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鹿野淳に聞く、『ビバラ!オンライン2020』開催の決断まで コロナ禍におけるオンラインライブの意義と課題も

リアルサウンド

20/7/19(日) 12:00

 新型コロナウイルス感染拡大を受け、多くの大規模イベントが中止や延期を迫られる中、毎年ゴールデンウィークにさいたまスーパーアリーナで開催されている『VIVA LA ROCK』は、最終的にオンラインフェス『ビバラ!オンライン2020』として行なう決断をした。リアルサウンドではその発表を受け、プロデューサー・鹿野淳を直撃。延期から開催断念、オンライン開催までの裏側、現状とどう向き合っているのかについて赤裸々に語ってもらった。(編集部)

■(オンラインフェスは)今のエンターテインメントとしてあるべき挑戦
ーー改めて『VIVA LA ROCK』(以下、ビバラ)のオンライン版である『ビバラ!オンライン2020』開催までを振り返ると、まず4月にゴールデンウィークに埼玉での開催断念の発表がありました。

鹿野淳(以下、鹿野):春フェスの中では相対的に見ると、断念の決断と発表が遅かったですよね。これは1日も早く予定を立てたい参加者、音楽ファンに対しては申し訳なかったと思っています。ゴールデンウィークに開催できないことはもう少し早くわかっていたのですが、できないまま終わるのか、それとも夏までの期間での延期に踏み切るのかどうかをギリギリまで考えていました。東京五輪の延期が決まって、7月23日からの4連休とその翌週あたりに『ビバラ』を延期できるタイミングが生まれたんですよ。五輪がある前提の時は関東近郊でその時期に何万人規模の音楽イベントをやろうとすると、移動の混乱が生まれるので開催できない/しない方がいいということなどを含め、フェスがなかった時期なんです。なのでその時期だったら夏フェスや他のフェス、フェスユーザーにも迷惑をかけないかなと思い、開催時期をずらすことに決めました。正直、延期に傾いた3月中旬~4月初旬の時点では夏にまでフェスができないとは思っていませんでした。これもまた今になって思うと甘かったのかもしれません。

ーー『ビバラ』の他のスタッフからは、夏の開催に対して反対意見などはありましたか。

鹿野:もちろんありましたよ。すでに春の断念の時点で経済的にも大打撃を喰らいましたし、後ろ向きに考えれば夏開催自体、本当に大丈夫なのか? という意見もありました。現実的に2倍のリスクを背負い込むことになるわけですから。コロナなどのウイルス、テロ行為、原発関係による中止は、大きな興行が加入する中止保険で免責事項の中に入っていて保険が下りない。だからそれがまず開催できない時の脅威でもあったのですが、それを2回背負うわけです。ただでさえ負債を負うのに、もう1回、しかもできるかも分からないのに、その負債を負うかもしれないリスクに賭けるのはいかがなものか、という話も当たり前に出ました。

ーーそんな中で、延期はどのように決断されたのでしょう?

鹿野:まず申し上げておくと、延期するということをヒロイックに考えたわけじゃないし、そんなことは微塵も思っていないんです。とても現実的な意味合いが延期に向けさせたと言っても差し支えないと思います。そこには色々な理由がありますが、まず1年間開催しない、延期しないで断念することによって、金銭的なリスク以上に失う対価があるんじゃないかと思ったんです。具体的に言えば、今年の『ビバラ』を完全に中止にすることによって、今年のブッキングのまま来年開催するという案が一つ生まれるわけです。例えば『ARABAKI ROCK FEST. 』は、来年4日間開催に踏み切ることで、今年は中止することを発表した。今年のブッキングで2日間、来年のブッキングで2日間的な部分もあるかと思います。『京都大作戦』でも過去にそのようなことがありました。おそらく、このやり方が中止に対しての一番正しいやり方なんですよ。というか、「今年は残念だったな。来年に一緒に借りを返そうぜ」と出演アーティストに言ってもらうことができれば、それはフェスとして最高のサポートなのは言うまでもないです。しかし、『ビバラ』がその論法でいくと、通常で4日間開催のフェスなので、単純計算として来年は8日間フェスをやることになるわけです。さすがにそれはないですよね(笑)。多くの皆様の呆れた顔しか浮かびませんから。そういう何個かの要因があり、今年は今年でやり切ることができるんだったら、『VIVA LA ROCK 2020』として何らかの形でやる。それによって来年の新しい『ビバラ』の道も開けるという気持ちがありました。往生際の悪さはこのフェスの自慢できる部分なので、何が何でもやることにこだわって頑張る方が我々らしいと思いましたし、スタッフともそういう話し合いをしてきました。

