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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

ズービン・メータ (C)Terry Linke

世界最高のスター軍団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を見逃すな!

ぴあ

19/11/7(木) 12:00

世界最高峰のオーケストラ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が来日する。その凄さは、なんといってもメンバーの質の高さ。スポーツに例えてみれば、スター選手ばかりを集めたバスケットの“NBAオールスター”といった趣だ。全員がソリストとして通用するだけに、そのステージに接して最初に驚くのがオーケストラから放出される音の大きさだ。もちろん大音量のみならず消え入るようなピアニッシモに至るまでを、一糸乱れぬ精緻なアンサンブルによって描き出すあたりは流石ドイツ。ポルシェやメルセデスを生み出した世界最高峰の工業技術にも通じる圧倒的な完成度が目の前に展開されるのだ。

この世界最高の楽器とも言えるベルリンフィルを指揮する今年のシェフは、インド出身の巨匠ズービン・メータだ。プログラムに用意されたR.シュトラウス、ベートーヴェン&ブルックナーという、これまたコテコテのドイツ音楽を、自由自在にドライブする事間違いなし。車の世界においては、日本の速度規制によって本来の性能を味わうことはなかなか難しいことではあるが、音楽の世界では心配無用。リミッターなしのベルリン・フィルを思う存分堪能できるチャンス到来!

●公演概要
11月13日(水)愛知県芸術劇場 コンサートホール
11月14日(木)、15日(金)フェスティバルホール
11月19日(火)ミューザ川崎シンフォニーホール
11月20日(水)、21日(木)、22日(金)サントリーホール

●ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、1882年に自主運営楽団として創立。以来、世界で最も優れたオーケストラの一つとして長きにわたり評価されている。

オーケストラの初公演は1882年10月17日、楽員たちによって選ばれたルートヴィヒ・フォン・ブレナーによる指揮のもと行われた。それから5年後、当時の名興行主であり、楽団設立当初よりオーケストラの運営面を支えていたヘルマン・ヴォルフの導きにより、ハンス・フォン・ビューローが初代首席指揮者に就任。彼はベルリン・フィルをドイツにおける一流オーケストラの水準へと一気に向上させた。

その後を率いたのはアルトゥール・ニキシュ。1895年から1922年まで首席指揮者を務め、ブルックナー、チャイコフスキー、マーラー、シュトラウス、ラヴェル、ドビュッシーなど多岐にわたるオーケストラのレパートリーを確立した。ニキシュの逝去後、弱冠36歳のヴィルヘルム・フルトヴェングラーが首席指揮者に就任。古典派やドイツロマン派の作品を得意とすると同時に、ストラヴィンスキーやシェーンベルク、バルトーク、プロコフィエフといった近現代曲にも取り組み、レパートリーを拡大した。

しかしながら、第二次世界大戦によりフルトヴェングラーは指揮者としての活動を奪われ、終戦後間もなくレオ・ボルヒャルトがその任を担うが、1945年8月、悲劇的な誤解によりアメリカ歩哨に射殺されてしまう。その後、若きルーマニア人指揮者セルジュ・チェリビダッケがオーケストラを率いることとなった。1952年、フルトヴェングラーの首席指揮者へ復職が認められ、1954年の逝去までその任を務めた。また、戦後の1949年、空襲により崩壊したベルリン・イエス・キリスト教会が再建され、当時のオーケストラの新しい本拠地として寄与したほか、音響が非常に優れていることから現在もオーケストラの活動を支えている。

1955年、ヘルベルト・フォン・カラヤンが終身首席指揮者兼芸術監督に就任。以後数十年にわたりオーケストラと確固たる関係を築き、唯一無二の音と演奏スタイルを発展させ、ベルリン・フィルの名声を世界中に轟かせた。そして1989年10月、新しい首席指揮者に任命されたクラウディオ・アバドは、あるテーマのもとに、伝統的な作品と現代作品という対照的な作曲家を組み合わせたプログラミングを考案。また、楽員による室内楽活動の奨励に加え、オペラのコンサート形式演奏会を取り入れるなど、オーケストラにさらなる特異性と多様性を与えた。

アバドの退任後はサー・サイモン・ラトルが首席指揮者兼芸術監督に就任、2002年9月から2017‐18シーズンまでその任を務めた。彼との契約は、オーケストラが若い世代で最も成功している指揮者を獲得したことに留まらず、重要かつ革新的な方針を展開するに至った。民間組織としてのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団財団が創設されたことは、最先端の組織構造を生み出し、音楽家たちの経済的生命線を確保しながら、創造力のある発展のために幅広い機会を与えている。また、同財団はメインスポンサーとしてドイツ銀行の寛大なるサポートを享受。この援助は、サー・サイモン・ラトルが舵取りをしていた時代に作り上げられた教育プログラムに1つの焦点を当てており、特に若い聴衆たちの育成に専心するなど、オーケストラの活動の域はより広がりを見せている。その献身的な取り組みに対し、ベルリン・フィルとラトルは芸術団体として初のユニセフ親善大使に任命された。

