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遠山正道×鈴木芳雄「今日もアートの話をしよう」

Tom Sachs: Retail Experience(トム・サックス:店舗体験)

月2回連載

第50回

20/10/23(金)

鈴木 今回は、伊勢丹新宿店で開催中の現代アーティスト トム・サックスの展覧会『Tom Sachs: Retail Experience(トム・サックス:店舗体験)』(伊勢丹新宿店本館2階のイセタン ザ・スペースにて、11月30日まで)を紹介したいと思います。

遠山 トム・サックスといえば、我々も大好きな作家であり、交流も少しながらある作家です。

鈴木 特に遠山くんは、2019年に東京オペラシティ アートギャラリーで開催されたトムの個展「ティーセレモニー」のイベントにもゲスト参加してトムにお茶を点ててもらったし、作品も持ってますもんね。そして今回も購入されましたが、ちょっとこの話はまたあとにして、まずは展覧会について。

遠山 今回はなんと百貨店での展覧会なんですよね。アート、家具、プロダクトが一堂に展示されて、それらをすべて購入できるという、トムにとっても初の試み。

鈴木 トムは2016年に、ソーホーにスタジオの入り口に《ボデガ245》と名付けた「キオスク」を設置して、そこで実際にコーヒーやタバコ、ガムなんかを販売し、トム独自のパスポートを発行したりしてた。だからお買い物をする場所というのは前にも作ったことがあるけど、百貨店ははじめてですね。今回はコロナがあって来日できなかったことをものすごく残念がっているそうなんだけど、店舗空間はトムのシグネチャーでもあるプライウッド(合板)とビスを使用。トム本人がデザインをやったんですって。まるでトムのスタジオにいるような設え。

遠山 会場自体がすべてトムの作品っていうことだ。でも、よく伊勢丹がやりましたよね。

鈴木 そこも今回の面白さだと思うんですよね。日常生活に現代アートを取り入れる、ということを提案していきたいと思っていた伊勢丹新宿店が、トムにコンタクトをとって実現したそうです。

遠山 まさしく「店舗体験」というタイトルの通り、展覧会と銘打ちながらも、商品販売がメインです。今回の目玉は我々も座らせてもらった椅子。

photo/ Yoshio Suzuki
photo/ Yoshio Suzuki

鈴木 これまでもトムはNASAのロゴ入りパイプ椅子を作ってきましたが、今回、《ショップ・ラウンジ・チェア》というイームズチェア〈LCW〉のトム・バージョンを世界初お披露目しました。

遠山 一見硬そうで、座りづらそうに見えるかもしれないけど、背もたれが身体に合わせて動くようになってるから、フィット感がかなりあって、座り心地抜群でした。

鈴木 そのほかにも、Tシャツやファニーパック、トムが敬愛するイサム・ノグチの《AKARI》にオマージュを捧げた照明作品、CASIOの時計を使った懐中時計のような時計、アメリカのダイム硬貨を用いたペーパーウェイト、チェスセットなんかが販売されています。

鈴木 今回久々に作品を目の前にして、やっぱりトムの作品って高度だなって思いました。例えば星条旗をモチーフにしたこの作品。たとえばストライプ部分の板の置き方は一段一段、向きを横と縦に直角にかえているとか考えて作られて、実際によく見てみると、表面の毛羽立ち方とかも違ってるのがわかったり。

鈴木 あと、この伊勢丹のマークも象嵌(ぞうがん、器などの表面を彫り、その彫った部分に色のちがう粘土を嵌めこんで模様をつけること)みたいにしてたりするんだけど、そのうまさとかもさすがだなって。木ネジ1本1本の選び方、位置とかに細かくルールがあるみたい。

遠山 それに下書きみたいな文字が残ってるのもいいですよね。遊び心があるっていうか。

鈴木 トムって永遠の工作少年だと僕は思ってるんです。それが特に男子ゴコロにはググッと響くというか、工作にのめり込んでた自分の幼少期を刺激してくるんですよね。

鈴木 そして遠山くんが今回購入したのが、こちらのコピタセット「Copita Set」。

遠山 メスカルやテキーラを飲むお猪口みたいな容器ですね。これは何セットかあったんだけど、すべてアポロ号の乗組員など宇宙飛行士の名前が付けられているらしいっていうことを芳雄さんが見つけてくれて。