ーー5月には『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』はじめ、『FUJI ROCK FESTIVAL』など夏フェスが次々に中止になっていきました。その時点では夏開催について、どう考えていましたか。

鹿野:これだけフェスやライブが軒並み中止になると、みんな同じムード、同じレールに乗って中止という選択をしている、共倒れしていっていると思われるかもしれませんが、現実的には違うんですよ、きっと。もっとそれぞれのフェスなりの忸怩たる思いと、その無念さよりも大事にしたいことがあって中止に向かったと思います。行政から要請があって中止になった場合もあるでしょうし、そうでない場合もあるでしょう。中には、東京、関東近郊という陽性者がたくさん出た場所から、たくさんの人がフェスを開催する地域、県にやって来ることへの恐怖を避けたいという理由もあると聞いています。我々も開催延期前から埼玉県庁の方ともミーティングをしたりヒアリングもしまして「ゴールデンウィークの開催に関しては現状、自粛を願うしかないと思います」という意向も受けました。ただ、夏のさいたまスーパーアリーナでの延期開催に関しては、街、行政、会場などから具体的な意向があったわけではなく、『ビバラ』自体を守るため、『ビバラ』を大事に思ってくださるユーザーを守るため、我々自身が自主撤退をした形です。だからそれぞれのフェスにそれぞれの理由があって、みんな苦渋の決断をしていったんだと思います。

ーーそして6月に『ビバラ!オンライン2020』の開催が発表されました。“さいたまスーパーアリーナでフェスをやる”ということが『ビバラ』にとっての一種のアイデンティティでもあったかと思いますが、決断に至った経緯は。

鹿野:延期のまた延期、3度目の正直としてオンラインライブに向かっていることが論理的に正解だとはあまり思っていません。その理由として、まずさいたまスーパーアリーナで開催できなかったこと。僕のフェス哲学のようなものとして、フェスのオリジナリティはスケジュールとロケーションで80%が決まり、残りの20%がブッキングなどだと思っているんんです。これは意地を張っている部分もあるかもしれませんが、ブッキングにこれ以上毎年毎年委ねると、フェス自身が弱気になっていくというか、もっと言えばアーティストが出演したい特定のフェスになれないと思うんですよね。だから今年に関しては、まずスケジュールをずらしている点でアウトです。ロケーションとしての最低限も、“for the埼玉なフェス”であることすら、現実的にできそうもない。そうなると、このオンラインライブがそもそも『ビバラ』であるのかどうかを自分たちでまず考えなければならず、それは本当に本当に難しいことでした。

 さいたまスーパーアリーナも世間の注目を浴びた3月22日の『K-1』開催以降、未だに何カ月間もイベントができず、エンターテインメントを開催したい気持ちは会場として強く持っています。しかし、ガイドラインとして色々なことを考えていくと、どうしても音楽フェスティバルにふさわしい祝祭空間が生まれるとは思えないし、その欠片すら自分には見えませんでした。まず、椅子席にしないで開催することは100%不可能。じゃあ椅子席で、何マス開けて、そこでどういう風にお客さんがライブを楽しむか、立っていいのか、声を出していいのか、両手両足を振っていいのか……。基本的には声を出さないで、体を動かさないで、飛沫させないでライブを楽しんで、と僕らに発信されながら、席に着くまでにどれだけのガードを張られながら、ライブを観る態勢になるのかを考えた時に、観ている方もかなりの緊張感、もっと言えば悲壮感を持ってライブに相対してしまうかもしれない。アーティストも観客の顔、表情、身体から出るテンションを本当に敏感に捉えながらライブをやっていますから、その状況下で彼らがどんなライブをやるのかを考えると、なかなかフェスティバルとして難しいなと思ったんです。

