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映画『音楽』に込められた“初期衝動” 岩井澤健治監督の狂気が描き出した音楽の原点

リアルサウンド

20/12/11(金) 16:00

 音楽を紹介するときにしばしば使われる“初期衝動”という言葉。筆者なりに意訳すると“バンドを始めたばかりの時期、曲を書き始めた頃、歌い始めた頃などの稚拙ながらも瑞々しい表現欲求”ということになるだろうか(インターネットの辞書で調べてもあまり出てこないので、もしかしたら正式な日本語ではないのかもしれない)。

 わかったようでわからない“初期衝動”を生々しく表現したのが、アニメーション映画『音楽』。『シティライツ』『エアーズロック』などで知られる漫画家・大橋裕之の原作『音楽と漫画』『音楽 完全版』を原作に、岩井澤健治監督が約7年半の個人制作によって完成させた作品だ。実写で撮影した素材をもとに制作するロトスコープという手法を使って制作された作画はなんと4万枚超。本編71分間がすべて手描きという、思わず“狂気の沙汰”と言いたくなってしまう驚異的な作品だ。

 『音楽』という題名通り、この映画のテーマは音楽であり、その核にあるのは前述した通り、“初期衝動”だ。

 ストーリーはヤンキー3人組、研二(坂本慎太郎)、太田(前野朋哉)、朝倉(芹澤興人)が結成したバンド「古武術」を軸に進む。編成はベース、ベース、ドラム。ボーカル、ギターのないインストバンドだ。3人とも楽器の経験はもちろん、おそらく音楽はほとんど聴いたことがない。リーダー的な存在の研二はケンカがめっぽう強いが、普段は部室でつまらなさそうにスーファミで格闘ゲーム『ジャンプ少年!!ヒトシ』をやったり、家でぼーっと子供向けアニメ『わんぱくアッパくん』を観ているだけ。つまり、何をやっても何も感じない、退屈がデフォルトの状態なのだ。

 バンドをはじめたのも音楽に目覚めたわけではなく、ひょんなことからベースを手に入れたのがきっかけだったのだが、なぜか研二は、バンドには初期衝動が必要不可欠であることを最初からわかっていた。そのことを示しているのが、「俺、楽器なんてできないぞ」という太田と朝倉に対する、「ふっふっふっ……だからこそいいんだよ」という研二の言葉。この映画ではほとんど唯一、研二が嬉しそうに笑うシーンだ。さらに3人は音楽室から楽器を研二の部屋に運ぶのだが、その途中の横断歩道を横切る場面も印象的だ。これはもちろん、ザ・ビートルズの『アビーロード』のジャケットのパロディだが、ザ・ビートルズと方向が違うところがポイント(『アビーロード』は左から右に横断、古武術の3人は右から左に進む)。強引に解釈するとこれは、“音楽が始まった場所に戻る”というメタファーではないだろうか。

 古武術の3人は当然、「好きな曲のコピーからはじめる」とか「まずはライブを決めて、それを目標にがんばる」みたいなことを完全に無視し、ただただ音を鳴らす。「せーの!」で鳴らした最初の1音で「今のさあ、すげえ気持ち良かった」「俺も」と語り合った3人は、その後もひたすら好きなように音を鳴らし続ける。朝倉はフロアタムとスネアを叩き、研二、太田がチューニングがまったく合っていないベースをピックで鳴らすだけなのだが、これがとんでもなくカッコいい。実在する音楽に例えると、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン、カンといったアバンギャルド、ポストパンク、ノイズの流れを汲んだ——と説明はいくらでも出来るのだが、劇中の3人はもちろん、そんなことは何も知らない。ただ生理的な気持ち良さを求め、同じことだけを繰り返す。これこそまさに初期衝動である(現実にやれば5分で飽きると思うが)。

 映画『音楽』のもう一つの音楽的な軸を担っているのが、眼鏡で長髪の森田(平岩紙)が率いるフォークトリオ「古美術」だ。朝倉は「そのバンド名を辞めさせてくるよ」と80年代のハードコアパンク並みの暴力性をのぞかせるが、研二は「まずはどんな音楽をやってるか聴こう」と提案。70年代叙情派フォークを想起させる「君の横顔」を聴いた研二は、大いに感動し、「素晴らしい」と握手を求める。続いて古武術が演奏し(まるで70年代の横尾忠則のようなサイケデリックな映像がカッコいい)、今度は森田が「ロックの原始的な衝動のようなカッコ良さを感じました!」と意気投合する。

 ヤンキー3人組と違い、森田は大の音楽マニア。部屋の棚にはさまざまなジャンルのレコードがぎっしり並び(映像を止めてタイトルをチェックすると楽しいです)、太田にキング・クリムゾンの『21st Century Schizoid Man』を勧める。退屈が紛れればそれでいい研二、音楽をディープに掘り下げる太田の対比からも、“初期衝動とは何か?”というテーマを際立たせていると思う。

 映画のクライマックスであるフェスのシーンも文句なく素晴らしい(出演バンドは、古武術、古美術のほか、オシリペンペンズ、GALAXIEDEADなど実存する/したバンドの名前も。掘れば掘るほど、こういう細かいネタがいくらでも出てくる映画なのだ)。ロングヘアを金髪に染めた森田が率いる古美術はロックバンドに変貌を遂げ、ハードロックテイストの「ばんからばくち」をエレキギターで演奏。はっぴいえんどの名曲「はいからはくち」をオマージュした楽曲だが、村八分、ゴールデンカップスあたりの匂いもするナンバーだ。たぶん森田は、その音楽的な知識を活かし、フォークからロックへと転身したのだろう……と想像するのも楽しい。

