Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

近田春夫インタビュー「一番の理想は、聴いているだけで警察に捕まっちゃうような音楽」

リアルサウンド

19/4/11(木) 18:00

 近田春夫が、2月27日にベストアルバム『近田春夫ベスト〜世界で一番いけない男』、3月18日にビブラストーンの歌詞集『VIBE RHYME(ヴァイブ・ライム)[復刻版]』を発表した。今回リアルサウンドでは、そのベストアルバムと歌詞集をもとに、近田春夫のシンガー、作詞家、サウンドクリエイターとしての歩みを振り返る機会を得た。偶然にも取材日は、3月17日に亡くなった内田裕也のお別れ会が行われた日。喪服姿で取材場所に現れた近田春夫に、 長く交流のあった内田裕也への思いも語ってもらった。(編集部)

巧妙に戦うための言葉や音を見つけたい

ーー今日は内田裕也さんのお別れ会に参加されたとのこと、喪服でいらっしゃいますね。近田さんの音楽家としてのキャリアは、内田裕也さんとの出会いから始まったと伺っていますがーー。

近田春夫(以下、近田):そうなんですけど、実はあんまり悲しくはないんですよね。葬儀も明るい雰囲気で進行しまして。本人はそういう意識はないんでしょうけど、思わず笑みが溢れてしまうようなところがある人で、堺正章さんの弔事でも、会場がウケていました。最後は去年の大晦日にニューイヤーフェスティバル(ニューイヤーワールドロックフェスティバル)のステージの映像が流れましたが、そこでも、やはり皆さんウケていましたね(笑)。

ーー近田さんの最近のツイートには、「ユーヤさんには、アタマにくることもいっぱいありましたけど、子供の頃、初めてテレビで観た時から、僕ずーっと本当に心からユーヤさんが大好きでした」とありました。

近田:みんなそういう感じだったんじゃないかと思います。

ーー内田さんが体現されていたロックンロールというものを、音楽的な部分も含めて、近田さんも引き継いでいるのでは?

近田:いい影響も悪い影響も、色々受けたと思います。堺(正章)さんも、娘さんの也哉子ちゃんも言っていましたけど、存在自体が矛盾しているような人で、「音楽のこういう部分を学んだ」という具体的なことは言えないんですけど、それが裕也さんの魅力だと思うんですよね。ただ、憧れたし、すごく影響は受けているのは間違いなくて。一つ言えるとしたら、ステージのMCかな。オチのないような話だけど、なぜかそれがおかしい、という芸風は、ちょっと影響を受けたかもしれません。

ーーなるほど。それでは、2月に発売された『近田春夫ベスト〜世界で一番いけない男』について伺っていきます。ライナーノーツにもあるように、川口(ビクターの担当ディレクター)さんと一緒に制作されたこともあり、”シンガーとしての近田春夫”という、新しい部分に光を当てた作品でもあります。あらためて、幅広く音楽家として活動してきた近田さんにとって、「歌手」という部分はどんな位置づけなのでしょうか。

近田:それが、本当に川口さんと出会うまでは、自分の歌っている姿というものを捉えたことがなかったんです。人に楽曲を提供するときは仮歌を歌うし、音程やタイミング、発音も正確につかめるけれど、それがイコール歌い手としての能力かと言うと、それはまた別物で。自分が歌がうまいとは思わないし、過去の作品について「歌がいいから買った」という話も聞いたことがない(笑)。でも、ジューシィ・フルーツのライブにゲストで出たとき、リハーサルで昔の曲を歌ったら、それを見ていた川口さんが「すごくいいですね」とおっしゃってくれて。1〜2年前かな、そこからちょっとずつ意識するようになりました。

ーー歌うことは音楽家としてのご自身を構成するパーツの一つ、という感じですか?

近田:そうですね。どっちかと言えば、トータルで音楽を作り、キーボードプレイヤーであって、というなかで、「歌もやんなきゃいけないときがあるからやる」という程度の位置づけで。実際、ずっと歌っていなかったんですけど、カラオケでも歌うように楽しくやってみたら、昔より声が出てるな、とは思ったんですよ。それで川口さんと話しているうちに、「ああ、意外と俺の歌も悪くはないんだな」と、徐々に思うようになったという感じです。

ーー過去の曲を聴いても、中性的というか、少年性があるというか、瑞々しい魅力があります。

近田:今回のアルバムを聴くと、いまの声が一番いいんですよね。歳を重ねてだんだん声が出なくなったり……ということもあるなかで、ありがたいことに。川口さんに「歌がいい」と言われてあらためて聴いてみると、確かに年のわりに若い声をしているな、とは思いました。