 それでさいたまスーパーアリーナでの開催を断念したんですけど、理屈ではない話をすると、それでも“フェス”をやりたいんですよ。生でライブをやって、それを生で、タイムラグがない中で楽しんでもらうことをやりたくてしょうがないわけです。そこの先に明確な今後への道があるんじゃないかという思いもありますしね。で、例えばアーティスト自身がそういうことをやって矢面に立つのは非常に不本意だと思うんですが、フェスティバル自身がフェスをやりたいという大義を持って安全にライブを完遂できた時に、それはいい前例になるのではないかなと思っているんですよね、今も。

 細心の注意を払った上でフェスを開催し、エンターテインメントを復興させるんだという気持ちの中で、オンラインによる開催が最高の形だとは思っていませんし、最高のライブエンターテインメントのあり方だとは全く思っていないです。でも、今やれる範囲の中で最高なことをやろうとすると、こうなるんじゃないかという確信を持ってオンラインフェスに踏み切りました。逆に言えば、オンラインでも最高の生身のフェスを楽しんでもらうためにどうすればいいのか? という挑戦をするということ自体が、今のエンターテインメントとしてあるべき挑戦だとも思ったんです。

■今模索していることから新しいライブのサブ要素は生まれる
ーー今まさに準備を進めている最中だと思うのですが、普段とは異なる形の開催ということで、ブッキングなどはスムーズにいっているのでしょうか。

鹿野:はっきり言いたくないのですが、はっきりと言うべきことなのではっきりと申し上げますが、とても難しいです。通常の『ビバラ』は全部で100組ほどの出演者がいますが、今回は100組全てに出てもらえる枠は作れなかった。まずこれが一つの難題。一方で、世の中にオンラインライブが増えてきていますよね。実際に自らがオンラインでのライブをやった中で、「オンラインは難しい」と感じたというアーティストもいるんです。観客がいないところでどういう思想や思考を張り巡らしながらライブをやるのか、とアーティストとして改めて自分たちのライブのあり方を苦心しながらも考え、その結果、オンラインでは、無観客ではライブをやらないという選択をするアーティストもいます。というかむしろだんだん増えているとも思います。

しかも、オンラインのライブに出演する決定までって、通常のライブやフェスとは違って、とても複雑なんです。要は配信なわけじゃないですか。そこにはライブを現場でやるのとは異なる、放映に関する権利が細かく存在するんです。そこをクリアにしないで気持ちだけで出演決定とはいかないんですよね。

 実は、オンラインライブって、通常のライブやフェスの構造で音を鳴らしたりライブを届けるというより、テレビ番組やレコーディングなどに近い部分も多いと、やろうとすればわかってくるんですよ。だから通常のライブのやり方で、ライブの音源をそのままハコ鳴りの感覚で世の中に出すアーティストもいれば、オンラインならではの構築した音作りで臨むアーティストもいると思うので、その対処方法をちゃんと用意できないと、オンラインで複数のアーティストが出演するフェスの開催は難しい。だから色々考えて動いています。場合によっては音響スタッフもライブのスタッフではなくレコーディングのスタッフがいい、というアーティストもいると思うんですよね。そういう話を実際にも聞いています。だから突き詰めれば突き詰めるほど、今までのフェス、ライブとは違うことをやらなければいけない。要は新しいライブの様式かどうか、ということではないけれども、今模索していることは明らかに今まで突き詰めてこなかったことだし、ここから新しいライブのサブ要素は生まれるし、何かの気づきにはなると思うんです。なので、大いに意味はあることだなと思っています。

 さらにオンラインフェスの難しさを話すと、例えばワンマンのオンラインライブは、前日やその日1日、その場所で入念なチェックや練習、リハーサルを全てやった上で配信するからフラストレーションやトラブルがより少ないかもしませんが、『ビバラ』のようなフェスの場合はオールマイティに皆が使いやすいインフラを用意して、そこで出演者が順番でライブをすることになります。そういうワンマンとの違いを考えていくと、やっぱりアーティストとしては出演を悩むという現状もある。新しい時代にライブをやることに対する葛藤の中で、すごく大きな、難しいポイントと今立ち向かいながら『ビバラ!オンライン2020』は進んでいると思います。その上でここが一番大事なのですが、今回のオンラインによる『ビバラ』にも、最高のアーティストやバンドが集まってくださるんです。様々な疑問やハードルや葛藤を乗り越えて出演の意思を持っていただいた最高のアーティストが集まってくださるということが、何よりも意味があることだと思い、心から感謝しています。