鈴木 遠山くんは1970年4月に打ち上げられたアポロ13号の乗組員ラヴェル、スワイガート、ヘイズの名前を冠したセットを購入。アポロ計画と言ったら、どうしても人類初の月面着陸を成し遂げた11号の印象が強いかもしれないけど、13号は打ち上げられて2日後に事故により、酸素タンクが爆発。電力と水不足という深刻な状況に陥りながらも、その危機的状況を脱し、全員が無事に地球へ帰還。トム・ハンクス主演で映画にもなりました。ちなみに生還を支えたと言われるのが、オメガのクロノグラフの傑作と言われている「スピードマスター」。この時計のおかげで時間を計算し、地球に帰還できたんだとか。またこの一件は「成功した失敗“successful failure”」とか、「栄光ある失敗」って言われています。

遠山 この逸話とか、そういうふうに称えられたのもいいなって思ったんですが、形もすごい気に入ったんですよね。ほかの作品に比べたら、三者三様、かなりそれぞれの表情が違っていたんですよね。それがいいなって。

鈴木 今回久々にトムの個展を見て、遠山くんどうでしたか?

遠山 やっぱり作品もいいけど、見せ方とかも何もかもうまくて、目指したいなって思った。

鈴木 それは仕事の中で?

遠山 仕事とかやり口というか、彼はアート側からビジネスを飄々と取り込んでるけど、私は逆にビジネス側からアートを取り込んでる。そういう境界を簡単にトムは超えてくるし、不自然じゃないっていうのかな。そういうところに憧れを感じますね。自分もそうありたいっていうか。

鈴木 そういうアート側からビジネスを取り込んで成功しているアーティストって、時々いるよね。

遠山 アンディ・ウォーホルとかもそうかなって思うんだけど、アートっていろんな文脈とつながりやすいと思ってて。もちろんビジネスもだけど、ファッションとか、文学とか建築とかだってアートとはいま切っても切り離せないところがあると思うんです。領域が広いっていうのかな、わりとおいしい分野と共存して、いい形で成立させちゃうのがアート。それがトムはやっぱりうまい。

鈴木 それにトム自身もだけど、作品がブレないよね。プライウッドを使う統一感とか、ネジも何十本といろんな規格があるけど、どこにどれをどう使うのか彼自身が管理し、約束事をたくさん自分に課し、それに則って作品制作をしてる。そこからは一貫性と美学がはっきり見えてきます。

遠山 彼が興味を持ち、作品にまで昇華させた「茶道」とかに通じる、彼自身の「道(どう)」があるんじゃないかなって。

鈴木 アート道。それはものすごくあると思う。やっぱり約束事とかをしっかり守って、順序立ててやるという面では、「道」ですよね。そりゃ茶道にグッときただろうなっていうのがよくわかる。

遠山 でもコピタや茶碗にしても、決められたレギュレーションの中で、いかに少しずつ表情を変えていくかって楽しみも持ってやってるのが伝わってきますよね。

鈴木 そう、約束事はあるにしても、四角四面で同じには絶対ならない。だから購入する人も選ぶ楽しさがあるんですよね。そこは工業製品を買う喜びとはまたちょっと違う。もちろん今回のイームズチェアはある意味量産品だから同じだけど、ハンドメイド作品はそれぞれキャラが立ってる。

遠山 でもトムって昔の作品からして、ビジネスをちょっと皮肉っていうというか、うまく取り込んでますよね。

Installation view from “McDonald’s” at Tomio Koyama Gallery, Tokyo, 2005
©Tom Sachs, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

鈴木 アートと消費というのは、ある意味トムの作品コンセプトだと思いますね。例えば初期作品には、エルメスやプラダ、ティファニーにシャネルの包装紙なんかを使って、マクドナルドのセットを再現した作品がありますし、2005年には小山登美夫ギャラリーで『McDonald’s』という、マクドナルドのブースなどを展示した個展も開催されてる。これらは、購買して消費することをテーマにしていています。ハイブランドもローブラントも同じなんですよね、どちらも購買されて消費されて、捨てられていくわけです。あと、オペラシティも大盛況だったけど、アートに関心がない人もたくさん来てた。それはナイキとコラボしたシューズとか、ビームスでの椅子の販売とか、通常のアートとはまたちょっと違った場所で見た人が、トム・サックスって人面白いねって見に来たんです。

