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オレンジ文庫編集長が語る、電子書籍と紙書籍それぞれの可能性 「紙が一軍、電子が二軍というわけではない」

リアルサウンド

21/3/28(日) 10:00

 「物語好きのあなたに贈るライト文芸レーベル」として2015年にスタートした集英社オレンジ文庫が、創刊6周年をむかえた。多部未華子主演の大ヒットドラマ『これは経費で落ちません!』(青木祐子著)や、テレビアニメ化されて人気を呼んだ『宝石商リチャード氏の謎鑑定』(辻󠄀村七子著)などのヒット作をおくりだし、多彩なラインナップを展開する同レーベルは、累計888万部を突破。読書好きの女性を中心に、広く支持を集めている。

 集英社には長い歴史を誇るコバルト文庫があり(1976年創刊。2019年以降はeコバルト文庫として継続中)、オレンジ文庫で活躍する作家にはコバルト出身者も少なくない。近年ますます好調なオレンジ文庫と、新しいかたちで展開中のコバルト文庫について、オレンジ文庫編集長・手賀美砂子氏に話を訊いた。(嵯峨景子)

新しい棚のためにオレンジ文庫を創刊

手賀美砂子 編集長

――はじめに、手賀さんの経歴を教えてください。

手賀:1993年に集英社に入社して、コバルト文庫編集部に配属されました。ここで10年間小説の編集者として仕事をして、その後マンガ部門に異動。そして再びコバルト文庫に戻り、オレンジ文庫の立ち上げから編集長を務めています。

――手賀さんが編集者としてお仕事を始めた90年代のコバルト文庫は、とりわけバラエティに富んだ作品が刊行されていた印象があります。

手賀:私が入社した頃のコバルト文庫は、まさに“なんでもあり”な時代でした。当時一番人気だったのは、前田珠子さんの『破妖の剣』、若木未生さんの『ハイスクール・オーラバスター』、桑原水菜さんの『炎の蜃気楼』などです。その後、須賀しのぶさんのミリタリーSF『キル・ゾーン』も出てきて、少年主人公ものやバトルものなど、破天荒なパワーに溢れたシリーズがたくさんありました。コバルト文庫の歴史を振り返ると、富島健夫さんなどの文芸作家がジュニアに向けて書く青春小説として始まり、80年代には氷室冴子さんや久美沙織さんのラブコメディ路線がヒットします。時代によってトレンドは移り変わりますが、これは編集部が主導したわけではなく、そのときどきに活躍する作家さんが書きたいものを発表するなかで、新しい流れやヒット作が生まれていきました。

――オレンジ文庫はどのような経緯で創刊されたのでしょうか。

手賀:書店で新しい棚を確保するためというのが一番の理由でしょうか。 というのも、2010年代前半になると少女小説市場がどんどん縮小していき、コバルト文庫が限られた一部の人にしか届かなくなりつつあったのです。刊行する小説の質は高いのに、少女小説レーベルのなかにあることで作品が埋もれてしまうのは、非常にもったいない。それならばライト文芸レーベルを創刊して書店での置き場を変えた方が、作品を知ってもらえるチャンスが広がるだろうと考えました。当初はコバルト文庫内で改革を進めることも検討しましたが、レーベルが同一のままでは中身が変わっても気づかれずに終わってしまう。新しい棚を確保して新規読者に手に取ってもらうためには、新レーベルが必要でした。

――オレンジ文庫とコバルト文庫はそれぞれどのような編集体制なのでしょうか。

手賀:実際には同じ編集部が二つのレーベルを手がけています。作家さんには、書きたいもののジャンルや方向性によって二つのレーベルを使い分けていただいています。オレンジ文庫とコバルト文庫とパッケージこそ異なりますが、書いているものの本質に違いはありません。

――2010年代前半の少女小説市場の縮小のお話が出ましたが、この時期はかつてあった小説の多様性も後退して、率直に言うと一読者として閉塞感を感じていました。そんな時にオレンジ文庫が創刊されて、新しい取り組みに期待を寄せたことを覚えています。

手賀:いわゆる「姫・嫁・巫女」と呼ばれる、お姫さまが主人公の政略結婚ものばかりが出ていた時期がありました。それ以前のコバルト文庫、もっと幅が広かった時代が好きで「姫・嫁」で離れてしまった人たちが、今のオレンジ文庫のラインナップに惹かれて少しずつ戻ってきてくれているようです。オレンジ文庫の読者層は20代から40代の女性が7割くらいを占めます。ただ裾野は広く、男性はもちろん、下は10代の学生から上は60代70代までと、幅広い年齢の方に手に取っていただいています。

――オレンジ文庫の創刊後、コバルト文庫は紙での発行を停止して電子オンリーになりました。

手賀:オレンジ文庫が成長して市場が拡大するなかで、こちらに集中した方が作家さんにとってもよいだろうという判断のもと、2019年からコバルト文庫の紙での発行を停止しました。ですがeコバルト文庫として現在も毎月新刊を出しています。電子には紙ならではの制約がないため、より自由度の高い物語が生まれています。

