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韓国文学の次は韓国ウェブ小説? 『俺だけレベルアップな件』『アデライド』日本上陸の背景

リアルサウンド

20/5/7(木) 16:36

 『82年生まれ、キム・ジヨン』以来、韓国文学がブームになり、ポン・ジュノ監督の『パラサイト』がアカデミー賞作品賞を受賞したことで韓国映画が何度目かの脚光を浴びている。その前からK-POP、そのさらに前から韓流ドラマは日本でも広く受容されてきたが、ウェブ小説は韓国で大きな盛り上がりを見せていたにもかかわらず、日本になかなか入ってこなかった。

参考:東方神起、BIGBANG、BTS……K-POPの源流は1960年代に 小説『ギター・ブギー・シャッフル』が描く、韓国音楽シーンの誕生

 ところが2020年3月から「ピッコマ」で、韓国のD&C MEDIA(ディエンシメディア)が版権を管理するChugong『俺だけレベルアップな件』とChae Habin『アデライド』の日本語版が読めるようになった。おそらく韓国ウェブ小説が本格的にスマホアプリで翻訳配信されたのは初めてのことだろう(紙ではイ・ヨンド『ドラゴンラージャ』などが2000年代に翻訳出版されたことがある)。

 というわけで今回は韓国ウェブ小説について少し紹介していきたい。

■驚くほど巨大な韓国ウェブ小説の市場規模

 「韓国のウェブ小説なんか読んだことない」という人でも、韓流ドラマを観たり、LINEマンガやピッコマなどで韓国ウェブトゥーン(フルカラー縦スクロールマンガ)を読んでいる人なら原作がウェブ小説だと知らずに触れていることは少なくないだろう。

 たとえばドラマ化された『キム秘書はなぜそうか』(ウェブトゥーン版は『もう秘書はやめます』というタイトルでcomicoやピッコマで日本でも配信されている)や『雲が描いた月明かり』、古いところでは『私の名前はキム・サムスン』などがそうだ。ウェブトゥーンなら「ピッコマ」で読める人気ファンタジー作品『月光彫刻』の原作などがウェブ小説である(韓国ではゲームもつくられた)。

 驚くべきはその市場規模である。韓国コンテンツ振興院によると、2014年に200億ウォン規模にとどまっていた韓国ウェブ小説市場は、2018年には4300億ウォンを突破し(10ウォンでおおよそ1円だから430億円)、まだ拡大を続けている。さらに2016年には、20万人以上いるとされるウェブ小説作家の8.2%(つまり16000人以上)が年間1億ウォン以上の収入を上げているという推計もなされている( KOCCA JAPAN BUSINESS CENTER「KCBニュース」「vol.18」,2019.10.18による)。

 日本のウェブ小説市場の統計はない(そもそも作品をウェブ上で有料で販売しているサイト、アプリがまだまだ少ない)が、たとえば文庫本のライトノベルの推定販売金額は2018年で166億円(『出版年報2019年版』出版科学研究所)。ウェブ小説書籍化の主戦場は文庫ではなく単行本だとはいえ、文庫のラノベと足しても430億円はないのではないか。日本の小説市場全体の統計もないものの、年間の出版点数などから逆算するとおそらく多くて1500億円くらいだろうと推計される。そのうち3分の1弱もウェブ小説が占めているかといえば、ひょっとするとあるかもしれないが、逆に言えばそれくらいがMAXだろう。

 そもそも韓国のGDPは1.619兆ドル、日本は4.971兆ドル (ともに2018年)と1:3くらいであり、人口は日本の1億2650万人に対して韓国5170万人と40%くらいであることを考えると、韓国ウェブ小説市場の相対的な大きさが実感できるはずだ。GDP比で見ても人口比で見ても、日本とは比べものにならないくらいでかい。

 成長の理由は2014年にカカオページが「待てば無料」というビジネスモデルを確立してウェブ小説市場を活性化したことがまず挙げられる。これが本国カカオから日本法人のカカオジャパンに持ち込まれてピッコマが「待てば無料」モデルを日本でも始め、無数の模倣を生んで日本にもこの手法がマンガアプリ界では一般化した――ものの、日本のウェブ小説サービスでは追随者はほとんど見当たらないのが現状だ。