ーーたとえば「星くず兄弟の伝説」など、かつての名曲をプレイバックされて、どんなふうに感じましたか。

近田:やっぱり、当時は歌に対して積極的な自信がなかったし、「音程が合ってりゃいいや」と、斜に構えている部分があったかなと。反省というのも変ですけど、いまみたいに堂々と歌っていれば、昔の歌ももうちょっと売れたのかなって(笑)。

ーー当時は、「歌ばかりでなく、トータルで音を聴いてほしい」という思いも強かったのでは。

近田:やっぱり、歌から音楽に入ってきたわけじゃなく、自分で作る曲は自分で歌ったほうが手っ取り早いという感覚で、便宜上歌い始めたというのが基本にあるから。カラオケもほとんど行ったことがないし、「歌と伴奏」ではなく、歌もバックの音も含めて「ひとつのかたまり」として、音楽を作りたかった。人の音楽を聴くときもーーもちろん、歌声が好きなアーティストもいるけれど、全体のサウンドを先に見てしまうタイプだと思いますね。

ーー今回のベスト盤も、歌にフォーカスしているなかで、やはりサウンドが楽しいですね。

近田:そう言っていただくと嬉しいですね。

ーー近田さんは「歌謡曲」をただ作ったわけではなく、ロックやパンク、ニューウェイブのフィルターを通して表現されてきた。

近田:そうですね。ロックが好きでずっとロックをやってきた人間だとしても、ものを考えるときは日本語だし、自分がカッコいいと思ってきた英語圏の音楽を日本語でやるときにはどうしたらいいのかと。そういうなかで歌謡曲というのは、日本語で表現する商業音楽として、優れた部分がある。そういう要素をどう取り入れたら、それが意味としてのロックになるのか、ということは考えていました。

ーーエッセイでも時々言及されているように、もう一方に「フォーク」という別の方法論があり、これは日本語が乗りやすいと。しかし、それは近田さんが選んだ道とは違っていますよね。

近田:やっぱり自分が好きなのは、踊りだしたくなるような音楽なんですよ。いまはダンスミュージックと呼ぶかもしれないけれど、ロックも本来そうで、ビートルズの時代から、クラブのようなところでお客さんが踊るために演奏されていたから。その意味で、フォークは踊るものではないし、サウンドにあまり意味がないんです。ロックというジャンルであれば、あのドラムはすごい、ベースがいい、ということがあるけれど、フォークソングに置いては、楽器演奏の意味や価値を、あまり人々が尊ばないというか。そこのところが自分にはどうしても退屈だと感じてしまって。歌謡曲にもそういう部分があるし、いろいろと矛盾もありますが。

ーーなるほど。歌謡曲のなかでも、やはり筒美京平さんは特別な存在なのでしょうか。

近田:そうですね、京平さんだけじゃないんですけど、鈴木邦彦さんだったり、村井邦彦さんだったり、60年代のGSから出てきた作曲家には、特に影響を受けていると思います。そういう人たちに共通するのは、もともとそんなに歌謡曲が好きじゃないんですよね。大学のジャズバンドでピアニストをしていたり、みんなそれじゃ食えないから、頼まれて、歌謡曲のようなものを書くようになって、という。例えば鈴木邦彦さんだったら、オスカー・ピーターソンとかバリバリの曲を弾かれる方ですし。京平さんもそうですけど、そんな人がなぜこんなに和風なものを書くのかという。あの方たちの音楽が楽しいのは、確かに旋律自体は小唄のように日本風のテイストが盛り込まれているけれど、編曲ができて、和声やリズムの関係から曲を立体的に作れるからで。メロディーを書くだけか、編曲までできるか、という違いが自分のなかでは大きいですね。グループサウンズは、例えば「エレキギターの音が生きる」という視点があるし、リスナーとして魅力的に感じるものですね。

ーーそうした歌謡曲の伝統はいまも続いているとお考えですか。

近田:いま話に出たような作家とは別の流れとして、70年代になって、いわゆるニューミュージックと言われる、どちらかと言うとフォークの人たちによる流れが出てきましたね。ユーミンとか、はっぴいえんどもそうなのかもしれないけど、それまでの水商売的で、夜の世界と相性のいい歌謡曲ではなく、昼間のキャンパスライフ、カタギの世界の音というか。いまのJ-POPがどちらの系譜に属するかと言うと、やはり後者であって。小市民的というと言葉は悪いかもしれないけど、「幸せ」みたいなことが大きな意味でのテーマになっていて、そういう意味では、歌謡曲の系譜ではないんじゃないかな、という気はするんです。