紙の可能性と電子の可能性

手賀美砂子 編集長

――紙ならではの制約とは具体的にはどういうことなのでしょうか。

手賀:紙の本の場合、シリーズにはならずに1巻で終わってしまうことがあるため、その巻のなかで話をまとめる必要があります。シリーズ化にむけて大きな謎をかけつつ、1巻読み切りの形式に仕上げるという制約のなかで、物語を展開しなければいけないのです。それに対して電子は1巻でストーリーをまとめる必要がなく、より自由度の高い物語作りが可能となります。紙ゆえの縛りや枷をはずした時に物語がダイナミックに動き、面白い作品が生まれていきました。

 例えば仲村つばきさんの『廃墟の片隅で春の詩を歌え』や、久賀理世さんの『王女の遺言 ガーランド王国秘話』は、もともとWebマガジンCobaltで連載されて好評を博した作品です。WebマガジンCobaltとは、長年刊行していた雑誌『Cobalt』の休刊後に立ち上げた「小説がよめる・かける」プラットフォームです。Web連載なので枚数を気にして物語を無理に1巻にまとめることはせず、好きなように書いていただいたことが、結果的に両作のヒットにつながったと考えています。

――『廃墟の片隅で春の詩を歌え』は最初にeコバルト文庫として発売、その後オレンジ文庫に移行されたことも話題になりました。

手賀:『廃墟の片隅で春の詩を歌え』が好評だったので、オレンジ文庫から同じ世界観の『ベアトリス、お前は廃墟の鍵を持つ王女』を書き下ろしで刊行したところ、即重版がかかりました。『廃墟』シリーズの人気を受けて、ベースとなるお話をオレンジ文庫からも出すことになりました。オレンジ文庫から発売された久賀さんの『王女の遺言』も、即重版しています。『王女の遺言』は、かつてコバルト文庫から出た『招かれざる小夜啼鳥は死を呼ぶ花嫁 ガーランド王国秘話』と同じ世界の物語です。『廃墟』シリーズも『ガーランド王国』シリーズも、電子と紙、コバルト文庫とオレンジ文庫をまたいで展開しています。

――お話をうかがっていて、電子が持つポテンシャルに改めて気づかされました。

手賀:紙が一軍、電子が二軍というわけではなく、それぞれの強みをいかしたパッケージ作りを心がけています。電子の場合は先ほど述べたように紙ゆえの制約を受けずに物語を広げられますし、またフェア時にまとめ買いしてくださる読者の方も多いので、長めのファンタジーを展開しやすい。

 eコバルト文庫で刊行中の真堂樹さんの『月下薔薇夜話』は、中華風だけれど後宮が出てこない異能バトルものです。今の時代に紙書籍ではやや展開しにくいジャンルですが、電子では制約がないため、真堂さんのカラーを存分に打ち出せています。作家さんが書きたいものありきで、その作品に適したパッケージを選択しています。

――パッケージといえば氷室冴子さんや桑原水菜さん、三浦しをんさんのように、単行本で発売された作品もありました。

手賀:これも作品が先にあり、それにふさわしい販売形態を検討するなかで、単行本という選択肢が出てきました。『さようならアルルカン/白い少女たち 氷室冴子初期作品集』は、書籍未収録の氷室さんの初期短編を刊行するために立ち上げた企画です。今のオレンジ文庫の棚で氷室さんの本を出しても埋もれてしまう可能性があったため、単行本の方がアピールできると判断しました。同じように、桑原水菜さんの『炎の蜃気楼セレクション』はイラストが多数収録されるので文庫には向いていない、三浦しをんさんのエッセイ『マナーはいらない 小説の書きかた講座』も読者層を考えると単行本の方が喜ばれるだろうと、パッケージを決めていきました。紙にせよ電子にせよ単行本にせよ、作品ありきでパッケージを作る姿勢は一貫しています。

今勢いがあるジャンルはファンタジー

――創刊から6年を経たオレンジ文庫ですが、今はどのジャンルに勢いを感じますか?

手賀:ファンタジーです。創刊当初のオレンジ文庫は、ファンタジーメインのコバルト文庫との差別化を図るため、日常ミステリや現代を舞台にした作品などライト文芸らしい路線が多かった。今もごはんものや、あやかし系は人気がありますが、近年はファンタジーの勢いが増しています。

 ファンタジー人気の先鞭をつけたのは、白川紺子さんの『後宮の烏』です。ただこの時点では、女性向けジャンルで根強い人気がある中華もの後宮ものゆえのヒットだと捉えていて、ファンタジー要素が受けているという認識はありませんでした。

 そういう意味でターニングポイントになったのは、瑚池ことりさんの『リーリエ国騎士団とシンデレラの弓音』でした。西洋風のいかにもファンタジーらしい世界観で、おまけに主人公は王宮のお姫さまではないごく普通の村娘。そんな『リーリエ』が読者に受け入れられて最初の重版をした時に、編集部の認識が変わりました。『リーリエ』の成功が、オレンジ文庫でもファンタジー路線がいけるという手応えを決定づけたのです。