ーーなるほど。今回は2ステージ制でやるということですが。

鹿野:はい。通常のステージエリアと、それとは別にもう一つステージを作ります。これは通常だとオーディエンスがスタンディングで観覧するフロアのど真ん中をステージにするものです。会場を2つ使う2ステージ制も考えましたが、そうすると映像班が倍になったり、中継車が二台になったり、手間とお金もだいぶ違ってきますし、場所が増えるとトラブルが起こった時に中枢スタッフとしての対処もより困難度が増すので、1カ所で2ステージを作った方がいいんじゃないかと確信しました。もちろん、サウンドチェック等の段取りなどは同スペースゆえに難しくなるんですけどね。

 ライブ配信の場合、ステージを使うよりもフロアの真ん中でやった方が360度で撮影できるからいいという意見もありますし、音響的なやりやすさからレコーディングスタジオを使うことも多いですよね。これまたなかなか正解はない中で、多くのアーティストが試行錯誤をしていると思いますが、『ビバラ』もよりベターな2ステージ制を求め色々と考えているところです。

■“フィジカルに頼らない音楽の楽しみ方”をあらためて考えなければ
ーー少し具体的な話題になりますが、以前のインタビューで負債額の試算が2億5000万円だというお話がありました。そのあと一度延期になり、最終的にオンラインライブという形になりましたが、この開催で収益の見込みはあるのでしょうか。

鹿野:まず春の断念ですが、現実的な負債は試算した金額まではいきませんでした。音楽業界は良くも悪くも狭い業界で、結果的にみんながお互い泣き合う中で、『ビバラ』の延期や中止も成り立っています。我々としては想像よりも負債が減って本当にありがたかったのですが、その裏では数々の我慢を我々とシェアしてくださった方々がいらっしゃるわけです。僕らが泣く額が少なくなった分だけ、他の誰かが泣いている。それは長い年数をかけて恩返ししなくちゃいけないことだと大きなフェスを主催する身としては思っています。

 今回のオンラインライブでの開催で莫大な収入が入ることは、残念ながらないと予測しています。利益を求めることはこういう時だからこそより大事なことだと思うんですが、現状のオンラインライブでは難しいということです。確かにオンラインでのライブは入場制限、ソールドアウトがないものですし、利益も無限であるとも言えると思います。しかし、きっとまだ送り手も受け手もそこまで行っていないというか、黎明期なんですよね。

 オンラインって、エンターテインメントの体感の仕方が全然違うじゃないですか。値段設定に関しても、通常のライブやフェスの価格と比べると、『ビバラ』の場合で言えば約3分の1の金額になっている。いってみれば現状のオンラインライブの価格は、月額制の配信サービスとも比較される中で設定していかないといけないんです。だけどやろうとしていることはリアルなライブとほぼ同じ、むしろ映像という加点ポイントもあるからそれ以上になるので、利益を生むことはとても難しいと思っています。

ーーそれは側から見ていても感じますね。

鹿野:『ビバラ』は主催の中にGYAO!がいることがオンライン開催のきっかけでした。夏の開催が難しくなった時に「たまアリでできなくなった時に御社のインフラを使って一緒にできる機会はあるんですか」とGYAO!に相談をし、大火傷しない形でオンラインを開催できる状況まで作ってもらいました。それで開催に踏み出したので、現実的に大きな利益を生むことは考えてもいませんし、今のところ予算の立て方としても、オンラインでフェスをやろうとして利益を優先するのはなかなか難しいのではないのかなと。ただ、もし多少の利益が出た場合、仕事がなくなってしまっている音楽業界の方々の支援プロジェクト、「Music Cross Aid」に回そうと思っています。