ーーそして近田さんご自身も、やはりニューミュージック、J-POPのラインにはいなかったと。

近田:僕はいなかったと思いますね。一番の理想は、聴いているだけで警察に捕まっちゃうような音楽なんですよ(笑)。僕はそれが一番カッコいいと思うんだけど、それは「歌手」だけじゃなくて。例えば、60年代にエレキバンドが流行り出したころ、「エレキギターを持ってたら不良になる」って言われてたんですよね。そういう反社会性であるとか、あるいは反逆性であるとか、そういうものが感じられる音楽が好きで。自分がズレているのかもしれないけれど、いまは本当にそういうものがない。

ーー今回の収録曲で言うと、例えば秋元康さんが作詞した「ご機嫌カブリオレ」は、いい意味でふざけていると言うか、いまおっしゃったようなノリがありますね。

近田:そうそう。やっぱり秋元康は、作詞家としてはすごいですよ。この「ご機嫌カブリオレ」っていう歌詞の何がすごいかっていうと、始まりの部分は、〈未来なんて何もわからないよ〉って、ものすごく壮大な、巨視的なことから始まるんですよね。そこから急に、雨が降ってきてついてない、という話になる。マクロからミクロまで自由自在に、視点の縮尺を変えていく。それでいて、どこから聴いてもやっつけにしか見えないという(笑)。この技術は本当にすごいと思う。そこに着地するまでにものすごい考えているはずなのに、誰もそれを感じない。そこに、あいつのプライドがあると思うんですよ。

ーーそこは近田さんと響き合ってる部分かもしれないですね。秋元さんは、近田さんのことを非常に尊敬していると聞きます。

近田:そうそう、でも俺はべつに尊敬してないよ。俺のほうが年上だから、こっちから尊敬しているとは言わない(笑)。どちらにしても、自分のスタンスとしてはずっと「ヤバいもの」が好きで、ただ、その「ヤバいもの」は時代や社会との関係において、一定ではないというだけだと思います。

ーーいま「ヤバい」と感じる表現はありますか?

近田:いまはわからないですね。いまのリスナーの人たちは、あまりそういう要素は求めていないのかもしれないな、という気はします。商売としてやっていくからには、そういう現実からも目は逸しちゃいけない。そのなかで、いまの「ヤバい」は何なのか、ということを見つけていこうと思って、いろいろ努力はしているんだけど。

 要するに、自分にとっての「ヤバい」ことは、結局、単純に言ってしまうとやっぱり反権力、rebelということだと思う。ただ、ダイレクトに戦うのは嫌だから、巧妙に戦うための言葉や音を見つけたい、と思うんですよ。そして、何かを絶対的に否定するのではなく、常に相対的に捉えたい。例えば、何か自分にとって許せないことがあるとして、それをただ糾弾するんじゃなくて、「俺もやってるじゃん」とか。それをどこかで感じさせるものじゃないと恥ずかしくてできない、というのはあります。

ピンポンダッシュみたいに、おちょくって逃げてもいい

ーーそれはビブラストーンの作品を聴くとよくわかります。今回、1994年に刊行されたビブラストーンの歌詞集『ヴァイブ・ライム』が復刊されましたが、歌ものとして書かれた歌詞とはまた違ったリアルさ、おもしろさがあります。

近田:そう、自分で言うのも変だけれど、読むとけっこう面白い(笑)。

ーー日本語を音に乗せていくということを考えるなかで、情報量との兼ね合いもあり、より語りに近いスタイルに至ったということですが、やはり長いプロセスがあったわけですね。

近田:そうですね。冒頭にお話ししたように、若いころから英語圏のロックにノックアウトされていて、それと同じことを日本語でやるにはどうしたらいいんだろうと。ただ日本語を乗せると違うものになるし、音響的な問題もあれば、内容の問題もある。細かい譜割りを考えていくなかでは、アクセントの問題もあって。

ーー譜割りを細かくすると、意味が取りづらくなることがある、と。

近田:そうなんですよね。1番と同じメロディで、2番に字数が合ってる言葉を入れても、意味が分かんなくなっちゃったり。それだったら、別に1番と2番でメロディが違ってもいいや、メロディ自体なくてもいいや、というふうにだんだんとなってきたんだと思うんです。