――ラインナップにファンタジーが増えている実感はありましたが、こういう流れが背景にあったのですね。

手賀:西洋や中華だけでなく、和風ファンタジーにもヒット作が出ています。奥乃桜子さんの『神招きの庭』も今調子がよいシリーズで、先日発売された3巻も発売後即重版がかかりました。平安ものは中華後宮同様もともと人気のあるジャンルで、オレンジ文庫でも小田菜摘さんの『平安あや解き草紙』などがヒットしています。『神招きの庭』もこれらと同じく和風テイストですが、ジャンルとしては明確にファンタジーです。ファンタジー路線の成功によって、より一層オレンジ文庫のラインナップが広がりました。

――ファンタジー以外で何か注目作はありますか?

手賀:阿部暁子さんの『どこよりも遠い場所にいる君へ』は、ロングセラーとしてずっと売れ続けている作品です。ファンタジー小説には濃い読者がつきやすく、一度気に入ると発売日当日に買ってくださるので、初動で一気に動きます。それに対して『どこ君』や、須賀しのぶさんの『雲は湧き、光あふれて』などの現代を舞台にした青春ものの購買層は異なり、10代の学生が書店でたまたま見かけて買うパターンが多い。それで琴線に触れると周囲に広めてくれるので、息の長い売れ方をします。特に『どこ君』はTikTokに投稿された動画が話題になり、ますます部数がのびました。

――メディアミックスについてはどのようなスタンスですか。

手賀:基本的にはお声がけいただいたものを受けています。こちらから仕掛けることはほぼないですね。小説はコミカライズがメディアミックスの定番ですが、集英社はそもそもマンガ部門が優れているし描き手も豊富なので、原作つきよりもオリジナルが強い。逆に集英社のメディアミックスの一環として、小説部門を担当して映画ノベライズなどを手がけています。最近でいえば、『ブレイブ ‐群青戦記‐』や『約束のネバーランド』のノベライズがオレンジ文庫から刊行され、4月には同じく『るろうに剣心』も刊行予定です。ノベライズはコバルト文庫時代から続く伝統のあるジャンルです。

新人賞はレーベルの生命線

手賀美砂子 編集長

――バラエティに富んだオレンジ文庫を支える作家について教えてください。

手賀:新人賞出身者と外部作家の両方がいますが、ベースにあるのはやはり新人賞です。名前を変えながらも長年続けているノベル大賞や、短編小説新人賞などで新しい書き手を発掘しています。口はばったい言い方ではありますが、新人賞出身の作家はきちんと面倒を見て、育てていくという意識が強いです。新人賞はレーベルの生命線なので、この路線を崩すつもりはありません。「週刊少年ジャンプ」に代表されるように、集英社はもともと新人の発掘と育成に力を入れている会社ですし、オレンジ文庫でもその精神を掲げています。

 新人賞を受賞しなかった方でも、作品に見どころがあればお声がけしています。例えば『リーリエ』の瑚池ことりさんは、新人賞の最終候補作から見出しました。あと仲村つばきさんも他社さんからデビューされましたが、短編小説新人賞やノベル大賞の最終候補に残ったご縁で繋がっていて、のちにご一緒できる機会を得られました。

――新人賞の重視に加えて、小説投稿サイト「小説家になろう」作品の書籍化に乗り出さないことも、オレンジ文庫やコバルト文庫の特徴です。

手賀:このルートを閉ざしているつもりはなく、ただ単純にその時間が取れないというのが一番大きな理由です。「なろう」で小説を発掘するためには大量の作品を読んで拾い上げる必要があるけど、現状はその作業に割いている暇がない。ご縁があれば出す可能性はありますが、今のところこちらから積極的に取りに行くことはしていません。

――さまざまなジャンルの作品がありますが、どのようにラインナップを決めているのでしょうか。

手賀:こちらから指定するのではなく、作家さんが書きたいものありきで企画を進めています。人気作の後追いをしていてもしょうがないし、そうしたジャンルはすぐに飽和する。この作品やジャンルが売れているから書くという姿勢ではなく、作家さん自身が書きたい物語を追求するよう、アドバイスしています。そのうえで、今の売れ筋ジャンルの読者層にアピールできるよう、アレンジを提案する場合もあります。例えば完全に架空の世界にするのではなく、似たような雰囲気ならば読者によりなじみのあるヴィクトリアンにするのはどうでしょう、というふうに。

――今後のオレンジ文庫が目指す方向性について教えてください。

手賀:幅広いジャンルに挑戦していきたいです。ファンタジーの調子がいいからとそれ一辺倒になるのではなく、お仕事ものや青春ものはもちろん、ホラーもやりたいと思っています。なるべくいろいろな作品を出してみて、万一だめだったとしても、次の機会に別な手法でトライしたい。レーベル全体がトータルで売れていれば新しいジャンルへの挑戦もしやすくなりますし、今後もなるべく多様なラインナップを展開していくつもりです。

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