2009年には「デジタル・コンサート・ホール」を立ち上げ、インターネットを通じてベルリン・フィルのライヴ演奏会や過去の記録を定期的に配信し、世界の聴衆たちがテレビやパソコン、スマートフォンやタブレットなどを通じて演奏を楽しむ機会を提供している。2012年春には、数十年続いたザルツブルク・イースター音楽祭での最後の演奏を遂げ、2013年からバーデン=バーデンで新しい音楽祭の歴史の幕を開けるなど、新しい試みを続けている。

2014年、オーケストラの自主レーベル「ベルリン・フィル・レコーディングス」を創設。オーケストラの演奏による傑出したコンサートの数々を、最高の技術と編集によって記録に留めることを目的としている。最新盤はサー・サイモン・ラトル指揮による『ベルリン・フィル アジア・ツアー2017~ライヴ・フロム・サントリーホール』で、首席指揮者として最後のアジア・ツアーにおける演奏が収められており、非常に高い評価を得ている。

2015年6月21日、ラトルの後任としてキリル・ペトレンコが楽員による多数票を得て次期首席指揮者に選出された。2019‐20年シーズンよりそのポジションに就任する予定である。

●ズービン・メータ(指揮)

(C)Wilfried Hosl

1936年ボンベイ(現ムンバイ)生まれ。著名ヴァイオリニストでありボンベイ交響楽団の創設者でもあった父メーリ・メータより音楽の手ほどきを受ける。ボンベイの医大予科で学んでいたが、1954年ウィーン国立音楽大学指揮科に入学、ハンス・スワロフスキーに師事した。1958年にはリヴァプール国際指揮者コンクール優勝、タングルウッド音楽祭のアカデミーでも受賞するなどすぐさま頭角を現し、1961年までに既にウィーン・フィル、ベルリン・フィル、イスラエル・フィルを指揮。以来、これら3のオーケストラとは50年に及ぶ関係を築いている。

これまでにモントリオール交響楽団音楽監督(1961- 1967)、ロサンゼルス・フィルハーモニック音楽監督(1962-1978)、ニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督(1978-1991、ニューヨーク・フィルの歴史において最長在任期間)、フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団首席指揮者(1985-2017)を歴任。1969年音楽顧問に就き1977年より音楽監督を務めるイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団とは3,000公演以上も取り組み、ツアーも5大陸に及んでいる。1981年には終身音楽監督に任命されているが、ちょうど在任50周年を迎える2019年10月に、音楽監督を退任する意向が発表されている。

オペラ指揮者としても名を残しており、1963年モントリオールにおける《トスカ》でのオペラ・デビュー以来、メトロポリタン・オペラ、ウィーン国立歌劇場、ロイヤル・オペラ・ハウス、ミラノ・スカラ座、シカゴ・リリック・オペラ、フィレンツェ歌劇場、ザルツブルク音楽祭などに登場、1998年から2006年まではバイエルン国立歌劇場で音楽監督を務めた。2006年10月にはバレンシアにソフィア王妃芸術宮殿(バレンシア州立歌劇場)を開館、2014年6月まで同地で毎年行われる地中海音楽祭の総裁も務め、スペインの前衛パフォーマンス劇団”ラ・フラ・デルス・バウス”とともにフィレンツェ歌劇場との共同制作による《ニーベルングの指環》のツィクルスにも取り組んだ。メータは、シカゴ・リリック・オペラとバイエルン国立歌劇場とも同作品のツィクルスを行っている。

数々の名誉にも輝いており、カール・ベームから遺贈された「ニキシュ・リング」をはじめ、フィレンツェとテルアビブの名誉市民や、ウィーン国立歌劇場(1997)、ミュンヘン国立歌劇場(2006)、ウィーン楽友協会(1997)の名誉会員にも選ばれている。また、名誉指揮者の称号も多数、ウィーン・フィル(2001)、ミュンヘン・フィル(2004)、ロサンゼルス・フィル(2006)、フィレンツェ五月音楽祭歌劇場(2006)、シュターツカペレ・ベルリン(2014)、バイエルン国立管(2006)から授与されているほか、2016年にはナポリのサン・カルロ劇場より名誉音楽監督にも任命されている。日本の皇室からも2008年10月に高松宮殿下記念世界文化賞が授与されており、2011年3月にはハリウッド大通りに名前を刻まれた星型プレートを獲得。2012年7月にはドイツ連邦共和国より功労勲章(大功労十字章)、2013年9月にはインド政府より「タゴール文化調和賞」を授与された。

一方、教育の分野にも情熱を注ぎ、才能ある若手音楽家の発掘と育成への支援を世界中で続けているほか、弟のザリン・メータと共にボンベイのメーリ・メータ音楽財団の共同代表を務め、200人以上の子供たちに対してクラシック音楽の教育を行っている。また、テルアビブのブッフマン・メータ音楽学校はイスラエルの若い才能を育て、イスラエル・フィルと密接な関係を構築。現在、シュワラムとナザレにて地元の教師やイスラエル・フィルの団員たちと共に、アラブ系イスラエル人の若者を指導するという新しいプロジェクトも進行している。

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