ーーそしてヒップホップのフォーマットと出会ったことで、ビブラストーンのように情報量が非常に多い歌詞が生まれたわけですね。ある意味、散文的って言っていいかもしれない。

近田:そうだと思います。

ーーここでもう一つお伺いしたいことがあります。ビブラストーンは全体としてはおっしゃるようにrebelな作品だと思いますが、同時にユーモアだったり、アイロニーだったり、近田さんのエッセイを読んでいるときと近い感覚もあります。特に「Hoo! Ei! Ho!」など、いまの社会にも通じるものですよね。

近田:そうですね。「Hoo! Ei! Ho!」は、風営法じゃなくて、麻薬だっていい。反権力というのも、「戦う」とは別のやり方があって、例えばピンポンダッシュみたいに、おちょくって逃げてもいいんだから。要するに、強いものに対してちょっとだけ嫌がらせしたい、くらいのことで。

ーーヒップホップもその後、さまざまなタイプのスタイルが生まれましたが、近田さんが提示したような複雑に視点が入り組んでいるものより、もう少しストレートな叫びに近いものが多くなったという印象もあります。

近田:むしろ、自分だけが異質なのかなという気がしますね。自分のような、自分が全部こうやって、この時代に書いていた系譜のものってないですもんね。だからたぶん自分だけが異質なんだろうなっていうぐらいにしか思わないですね。

ーー真正面から行かないというのは、60年代から70年代にかけて全共闘の顛末を見てきた近田さんの世代感覚もあるのでしょうか。

近田:いや、もうちょっと純粋にいたずらが好きなので。小学生レベルで、ちょっと先生を困らせる、みたいなことの延長線上だと思います。

ーーそれにしても、あらためて『ヴァイブ・ライム』を読みながら聴くと、ビブラストーンはサウンドもリリックも本当にすごいバンドでしたね。

近田:自分で言うのも変だけれど、そうですよね。いろんなバンドをやってきたなかで、あの大編成のグループは、やりたかったことのひとつとしてある程度は完成できたかな、という気がして。というのは、最初にハルヲフォンを始めたときも、その前はずっとディスコで箱バンをやっていて、お客さんを踊らすのが楽しかったんですよ。だから、最初のシングルはハーフの女の子がボーカルをやっていて、昔のクール・アンド・ザ・ギャングみたいな、ロック寄りのソウルバンドみたいな感じで。ロックのビートは硬直しているから、もうちょっと揺らいだ感じで、ワンシークエンスでずっとやるようなーー「FUNKYダッコNo.1」という曲がそうですけどね。結局、当時やりたかったものにまた戻ったのかなと。

ーーなるほど。90年代初頭はレア・グルーヴなどが盛り上がった時代で、そのなかでビブラストーンは思う存分できた、という面もありましたか。

近田:そうですね。それこそレア・グルーヴとか、ああいう時代の音楽に関しては、自分のなかに相当引き出しがあったから、まがい物はいくらでも作れて(笑)。

ーー(笑)。そして、ビブラストーンでずっといくかと思っていたら、近田さんはまた違うところに関心を移して。

近田:それは、歌詞を書くのが大変になっちゃったんですよ。再生産で同じようなもののクオリティーを上げていく、みたいなことはできたけど、自分が飽きてきちゃう。飽きれば情熱が薄れて、ステージでも嘘で楽しんでいるふうになってしまう。俺はそれができないから、やめちゃったんです。大所帯で給料を払うのも持ち出しになったり、大変な部分もあったし、何よりあの編成で自分がやってみたかった実験はやりきったかな、という気がして。あとは、ヒップホップのビートのなかで音を作ることは相当習得しちゃって、それより難しい、4つ打ちのダンスミュージックをもっと極めていきたいな、という気持ちになったのも大きかったかな。

ーーそれが90年代の後半以降ということですね。

近田:そう、そのなかでもハウスよりトランスの方が難しくて。ずっと音楽をやってきて、本質を習得するまでに一番時間がかかったのは、トランスでしたね。生バンドだったらどういう楽器を使っているかわかるけれど、シンセは違う。昔はYouTubeの解説動画なんてないし、とにかくCDを聴いて、どうやって作るのか考える、という時代だったので。でも、それが面白くて、5年くらい研究していましたね。

ーーそして、トランスを習得すると、また次へ?

