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『課長バカ一代』はツボに入ったら抜け出せない! 登場人物“全員バカ”の快作

リアルサウンド

20/6/30(火) 17:00

 野中英次の同名漫画を実写化したドラマ『課長バカ一代』をご存知だろうか。BS12 トゥエルビにて2020年1月12日から3月22日まで放送された本作は、7月8日にパッケージ化される。メインビジュアルだけを見れば、真剣な眼差しの尾上松也、威厳たっぷりの市川左團次、そして、ビシッとスーツに身を包んだその他のキャストたち(謎のロボットもいるのだが……)がいるだけに“企業もの”ドラマだと感じるかもしれない。しかし、びっくりするぐらい“バカバカしい”コメディ作だ。尾上の恐ろしいほど振り切った変顔場面写真を見れば、それが十分伝わるだろう。

 筆者も何気なく第1話を観始めたのだが、思わずツボに入ってしまい観始めたら止まらなくなってしまった。現在は第1話が無料配信中なので、気になった方は騙されたと思って目を通してみてほしい。

参考:尾上松也『課長バカ一代』DVD発売に先駆け第1話無料公開 「こんな状況だからこそ観て欲しい!」

●“ながら見”に最適なギャグの連発

 物語は業界2位の大手家電メーカー・松芝電機株式会社に務める八神和彦(尾上松也)が、係長から商品開発部企画課“課長補佐代理心得”というよくわからない肩書の役職に昇進するところから始まる。八神はオフィスで新しい席に座るが、そこは部長の席で机は今までと同じ。椅子をみた八神は「課長の椅子を用意する」と言ったのに、普通の貧弱な椅子だったことに腹を立て、その場で椅子を破壊するのだ。そして、椅子の背もたれが壊れたと言って「経費でいいもの買ってきます」といって椅子を買いに行こうとするのだが「仕事がたまってるんだから」と止められて、折りたたみの椅子を渡される。

 このあたりで視聴者は「ははーん。さてはこいつ、“バカ”だな」とわかってくる。物語は23分弱の中に複数のエピソードが盛り込まれているショートショートで、八神の行動に周囲がツッコミを入れる形で進んでいくのだが、八神と同じくらい社長や部下もバカで、クールで、真面目なツッコミ役にみえる女子社員の小泉梨花子(永尾まりや)もどこかズレており、シリアスなトーンを保持しながらも、どんどんあさっての方向に話が進んでいく。

 そもそも、この企画開発部で開発される高機能洗濯機の名前が「洗えん坊将軍」である。この名前(下に初号機と書いてあるのがまた最高だ)を聞いた時に、ネーミングセンスのあまりの酷さ(褒めてます)に大爆笑してしまった。

 何が面白いの? と言われたら「だって“洗えん坊将軍”だよ」としか言いようがないのが笑いを説明することの難しさなのだが、こういう豪速球じゃないが、一度ツボに入ったらたまらないくだらないギャグが、次から次へと繰り出されるので、一度ハマるとやみつきになる。

 つまり、いい意味でゆるいドラマであり、スマホを離せない現代人にとっては、“ながら見”に最適なドラマなのだ。

●男のしょうもなさを笑いに

 原作者の野中英次は『魁!!クロマティ高校』(講談社)などで知られる漫画家だが、彼の作風は一言でいうとシリアスでくだらない笑い。池上遼一が描くような劇画テイストのカッコいい強面のキャラクターたちが、シリアスなトーンでめちゃくちゃくだらないことを延々と繰り広げるという、絵柄と物語の落差で笑わせるギャグ漫画だ。

 この『課長バカ一代』も、会社を舞台に同じことを展開している。パロディのネタ元は連載当時に流行っていた『課長 島耕作』(講談社)等の会社漫画で、学園漫画の不良や会社漫画のサラリーマンが展開するシリアスな物語の楽屋裏を見せられているような面白さが野中の作品にはあるのだが、実写ドラマ化をする際に、池上遼一の劇画タッチの絵柄や島耕作的な会社漫画のテイストを、TBSの日曜劇場で放送されている企業ドラマの雰囲気に置き換えてパロディ化しているのが、本作のドラマならではの面白さだ。

 2000年代は松本清張や山崎豊子原作の昭和の名作小説をドラマ化することで(かつて昭和の熱血サラリーマンだった)中年男性層から絶大な支持を得ていた日曜劇場だが、2010年代に入って積極的に原作として採用しているのが池井戸潤の企業小説だ。2013年に手掛けた、メガバンクを舞台にした『半沢直樹』の大ヒット以降、『ルーズヴェルトゲーム』『下町ロケット』『陸王』といった池井戸潤小説を続々とドラマ化しており、今や日曜劇場=池井戸潤といっても過言ではないだろう。

