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「ジョーカーは“混乱”や“無秩序”を体現」 騒ぎ続くアメリカでJ・フェニックスや監督らが心中明かす

リアルサウンド

19/10/10(木) 8:00

 今年のベネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得した話題作『ジョーカー』がニューヨーク映画祭で上映され、同作について主演ホアキン・フェニックス、トッド・フィリップス監督、製作者エマ・ティリンジャー・コスコフ、衣装デザイン、マーク・ブリッジス、撮影監督ローレンス・シャーらが、ニューヨークのリンカーン・センターにあるアリス・タリー・ホールで、その想いを語った。

 体の弱い母親と2人で細々と暮らしていたコメディアンを夢みる心優しい男アーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は、大道芸人をしながら日銭を稼いでいたが、ある日、行政の支援を打ち切られる。彼は精神疾患を患っており、社会から疎外され、狂気の怪物、ジョーカーへと変貌を遂げていく。

 公開前から、内容の過激さが人々に与える影響を不安視する声があがり、2012年には『ダークナイト・ライジング』の上映中に銃乱射事件があったことで、『ジョーカー』のニューヨーク映画祭での上映の際にも、警察が劇場の周りで警備していた。そんな過剰なまでの反応についてトッド監督は「今作はかなり複雑な映画だ。まさか、これほどまでに世界レベルで反応してくれるとは、正直想像さえできなかった。この映画が、人々の会話に拍車をかけたり、議論を呼んだりすることは興味深いし、良いことだ。僕自身は、映画製作は(アーティストの)発言手段だと思っているから、それ自体を語り合うことは良いが、映画を鑑賞した方が、さらにその会話の役に立つだろう」と明かし、公開前に行われたこのQ&Aで、未だ鑑賞していない一般の客が、今作を批判していることに関して一石を投じた。

 ホアキンは、撮影に臨む前にあることを行ったそうだ。「実は、母親と姉妹に脚本を見せたんだ。家族で読んで、その内容について多くを語り合った。その中には、(ジョーカーを描く上で)簡単な答えはなく、問題提起するような質問が沢山あった。だからこそ、僕らは映画の内容について考えさせられた。僕自身は、ある程度このような反応を受けることは事前に予測できていた。ただ脚本は、素晴らしい内容とキャラクターで、僕が否定する理由はなかった。だが、僕が映画に出演するときは、何らかの過程が必要なんだ」と答えた通り、過去にホアキンは、マーベルのハルク役やドクター・ストレンジ役をオファーされたが断っている。

 若い頃に、アイヴァン・ライトマンやジョン・ランディスなどのコメディ作品を観て育ち、それらに製作意欲を掻き立てられたと語るトッド監督。これまで、映画『ハングオーバー!』シリーズなど、コメディをメインに手がけてきたが、20代の時に出会った作品に影響を受けたそうだ。「シドニー・ルメット監督の『狼たちの午後』、『ネットワーク』、マーティン・スコセッシ監督の『キング・オブ・コメディ』、『タクシー ドライバー』、ミロシュ・フォアマン監督の『カッコーの巣の上で』などが、僕の人生を変えてくれたんだ」。そんなトッド監督が新作に選んだのが、これらの映画を反映させた80年代のゴッサムシティを舞台にした『ジョーカー』だ。

 今作でトッド監督は、これまで描かれた「ジョーカー」のストーリーとキャラクターを基盤にしながらも、新たな進路に向かって舵を取った。「ここ15~20年間、映画界を支配してきた漫画の一つのキャラクターを通して、それだけを深く研究してみたらどうか? と思ったのが始まりだった。そして、僕にとって最も理にかなっていたキャラクターが、ジョーカーだった。なぜならジョーカーこそが、僕が惹かれる2つの要素、“混乱”や“無秩序”を体現してきたからだ」。そこからトッド監督は、共同脚本家スコット・シルヴァーと共に、できる限りリアルな目線で、ジョーカーを書き上げていったそうだ。

 80年代のゴッサムシティを描く上で意識したことについて、プロダクション・デザインのマーク・フリードバーグはこう話した。「この80年代のゴッサムシティこそが、アーサーの兆候や表現を強制的に生み出し、あのような行動を取らせている。僕らは彼の感情と街の不協和音による相乗効果を狙っていたんだ。アーサーのトラウマや失敗が、家の壁やストリートにいる人々にも表現されていて、それがアーサーの背景、あるいは前景としてある」。