 今オンラインライブを開催しようと思っている人たちの多くは、きっとその行動自体がメッセージなんだと思います。ここで一歩踏み出すことによって、新しい日常と、今までの日常が戻ってきた時への架け橋、中継地点になると信じてやっている。ただし、そうなるためには様々な課題もあります。例えば、通常のライブは1枚のチケットで会場に50人は入れませんが、オンラインなら1枚で50人が観る可能性もあるといえばあるでしょう。それはオンラインでライブをやる側としては望んでいないことだし、一人一人がチケットを買ってくれることを信じて、様々な試みや演出を施してライブに向かっているということを、もっと切実に伝えなきゃいけないとも思います。だから、考え出したらオンラインでのライブエンターテインメントのビジネスの難しさはとてつもないんです。それも含めて、やっぱり今自分たちがやっていることが、向かっている道筋が正解だとは思っていませんが、進むべき道だとは思っています。

ーー少し話を戻しますが、オンラインフェスにおける“体感”とは何なのでしょう。

鹿野:今までとは違うこと、見えない人たちと同じ楽しみを求め合っているエクスタシーは、オンラインライブの中にあると信じています。オンラインゲームやランニングアプリでも同じなんですが、オンラインならではのライブの楽しみ方はありますよ。例えばオンラインライブと、テレビでライブを観ているのは同じじゃないかという意見もありますが、そう思っている人にとってはそれ以上でも以下でもないものでしょう。ただ、万全の準備で編集されて生まれたものの美しさとは違う生々しさがオンラインにも関わらずに生ライブ配信にはある。それをライブハウスやアリーナで体感できないのであれば、体感できる場所としてオンラインは今は貴重なものだと思います。それこそライブをオンラインで見ることによって、その演じ手の想いや息遣いを生のライブより伝わりづらいから、さらに知ろうとすると思うんです。それはオンラインならではのライブをイメージする楽しみ方、想像力が増すということでもあるし、結果的にそれがアーティストや音楽にとっても、よりユーザーの理解が増すということに繋がると僕は思っています。

 その中で生々しさを追求するためにどうすればいいのか。オンラインに合わせてやることを考えているライブもありますが、自分はどちらかというと、オンラインのフィルターを通して、コミュニケーションを取ろうとするアーティストが、観ている人と同じ時間を過ごす中で何を発するのか、その緊張感を受け止められる現場をどうしたら作れるのかを考えています。オンラインは目の前にお客さんがいないし、反応が明確に感じられないから難しいという意見も聞くので、まだ調整中ですが、『ビバラ』では会場で同じ時間にこのライブに集中している人たちがいることを何らかの形でダイレクトにステージに向けて伝えたいと思っています。最低限、オンラインでライブを体感している人たちの「声」は届けたい。

ーー今年の夏はフェスが中止や延期になり、皮肉にもフェスにとって大きな転換点になっていると思います。来年以降のフェス事情はどう変わっていくと考えていますか。

鹿野:この国のフェスって2年前くらいが大きな転換点だったんですよ。2010年代に入ってからフェスが流行りの音楽を生んできた数年間がありましたが、それが消化不良を起こし始めて、2年前ぐらいからフェスに端を発した音楽性へのカウンターの音楽が生まれていったと思うんです。『ビバラ』は2014年、フェスの過渡期に始まったので、そのことに開催時から自覚的でした。雑誌メディアが中心になって開催するフェスでもあるので、フェスのマーケットにこだわらないフェスをやるという気持ちを持って、ブッキングや日別に音楽のジャンル性、傾向を作るなどにこだわって、7回目までたどり着きました。

 アーティストも2000年代半ばから2010年代の半ばくらいまで、音楽フェスという存在にいかに恩恵を賜ってきたのかを感じながら、依存しすぎることの危険性を考えて、音楽性や姿勢を変えながら今に至っています。先ほどフェスをオンラインでビジネスにする難しさについてお話しましたが、フェス自体もビジネスとして考えると、とても難しいものになっていると思っていて、その中でさらに追い討ちとしてコロナ禍が起こっていき……。最近はアーティストがフェスを主催することが主流になりつつありましたが、そういったアーティストのワンマンライブの発展形としての祝祭すらも開催できなくなってしまったのが今年ですよね。やはりフィジカルに頼らない音楽の楽しみ方を今、あらためて考えなければいけないとは思います。

