ。サンラクという特異なキャラを、特異なままであり続けさせるために必須のステップだったと言っておく。

 今後の展開では、ゲーム内で巨大な甲冑に身を包んだ姿でサンラクを追う、サイガ-0というキャラクターとの関わりが気になるところ。別のゲームでサンラクとプレイしていたモドルカッツォや、2人の知り合いらしいアーサー・ペンシルゴンとの絡みも本格的に始まっていく。その先には、サンラクが仲間を増やし、ユニーク・モンスターを次々と打ち破って「シャンフロ」の世界で一目置かれるプレイヤーになっていくスリリングな展開が待っている。

 ここでアニメ化という事態も加われば、文字から絵となり、映像となって動く鳥頭で半裸のサンラクが、どれだけのインパクトをもたらすかが大いに気になる。アーサー・ペンシルゴンが得意としている悪逆非道の戦いぶりが、ビジュアルでどのように表現されかも。見た目はゴツいが中身は純情な乙女らしいサイガ-0とは対極の、悪のヒロインとして耳目を集めそうだ。

 ネットでの連載はすでに700話を超えている『シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~』の物語。練り込まれた設定の上で、起伏に富んだストーリーが繰り広げられる中を、作り込まれたキャラクターたちが暴れ回る様は、VRMMOものがあふれるエンターテインメントの世界においても、ブラックホールのような強大な重力で大勢を引きつけていくことは確実だ。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書籍情報
『シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~』
原作:硬梨菜
作画:不二亮介
出版社:講談社

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