 バブル崩壊以降の平成不況を背景に、銀行や大企業に食い物にされる下町の町工場や中小企業が、唯一の武器である職人技術を駆使して世界に通用する新技術を開発し大逆転をする様を描いた一連の作品は、平成~令和を生きる中年男性にとってのバイブルとして、絶大な支持を受けている。ちなみに本作の主演を務める尾上も、7月19日よりスタートする日曜劇場『半沢直樹』シーズン2に出演する。

 『課長バカ一代』は、そんな池井戸潤作品のパロディのような作りとなっており、『半沢直樹』の名台詞「倍返しだ!」も、すごくくだらない場面で、さらっと登場するのだが、何よりコアの部分が、会社ドラマを舞台にした男同士の愛憎劇にある(あくまでコメディなので、愛憎劇といっても“こどものケンカ”レベルの小競り合いなのだが)。働く男のぶつかり合いをてらいなく真正面から描くことこそ、日曜劇場の突き抜けた魅力なのだが、ふと立ち止まって「何でこいつらケンカしてるんだ?」「普段は何しているんだ?」といった、引いたツッコミ目線を持ち込むことで、男のしょうもなさを笑いに変えているのが、この『課長バカ一代』なのだ(『課長バカ一代』を観た後に『半沢直樹』を観れば楽しさも倍増かもしれない)。

●日曜劇場的な熱い方向も?

 そのツッコミ目線がもっとも強く現れているのが、当初は八神に敵対意識を燃やしていた部下の前田仁(木村了)の存在だ。いつの間にか八神を尊敬するようになった(もちろんこれは、あきらかに勘違いなのだが)前田は、八神としりとりや山手線ゲームをやるようになっていき、真面目だがどこか抜けている憎めないキャラへと変わっていく。

 八神が中学生の頃からのライバルで今は業界最大手の東下電機に入社した剣崎宗一(小林且弥)と再会する場面も印象的だ。二番手の松芝に入ったことをコンプレックスに持つ八神は同じ課長となった剣崎に課長補佐代理心得だとバレることを恥ずかしがり、名刺交換を持ちかけられると「トイレに行く」といって、その場をダッシュで立ち去る。

 そして、某「超スピード印刷店」に向かい、課長と書かれた偽の名刺(イラストが横に描いてあり超かわいい)を作って、剣崎と名刺交換をしようとする。

 その後、意外な展開があるのだが、このシーンは、くだらなくて笑えると同時に、日曜劇場のドラマで展開される男同士の愛憎劇の背後に見え隠れする見栄の張り合いと会社組織に翻弄される男たちの悲哀が描かれており、中年サラリーマンの男らしい振る舞いの奥底にある、愚かでかわいらしい一面をあぶり出しているといえよう。

 そんな、男らしさをいじりたおしたコメディドラマに見える本作だが、中盤以降の展開は、わりとシリアスな日曜劇場的な熱い方向へと向かっていく。まず、オープニングとエンディングに登場していた誰もが気になる“あのロボット”の正体が第5話以降明らかになっていく

 彼(?)は、松芝が極秘に開発しようとしていたAI搭載のロボット「松芝一号」。最初は、100メートルを19秒フラットで走り、5キロまでの荷物を運べるという、役に立つのか立たないのかわからない微妙な性能を持ったロボットだったが、その後、焼き肉ロボAIR(空気を読んで対応できるという意味)に生まれ変わり、様々などうでもいい機能が追加されていく。

 この松芝一号のくだりがいちいちくだらなくて、このドラマのバカバカしさを象徴するポンコツロボットなのだが、話が進むにつれて、松芝が業務提携をする予定だった外資企業の敵対的買収を仕掛けられ、八神たち商品開発部が集団左遷に追いこまれる中、凍結中だったAIロボット開発プロジェクトが起死回生の切り札となるのだ。

 この、リストラの危機から新技術による一発逆転こそ、『下町ロケット』を筆頭とする日曜劇場の王道展開である。無論、登場人物が全員バカの本作が、日曜劇場のよう綺麗にまとまるわけはないのだが、その結末も含めて是非最後まで観てほしい。

 働く男(のバカバカしさ)を描いた傑作ギャグドラマである。(成馬零一)

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