 そして古武術。「もう飽きた」と一時バンドを抜けていた研二が本番ギリギリで登場し、リコーダーを吹きまくる。森田もジミー・ペイジばりのダブルネックのギターで急遽参加し、生々しいバンドグルーヴに乗って華麗なテクニックを披露する。極めつけは研二のシャウト(歌声は岡村靖幸が担当!)。ソウルフルとしか言いようがない叫びは、“初期衝動のもっとも美しい形”と言っても過言ではない。

 ちなみにこのフェスのシーンは、2015年に開催された『大橋裕之ロックフェスin深谷』で撮影された映像をもとに制作されている。映画のクライマックスシーンを作るために実際にフェスを開催してしまうバイタリティに半ば呆れながら、大いに感動してしまう。

 ドレスコーズ(志磨遼平)による主題歌「ピーター・アイヴァース」にも触れておきたい。オールディーズとニューウェイブが混ざり合ったような、美しくも切ないミディアムチューンは、本作のすべてを受け止めると同時に、音楽への愛を気持ち良く解放している。特に〈パンク フォーク ラップ えっとなんだっけ/なんでもいっか/あっとおどろ 音楽を〉というラインは、この映画の本質を正確に射抜いていると言えるだろう。志磨自身はディープな音楽知識を有するアーティストであり、決して安易な衝動に逃げないタイプだが、そんな彼が歌うからこそ、このフレーズは強く心に響くのだと思う。演奏を担当したリンダ&マーヤもまた、知識やテクニックがすべてではないことを深く理解し、初期衝動をどう体現するか? をテーマにし続けているミュージシャンだ。

 本編の冒頭で流れるソウル×ロックな楽曲、研二が夜の街を歩いているときに聴こえてくる歌謡フォーク的な楽曲など、伴瀬朝彦(片想い)、GRANDFUNK、澤部渡(スカート)が手がけた劇伴、そして、GALAXIEDEADが手がける「俺のラブソング-8bit-」「コウテイペンギンのワルツ」もきわめて魅力的。そして何より、監督、脚本、絵コンテ、キャラクターデザイン、作画監督、美術監督をすべて担った岩井澤監督に最大の賛辞を送りたい。「このマンガをどうしても映画にしたい」という初期衝動を7年半も持ち続けたことこそが、映画『音楽』の最大の魅力であり、この作品の得体の知れない求心力の源なのだと思う。

アニメーション映画『音楽』2020年12月16日 Blu-ray&DVD発売!

■森朋之
音楽ライター。J-POPを中心に幅広いジャンルでインタビュー、執筆を行っている。主な寄稿先に『Real Sound』『音楽ナタリー』『オリコン』『Mikiki』など。

■リリース情報
『音楽』
12月16日(水)Blu-ray&DVD発売 ※同日DVDレンタル開始

【数量限定豪華版Blu-ray [2枚組:本編Blu-ray+特典Blu-ray】
価格:7,800円(税別)
収録分数:本編71分+特典映像138分
映像特典:※予定
・メイキング(ドキュメントof『音楽』)
・岩井澤健治監督 短編作品集
福来町、トンネル路地の男
NICKY
嘆きのアイスキャンディー
・パイロット版『音楽』
・フェス演奏シーン線画モノクロver
・新千歳国際アニメーション映画祭「音楽」特別ライブ
・予告編集
数量限定仕様:※予定
・描き下ろしイラスト入り三方背ケース
・デジパック
・84Pブックレット

【DVD/Blu-ray】
価格:3,800円(税別)/ 4,700(税別) 
収録分数:本編71分+特典映像5分

監督:岩井澤健治
原作:大橋裕之『音楽 完全版』(カンゼン)
声の出演:坂本慎太郎、駒井蓮、前野朋哉、芹澤興人、平岩紙、竹中直人、岡村靖幸ほか
プロデューサー:松江哲明
アソシエイトプロデューサー:迫田明宏
配給:ロックンロール・マウンテン
配給協力:アーク・ フィルムズ
2019/日本/カラー/ビスタ/5.1ch/71分

【法人別オリジナル特典】
●ポニーキャニオンショッピングクラブ
・描き下ろしイラスト特別ブロマイド 
【特典対象商品】 数量限定豪華版Blu-ray&「古美術」 ベストアルバム同時購入者
・描き下ろしイラストステッカー
【特典付与対象商品】 Blu-ray&DVD全商品
・特別メイキング映像が視聴できるシリアルコード
【特典付与対象商品】 「古美術」ベストアルバム

●Amazon
・描き下ろしイラストL版ビジュアルシート&場面写真ビジュアル シート
【特典付与対象商品】 数量限定豪華版Blu-ray
・描き下ろしイラストL版ビジュアルシート
【特典付与対象商品】 通常版Blu-ray&DVD
・メガジャケット
【特典付与対象商品】 「古美術」ベストアルバム

●タワーレコード
・描き下ろしイラストポストカード
【特典付与対象商品】 Blu-ray&DVD全商品&「古美術」ベストアルバム

●ヴィレッジヴァンガード
・描き下ろしイラストアクリルキーホルダー
【特典付与対象商品】 Blu-ray&DVD全商品
・オリジナルステッカー
【特典付与対象商品】「古美術」ベストアルバム

「古美術」ベスト
12月16日(水)発売
価格:2,500円(税別)
【収録楽曲】
1. サイロ
2. 君の横顔
3. 城がある街で
4. ストーブ
5. フォボスとダイモス
6. 寝坊したぜ!
7. 祭囃子は空耳
8. ばんからばくち
9. Such a Night
10. 難しい言葉は使わずに

発売・販売元:ポニーキャニオン
(c)大橋裕之 ロックンロール・マウンテン Tip Top
公式サイト:on-gaku.info
特設サイト:https://on-gaku.ponycanyon.co.jp

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