 そもそも音楽はライブに今のポップシーンを見出していますが、本質的には音楽がライブに依存しすぎても仕方がないですから。音楽の聴かれ方がCDからサブスクリプションに変わってきた。つまり楽曲が「もの」ではなくなったことによって、その反対側にある体感、生々しさ、手触りをライブは体現しています。最高の相互関係がそこにはあると思うんです。だけどもっと根本的に、ポップミュージックとしてこの先にどうあるべきなのか?それは楽曲を作ることと、ライブをやることの二つに軸がありますけど、どちらともフィジカルやノリに頼らない、本当の意味で感動してもらう音楽と音楽活動を多くのアーティストが新しい視点で考えていて。それによって歌詞もリズムも、この2年間ぐらいで変わってきたと思います。黒人音楽のリズムは、今のポップミュージックの根源そのものですから、そこからの引用が増えたのが、つまりは根源に音楽が立ち戻るべきだという批評性そのものだと思うんです。このことはコロナの影響で始まったことではないけれど、ただこの残酷な出来事が変化のスピードを早めたということは大きいです。

■“生ライブの代替え”として楽しむだけではしんどい
ーーなるほど。先ほどお話があったように『ビバラ』はフェスが飽和してきた時代にスタートしましたが、配信ライブが乱立してきている今、そうした時代をどのように切り抜けるかということにも意識的なのでしょうか。

鹿野:そこまで賢いフェスではないと思います(笑)。正直、昨今ここまでオンラインライブが増えるとも思ってもいませんでしたし。それは今からやろうとしている人たちも同じだと思います。それぞれとても時間をかけて準備しているでしょうし、ビジネスとして考えると危ういものではありますので、慎重に。しかしアーティストや音楽として何らかの発信はするべき時ですし、それが求められている時でもあります。なので、このコロナ禍の時代やオンラインと向かい合えば向かい合うほど、今までどれだけ幸福な活動ができていたのかということを痛切に感じます。無観客もしくはオンラインでエンターテインメント、ライブ、音楽を届けることが、引き算になっていると思わざるを得ない人たちも多い。だからこそ、アーティストサイドも今はそれをやれない、イベントやフェスにも出演できないという選択は、仕方ないことだと思います。なので初期とは違う、オンラインならではのライブの楽しみ方がもっともっと発明されていけば、生のライブとは別次元でオンラインライブが増えていくかもしれませんが、そういうものが出てこない限りは、つまりは生ライブの代替えとしてオンラインライブを楽しむということだけではしんどいと思います。

 僕は、オンラインでの画期的なライブとして、よくラッパーのトラヴィス・スコットがマルチゲームの『フォートナイト』内でバーチャルライブを行い、アバターとして参加した人たちは宇宙にまで吹っ飛ばされるという奇想天外なファンタジーを創造したバーチャルライブをあげます。あの壮絶なショーはまさに世界中の指針になっていて、あれをどうアレンジするか、どう超えるか、様々なクリエイターがポジティブに模索しています。我々も日本でそれをやれそうな、やり始めているクリエイティブカンパニーと話し合いました。ただ全く制作から実現までの時間が足りませんでしたが(苦笑)。そういったことを含めて、フェスなどで今から僕らがやろうとしているようなことが乱立するとは全く思っていないです。楽曲やレーベルの権利関係含めて色々なことがとても難しいからです。

ーーオンラインライブがこれからしばらく続いていくであろう中で、音楽性の革命や転換は起こり得るでしょうか。

鹿野:オンラインが音楽を変えるかどうかはあまり重要なことだと思っていません。ただ、コロナは音楽を変えます。例えば、東日本大震災は音楽のあり方と歌詞を含めた音楽のメッセージ性をダイレクトなものに変えました。救済と、人に寄り添うことが新たなテーマになっていった。今回に関しては、身体に訴えかけるのではなくて、心によりダイレクトに訴えかけるものへとエモーショナルの感じ方が変わっていくと思います。

