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佐々木俊尚 テクノロジー時代のエンタテインメント

“ズレ”や“フラ”を前提としたAIコミュニケーションの新たな可能性

毎月連載

第32回

21/1/28(木)

人工知能(AI)と人間のあいだのコミュニケーションについて、 「ちょっと“ズレ”た対話型AIが生み出す新ビジネスとは」という面白い記事を読んだ。

「株式会社わたしは」という変わった名前の企業が、“フラ”を持ったAIを開発しているという話。“フラ”というのは落語の世界で使われる用語で、可笑しみや愛嬌のような意味だ。「あの噺家さんにはフラがある」といった使い方をする。しゃべりが上手いというのとはちょっと違う。しゃべらなくてもその噺家さんが高座に出てきて座るだけで、なんとなく楽しい気分になるという雰囲気のようなものである。

フラのあったことで有名な落語家に、昭和に活躍した五代目古今亭志ん生がいる。型にはまらない天衣無縫な芸風で、ときには高座で酔っ払って寝てしまうこともあったという。それでも客はそのずぼらな酔っぱらい姿に「今日はいいものを見た」と喜んだというから、フラの達人だったのだろう。

私の古い友人で、不動産会社に新卒で入り営業マンになった男がいた。朴訥としたとぼけた風貌で人見知りで喋りも下手で「あれじゃあ営業は無理だろう」と言われたが、しかし数年後には営業成績をぐんぐんと伸ばし周囲から驚かれた。おそらく、そのとぼけた“フラ”な感じが顧客に安心感を持たれたのだろうと思う。

ズレたコミュニケーションは安心感や信頼感を生む

コミュニケーション能力と言うと、立て板に水に喋り、なめらかに言葉をつむいで相手を説得できる能力のような印象を多くの人が持っている。経団連の企業アンケートでは、「選考にあたって特に重視した点」として16年連続で第1位にコミュニケーション能力が挙げられており、面接でのやり取りをイメージすることが多いからかもしれない。

しかし私たちは、日々のコミュニケーションを採用面接のようにして生きているわけではない。先ほどの「わたしは」の記事で、竹之内大輔代表はこうコメントしている。

「ふつうは、(人間の)質問に対して最適で効率的なアンサーをどう返すかのモデルなのですけど、人間の会話で質問にドンピシャリの回答が返ってくることの方が珍しいことでしょう。ズレていて当たり前じゃないでしょうか」

こういうズレや可笑しみのようなフラが、相手に安心感を与え、それがより良い関係をつくる礎になる。議論し、相手を論破するのが目的ではないコミュニケーションでは、安心感や信頼感のほうが大切なのだ。

2019年9月に放送されたNHKスペシャル『AIでよみがえる美空ひばり』では、故人である美空ひばりの歌をヤマハのボーカロイド開発チームが再現していた。彼女の声の音色や音程を忠実に再現するだけでは、なぜか歌唱が平板になってしまい、後援会のファンたちに聴かせても「ひばりさんの本当の良さが出ていない」と散々だった。

開発チームは彼女の歌声を専門家に依頼して分析し、彼女の声が数オクターブも上の高次倍音を同時に出して、ひとりでハーモニーを奏でていること。そして微妙な音程のズレがあることを突き止める。これらを盛り込んで再現された美空ひばりの歌声は、まさに生前そのもので、ファンたちも「神様を見ているような感じで神々しい」と感動したのだった。

このエピソードが象徴しているように、わたしたちが感じる他人のパーソナリティというのは、実は本人も気づかないようなささやかな引っ掛かり(フック)のようなものによって作られているのかもしれない。そしてフラというのは、まさにこのようなフックなのではないか。

文章よりも信頼されやすい音声。合成音声の今後

『操作される現実 VR・合成音声・ディープフェイクが生む虚構のプロパガンダ』(サミュエル・ウーリー著、小林啓倫訳、白楊社)という書籍に、カリフォルニア大学バークレー校の研究者ジュリアナ・シュローダーによる研究が紹介されている。コミュニケーションする相手が音声を使うか文章で表現するかによって、その相手に対する信頼感は著しく異なり、音声のほうが信頼されやすいのだそうだ。

同書によると、相手が肉声でしゃべっていると、その相手は知的で有能で、思慮深いと感じる傾向がある。しかし相手が書いた文章を黙って読んだだけだと、逆にその相手が無能で知的ではないと感じる可能性が高くなるのだという。これはテキスト中心のツイッターでなぜ罵声が多いのかという理由が示されているようにも感じるが、いずれにせよ、人間の肉声というものに私たちは本能的に深い信頼感を感じるものらしい。

いまはまだ合成音声はうんざりするぐらい機械的だ。アレクサやシリの「キョウ・ノ・テンキ・ハ・ハレ・デス」みたいな機械の声に、私たちは何の信頼感も感じない。しかし合成音声が進化し、フラを獲得するようになっていけば、機械とわたしたちの関係は一気に塗り替えられるかもしれない。

プロフィール

佐々木俊尚(ささき・としなお)

1961年生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年毎日新聞社入社。その後、月刊アスキー編集部を経て、フリージャーナリストとして活躍。ITから政治・経済・社会・文化・食まで、幅広いジャンルで執筆活動を続けている。近著は『時間とテクノロジー』(光文社)。

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