近田:いまはもう4つ打ちに関しては、何が重要であるとか、どのポイントをクリアできればOKだということが、全部整理できているんですよ。ただ、4つ打ちはなぜか飽きない。だから、やっぱり最終的に4つ打ちなのかな、と思っていて。というか、4つ打ちより先の音楽がないんですよね。それに、ヨーロッパでもアメリカでも、アジアでもそうだけれど、4つ打ちというものの市場が大きなものとしてあって、世界のトップDJもそこでものすごく稼いでいるじゃないですか。そういう人が作っているものと、自分が作っているものを比べても、遜色がない。どこを攻めていけば世界のシーンでやっていける、というのは揺るぎなくあるので、自分もものすごく儲かるだろうと(笑)。

ーー歌ものへの再評価という部分とは別の、サウンドクリエイターとしての部分ですね。

近田:それ、なかなか両方やらないでしょう? トライアスロンじゃないけれど、ひとつの競技だけじゃなく、あれもこれもできる、という。そこで人に威張りたい、というのがあるから(笑)。歌ものもやるし、原稿も書く。

ーー(笑)。でも、本当にそうですね。週刊文春での連載(「近田春夫の考えるヒット」)もバリバリ続いています。

近田:自分で言うのもなんだけど、すごい才能があると思うんです(笑)。でも、俺が何をやってもふざけているように見えるらしくて、世間は真剣に捉えてくれない。なので、いつの日かみんなが「すみませんでした」と謝るまで、やってやろうと(笑)。資本主義社会のなかでは「どれだけ売れたか」も大きいから、その部分でもうまくいくようにしないと。何が原因かわからないけれど、まだうまくいっていないから。

ーー近田さんはいつも先を行き過ぎている、というところがあるかもしれません。

近田:それは確かにあって、昔のものがいまになってやっと評価されるという。昔は見向きもしてくれなかったような人たちが、いまだったら面白いと言ってくれるんですよね。手塚眞に作ってもらった『星くず兄弟の伝説』も、またロンドンでかかるみたいだし。こういうものも含めて、30年くらい早すぎたものが多い。でも、あとになって評価されてもあんまり商業的な成功にはならないから、リアルタイムで評価されるもの作るまで、絶対にエネルギーを落とさないぞと。一方で、追いつかれるのが嫌だから、その矛盾でいつも悩むんですけどね。

ーーなるほど、「お前らに分かってたまるか」という部分もある(笑)。

近田:そう(笑)。「おいでおいで」と言っても、絶対に俺のほうが先に逃げちゃう。だから、うんと長生きするしかないでしょうね。

(取材=神谷弘一/写真=三橋優美子)

■リリース情報
『近田春夫ベスト~世界で一番いけない男』
発売:2019年2月27日(水)
価格:¥2,778(税抜)

<収録曲>
1.プラスチック・ムーン/近田春夫&ハルヲフォン
2.ハイソサエティ/近田春夫&ビブラトーンズ
3.ああ、レディハリケーン(New Version)/近田春夫
4.ワン・シーン/近田春夫
5.超冗談だから/近田春夫
6.恋のT.P.O. /近田春夫&ハルヲフォン
7.夢見るベッドタウン/近田春夫
8.恋のシルエット/近田春夫&ビブラトーンズ
9.ロキシーの夜/近田春夫
10.星くず兄弟の伝説/近田春夫
11.ご機嫌カブリオレ/近田春夫
12.夢のしずく/近田春夫&ビブラトーンズ
13.金曜日の天使/近田春夫&ビブラトーンズ
14.ラニーニャ 情熱のエルニーニョ/近田春夫
15.シンデレラ/近田春夫&ハルヲフォン
16.世界で一番いけない男/近田春夫
17.みんなでハッピーバースデー(新曲)/活躍中

■書籍情報
『VIBE RHYME(ヴァイブ・ライム)[復刻版]』
近田春夫/著
近田春夫率いるヒップホップバンド“ビブラストーン”の歌詞集を復刻
発売中
価格:¥1,400(税抜)
B6変型判/モノクロ/120ページ

近田春夫 リビング秘密党定例集会第一弾 議題は「音楽ばなしは何故たのしい?」
日時:5月9日(木)渋谷 リビングルームカフェ&ダイニング
open 18:30 start 19:30
料金:全席指定 ¥6,500(税込、飲食代別途)
出演:LUNASUN(近田春夫+DJ OMB) ゲスト:クリス・ペプラー

■近田春夫 トークライブ
『渋谷に結集せよ!! ビブラストーン ファン集会』
日時:6月17日(月)LOFT9 Shibuya
OPEN 18:30 / START 19:30

オフィシャルサイト

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む