 また、撮影監督のローレンス・シャーは、ゴッサムシティの外観を捉える上でどのようなアプローチをしたのか。「僕とトッド監督は、当時(80年代のニューヨーク)の様々な参考文献を調べた。人類学的なアプローチで街を調査したり、ニューヨークやニュージャージーの外観を調べたこともあった。歴史的な参考資料を使いながらも、映画『狼たちの午後』や『ネットワーク』の雰囲気や概念なども反映されていて、決してそれらの映画の映像や感覚に似せたものではないんだ」。

 80年代のゴッサムシティを作り出す上で重要だったのは、製作者エマ・ティリンジャー・コスコフの参加だった。トッド監督は「エマは、マーティン・スコセッシ監督の映画『アイリッシュマン』も製作していて、ある意味、彼女にはギャングスターみたいな要素がある。彼女は(これまでの仕事で)撮影に協力してくれるMTA(ニューヨークの公共輸送を運営している会社)や警官など、様々な人々と関係を築いている。彼女はスコセッシ監督とも仕事をしていて、僕はAクラスのニューヨークのクルーと仕事できたんだ」と感謝した。ちなみに、撮影はサウス・ブロンクス、ウェストサイド・ハイウェイ、チャイナタウンなどで行われ、映画内で描かれるゴッサムスクエアは、ニューアーク(ニュージャージー州の都市)で撮影された。

 過去のジョーカーというキャラクターに回帰してみると、まず特徴的なのはその笑い声だ。そこで、トッド監督は、彼がなぜあのように笑うようになったのか、追求したという。「原作では工場の化学薬品の溶液に落ちて彼は真っ白な皮膚と緑の髪になったわけだけど、現実の世界では、それは起きないと思った。それならば、大道芸人ではどうかな? と考えた。その時から、僕らが知るジョーカーを、できる限りリアルな目線で描くことが全てになった。脚本執筆中は、(ジョーカーというキャラクターを)逆行分析している感じで楽しめたよ。ジョーカーに笑いの苦しみを与えるべきか、どのような大道芸人にすべきかなど、いろいろな情報を植え付けていく中で、最終的に子供の頃のトラウマ、愛の欠乏、街がもたらす喪失感などが、このジョーカーというキャラクターを構築する大きなきっかけになっていった」と、ジョーカーを一から作り上げていく過程を説明した。

 これまでとは異なるジョーカーを演じる上で、ホアキンはどのような会話をトッド監督と事前にしていたのか。「実は脚本を読む前に、トッド監督が僕に笑いの発作を起こしている人々のビデオ映像を見せてくれた。ジョーカーと言えば、その笑いこそが象徴的で、誰もがその笑いについては想像ができていると思うんだ」と語ったホアキン。そのアプローチ方法は功を奏したようで、「スマートなアプローチだと思ったよ。このビデオが、後の僕の役作りに役立ったんだ。それから、共同脚本家スコット・シルヴァーと共にニューヨークを訪れたことも、役作りの上で、大きな部分を占めることになった」とも明かした。

 トッド監督が今作を手がける上で最も困難だったのは、喜劇と悲劇の境界線だったそうだ。「オープニングでは、アーサーが鏡の前で笑ったりしかめっ面をしながら登場するが、観客はアーサーを見て、彼が自身のアイデンティティを探していることに気づかされる。そしてさらに物語が進むにつれ、アーサーが父親のような存在を探していることにも気づかされる。TVの司会を務めるロバート・デ・ニーロ演じるマーレイ・フランクリンだったり、母親と関係のあったトーマス・ウェインだったり。それらの出来事が観客に伝えていくのが、喜劇と喜劇の境界線なんだ。僕は人生の大部分でコメディを手がけてきて、素晴らしいコメディアンとも働いてきたが、僕のこれまでの映画では、喜劇と悲劇の境界線ははっきりしていた。だが、今作のアーサーとジョーカーには、喜劇と悲劇が共存しているんだ」。

 ロバート・デ・ニーロのスケジュールの都合で、撮影は物語の順序通りにできなかったそうだが、逆にそれが良かったと語るホアキンは「順序バラバラで撮影していたが、ジョーカーを撮影途中で演じていたからこそ、新たな解釈でアーサーを演じられていたと思うんだ」と答えた。最後にトッド監督は、今作の暴力行為などが、世間から批判を受けていることに関して「観客に暴力のリアルを感じさせ、その重みを感じさせることの方が、僕自身は責任を持って描いていると思っている」と強い眼差しで語った。(取材・文=細木信宏/Nobuhiro Hosoki)

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