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『イエスタデイをうたって』の美術にみる“心象”の“風景化” 桜やカメラなどモチーフの役割を読む

リアルサウンド

20/5/22(金) 8:00

 「愛とは何か」という難解な問いを、私たちにそっと投げかけてくるアニメーションがある。

 2020年4月4日より、テレビ朝日の新・深夜アニメ枠「NUMAnimation」内にて放送中のアニメ『イエスタデイをうたって』。原作者である冬目景が1998年~2015年と長期にわたり連載した同名マンガをアニメ化した本作は、現在第7話までが放送されている。

参考:『イエスタデイをうたって』のアニメならではの手法 “停滞”と“色彩の否定”について考える

 本作は4人の登場人物がそれぞれに関係性を持つことで展開される恋愛群像劇だが、特筆すべき点はキャラクターの抱く感情の機微だ。一筋縄ではいかない複雑な恋愛を「演者」として立ち、舞台上という物語で演じてみせる彼らキャラクターの視線の動きや髪の一房が垂れ落ちるさま、誰かを追いかけ駆ける先にあるものや憂いだ時に見せる睫毛の影などを微細な演出で描くことにより、恋に悩む情動を受け手に語りかけてくる。

 幾分にも細分化された感情を巧みに描き出してみせる本作は、まさに日本人が得手とする「感情の多面化」という側面を持ち、その土台に「ままならない人間たちの恋愛模様」が構えていることにより、私たちの胸をしめつける作品となっているのだ。

  また、第4話では桜を、第5話ではカメラを心象風景を切り取るためのモチーフとして使用し、キャラクターそれぞれの感情によって映し出されたビジョンの中で生きるそれらモチーフは、こと『イエスタデイをうたって』という作品上で特別な役割と魅力を持って作品を彩っているといえる。

 第4話で亡き恋人を想い続ける森ノ目品子は、想い人と自分とを強烈に結びつける桜の下で幻想を見る。その桜は満開を見せほのかに白く光り、幻想じみた心象風景の中で品子は学生時代に戻り彼と再会を果たす。そして、過去の恋に囚われていた自分と決別をする。今はもういない彼の姿をその目で見届けた品子の目からは涙がこぼれ落ち、ある種のカタルシスを彼女はその幻想で経験することとなる。

 このような、アニメーションにおける見せ場、最も美しく受け手の感性に訴えかける場面に桜というモチーフを使い、またその光景をきめ細やかで計算され尽くした光の演出と鮮やかな色彩によって魅せるというのは、本作の大きな魅力を体現してみせるものであり、心象風景を「美しく際立たせ、風景化」することによって日本人の心の奥深くに存在する「儚さへの情動」を呼び起こさせている。

 公式サイトでは、本作の舞台となる街並みや背景を制作した美術設定の藤井祐太氏、美術監督の宇佐美哲也氏の両氏によるインタビューが前後編に分けて公開された(参考:リアルと物語の「間」を描く。アニメ「イエスタデイをうたって」の“美術”を紐解く)。

 彼らの話によると、原作の時代設定である2001年という時代に合わせ、主人公・魚住陸生の住む部屋の電化製品や、街のいたるところに存在するモノたちの細かな設定を行ったという。2001年といえば、テレビはまだ旧式のアナログで、自動販売機にはtaspoなども存在しない。そういった「リアル」を「物語」に落とし込む作業は、作品内での統一された世界観を守ることに繋がり、また逆にいえばそうした時代逆行の設定を行うことでノスタルジックな雰囲気を作品に纏わせることになる。

 美術監督の宇佐美氏は、人物の位置や視線、光の当たり方や画面の色彩に至るまで、徹底したこだわりを見せている。後編で語った「キャラクターの心情で色を変える」というくだりでは、展開とそこにいるキャラクターの感情の種類に合わせ、画面に置く色彩を変えながら制作したと語っている。「心象」を「風景化」するという本作における魅力はここにも表れており、細かな作り手の意匠こそがアニメーションというさらなる表現において、この繊細な物語を「生かしている」のだといえよう。

 愛とは、決して単純なものではない――『イエスタデイをうたって』は、日本人が観るアニメーションという意味で、最も映像作品としての効果を発揮している物語だ。

 単純にはなれない、そして単純に生きることもできない。「演者」である彼らが舞台を降りる時、そこにはどんな愛の形が残るのだろうか。私たちは、どんな感情をそこに残して結末を迎えるのか。

 「愛とは何か」の問いに答える日が来た時、きっとアニメ『イエスタデイをうたって』の魅力をそれまで以上に感じる日はないだろう。ままならない者たちへの愛情は、美しい光景として残り続けるのだ。

■安藤エヌ
日本大学芸術学部文芸学科卒。文芸、音楽、映画など幅広いジャンルで執筆するライター。WEB編集を経て、現在は音楽情報メディアrockin’onなどへの寄稿を行っている。ライターのかたわら、自身での小説創作も手掛ける。

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