 これにくわえて、ウェブ小説を原作にウェブトゥーン化、映像化、ゲーム化といったIP展開や、それらの海外輸出によって得た収益をさらに新人発掘・育成に投資するというサイクルが確立されたことがあるだろう。

■D&C MEDIAは人気タイトルを多数抱えている

 ではD&C MEDIAはどんな会社なのか? 2019年の売上高は421億ウォン、営業利益79億ウォンと過去最高を更新。ちなみに日本のウェブ小説企業の雄であるアルファポリスの2019年3月期連結決算によると売上高49億7700万円、営業利益13億5800万円と比較的近い規模である(なお、エブリスタや「小説家になろう」運営のヒナプロジェクトの売上高はアルファよりはるかに小さい)。

 D&Cは日本でも翻訳配信されている『異世界の皇妃』『皇帝の一人娘』『捨てられた皇妃』などのウェブトゥーン、ウェブ小説のヒット作品を有する企業であり、ウェブ小説ベースの傘下のレーベル「ノーブルコミックス」が売上の伸長を牽引。韓国に留まらず、中国、日本、北米、東南アジア4カ国とフランスで22のウェブトゥーンを翻訳配信しており、2020年にはヨーロッパや南米などの新規地域への進出を予定(Weboon Insight「D&Cメディア、2019年の売上高は過去最大の実績更新…売上421億ウォン、営業利益79億ウォンを達成」を参照)。たとえば『皇帝の一人娘』は2018年までに中国で累計37億ビューを記録し、日本のcomicoとピッコマでそれぞれランキング1位になるなど、国際的な人気を獲得している。

 マンガと比べて小説は翻訳しなければならない文字数が多いため、翻訳コストがかさむ。それでも『俺だけレベルアップな件』と『アデライド』の原作小説の日本語版を(ちなみに両作ともに以前からウェブトゥーン版は翻訳配信されていた)配信することに決めたのは、ウェブトゥーン作品の日本市場での成功を受けてのことだろう。ほかにも韓国文学やドラマが日本では当たり前の存在になっているのにウェブ小説だけ広まらない理由はない、と考えてもなんら不思議ではない。

 『俺だけレベルアップな件』は貧弱だった主人公がある出来事をきっかけに最強クラスの能力を手に入れたハンターとなる物語、『アデライド』は女性向けの異世界転生ものであり、日本のウェブ小説でうけている作品と近いテイストのものだ。「人気作品だから」と適当に放ってきたわけではなく、日本で好まれるウェブ小説の傾向をリサーチしてまずこの2作を選んできたという印象を受ける。

■日本のラノベ/ウェブ小説は韓国で売れなくなってきている

 一方、逆はどうかと言うと、日本のラノベやウェブ小説は一部を除いて韓国では売れなくなってきており、従来以上にコア層が読むものになってきている。中高生をはじめとする若い世代は「待てば無料」のカカオページ、あるいは「小説家になろう」同様の完全無料の小説サイトjoara、munpiaなどで読める国産ウェブ小説に流れているからだ。

 日本のラノベの多くは翻訳されていても当然有料、それも「待てば無料」式の話売りではなく巻売り(1冊単位での販売)でしか読めないことが多い。しかも、以前より売れなくなったことで定価が上がり、割高な印象を与えており、ますます新規読者を遠ざけている。と言っても別にここで日韓対立を煽りたいわけではないし、優劣を言いたいわけでもない。ただ事実を紹介したまでだ。

 一読者としては韓国ウェブ小説を、ウェブトゥーンや映像を経由せずに原作自体をもっといろいろ読みたいし、多くの人に読んでみてもらいたい。たとえ短期的には成果が出ずともD&C MEDIAには成功するまで投資を継続してほしいし、他社も含めて後続が生まれやすい環境をつくってもらいたいと願っている。(飯田一史)

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