 震災の時は音楽自体は災害にのまれなかったから、津波にのまれた全てを救済するために力を発揮したんですけど、今回の場合、ライブや音楽はコロナ禍に真っ先にのまれているわけですよね。そうなった時に、音楽自体が手を差し伸べるのではなく、まず自分たちを助けてあげなくちゃいけない。そのリアリティを考えると、当事者の音の出し方も、リズムや速度も変わってくるだろうし、歌詞も“誰かのため”というよりは、より切実な自己表現が歌われていくようになるんじゃないかなと。ここまで全てが弱ってしまった後で、アーティストがどういう音楽を作るのか。おそらく秋以降のリリース楽曲、作品からは、それがもっと色濃く出てくる形になると思いますね。その音楽が人を助けようとするのか、もしくは自分たちの弱さを主張して強さに変えていくのか。予測しても仕方ないことですが、明確な表現の方向性が見えると良いなと願っています。

ーーでは、『ビバラ』としてこれから挑戦していきたいことはありますか。

鹿野:これからに対して多くを望んでも仕方がない時期なんですよね。だから、まずは来年の春、ゴールデンウィークに埼玉県のさいたまスーパーアリーナで『VIVA LA ROCK 2021』というロックフェスティバルを開催したいです。……これはインタビューのオチのためにかっこよく言うのではなくて、先のことが本当にわからないんですよね。個人的な予想では、ワンマンライブにせよ、イベントにせよ、フェスにせよ、年内は今までと同じような形で開催できることはあり得ないんじゃないかなと思っています。その中で、今年の秋ぐらいに願わくばこれまでの状態に近い形でライブ活動が再開された時に、経済的に相当な十字架を背負いながらみんながやっていくことが予想されるんですよ。でも、それでもやるんだという気持ちで、きっと皆さんが尋常ではない覚悟を持って頑張ると思います。その状況が年をまたいで来年の春まで続いていくのかどうかでいうと、『ビバラ』が1日に2万5000人が入れるフェスとして、あの熱狂的な一体感を屋内フェスとして醸し出しながら来年再開できる見込みを、今は正直1%も立てられていません。そこには根拠のない願望しかないんです。

 今年、『ビバラ』も僕の会社もめちゃくちゃ弱って、ここからどれだけV字回復を狙っていくのかを考えなくちゃいけない未来が待っています。今やっていることが間違いじゃなければ次で挽回できるんだっていう気持ちでスタッフ全員頑張っています。自分は30年間ずっと雑誌のメディア活動をやり続けているんですけど、うまく行かないことがあった翌年はちゃんとV字回復をさせてくることができたので今があると思っているんですね。でもその見込みが立たないまま、来年に視野を向けるというのが本当に辛く、不安なことで…………。だからあまり威勢のいいことが言えないんですけど、結果的にそれよりも目の前でやれることがあった時にやる決断をすることが、今一番威勢がいい行動につながるんじゃないかなと信じて動いています。

ーー社会全体で見ても、来年どころか1カ月先もどうなっているかわからないような状況が続いています。

鹿野:それは音楽だけじゃなく、医療関係を筆頭に地球レベルで同じ不安、絶望、闇を抱えていますから。僕たちも直近の不安や恐怖としては、関東に第2波がきたらオンラインでフェスをできるのかというまな板の上にいるわけじゃないですか。

 これを読んでくださっている方々は、「この時点で第2波がきたらできないに決まっている、その波、来そう」と思うかもしれませんが、今ってやれないと思ったら本当に何にもやれないんですよ。そして何もやれなくても、誰も責めない。でも、色々な決断の中でできることは絶えずあるはずなんです。衣食住以外に、“人間”である理由の中にはエンターテインメントも含まれているし、この状況下でも音楽、ライブ、フェスが存在していく意義があるはずなんです。誰かがそれを証明しようと、諦めないでやっていくことが大事で、『ビバラ』だけがその大志を持ってやっているとは全く思っていないし、他にも頑張っている方々がいらっしゃいますから、その人たちだけに任せておくわけにもいかないなという気持ちもあって。頑張れる人たち、諦めない人たちで、何とか山を越える気持ちでやるしかないと思います。そしてそれをみんなにキャッチして、参加して欲しいんです。そうすれば、きっと山は動きます。(村上夏菜)

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