遠山 それで見に来てみたら、「え。これがアート」「かっこいいじゃん」って思って、現代アートにハマった人もいるでしょうね。

鈴木 そう、だからアートってこんなに柔軟で、さっき遠山くんが言ったみたいに、ファッションとかとコラボしながら、領域横断してかっこいいのが作れるんだ、面白いしお茶目じゃんって感じて、いままで現代アートに触れてこなかった人が入ってくる入口にもなったと思うんだよね。ナイキやビームスといった、消費されるところから関心を持った人を呼び込んだ。それって新しい側面をアートにもたらしてくれたと思います。

photo/ Yoshio Suzuki

遠山 そういうアートへの一種の貢献というのかな、トムから入ってアートに興味を持った人って確かに多いと思います。実際に伊勢丹にもかなり若い人が来ているみたいだけど、Tシャツとかすごい売れているって。作品はやっぱり高いからなかなか手が出せないけど、トムはいわゆる作品だけじゃなくて、買いやすいTシャツや日用品にもアートの価値を持たせつつ、敷居を下げている感じもあって。だからこそ現代アートをもっと身近なものにしてくれたっていう側面もありますよね。これはただ展覧会グッズが売れるっていうのともまた違う気がするな。

鈴木 そうそう、違うね。普通はこのアーティストのグッズだからほしい! とか、展覧会の記念に買うってことが多いけど、トムの場合は、もちろんトムのだからほしいっていう人以外に、このグッズを作った人の作品を見たいっていう逆の流れがあって、現代アーティストの中でも、そういう流れを一番うまく使っているなって改めて思わされましたね。

遠山 興味の持たせ方が本当にうまい。でもやっぱり、伊勢丹という場所でやったのも面白いですよね。

photo/ Yoshio Suzuki

鈴木 まさしく消費されていく場所ですからね。そこで小売され、商品をお買い物するっていうのが最高。しかもトムが伊勢丹をジャックしたかのように、会場はもちろん一階の中央通路やウィンドウ・ディスプレイと、店舗のいたるところで作品が見られるようになっているし。

遠山 ウィンドウ・ディスプレイはものすごい広告。いったいこれは何? アート? 商品? って多くの人が絶対に目を止めて、また新しいファンを生み出すと思う。

鈴木 でもトムは消費者に媚びてないんですよね。買ってほしいから作品を作ったり、目にとまるようなものを作っているわけじゃない。いかにも自分が欲しい物を作っている感じ。でもたくさんの人が買いたくなるものが出来上がる。そのさじ加減というか、いまの人たちとのフィット感がすごい。

遠山 ある意味時代のアイコンでもあるのかなって思いました。そして新しいアートのあり方を提示してくれた人。あと、トムは自分の作りたいものを自由に作ってると思うけど、確かにそれがこちらに響いてくるっていうのかな、買いたいって思わせられるんですよね。

鈴木 だから遠山くんは今回もお買い求めになった(笑)。

遠山 そうそう。芳雄さんもTシャツ買いましたよね、私もだけど(笑)。

鈴木 うん、最初は展覧会を鑑賞するために会場に入ったはずなのに、いつの間にか購入者になってて(笑)。買わなきゃって思わされるというか、そんな体験なかなかない。

遠山 気付いたら買っちゃってるっていうか、やっぱりほしくなるんだよなあ。それにやっぱり現代アートだけに閉じてないっていうかな、そこが魅力だからこそほしくなるのかも。

鈴木 アートも消費もビジネスも、すべてを行き来してる。まさしく遠山くんが憧れるところですよね。あとやっぱり僕は、トムの永遠の工作少年的なところに魅力を感じますね。

遠山 そういう意味では、今回は百貨店だったけど、もっといろんなところでこういう企画をトムにやってほしい。例えばホームセンターとか、こんな場所で!? っていうようなところで。

鈴木 工作少年にとったら、ホームセンターって夢のような場所。それすごく面白いかも。

遠山 そういう展示の場所の可能性も広めてくれる人でもありますね。

鈴木 今後トムがどんな作品を作って、さらには我々の購買意欲を掻き立ててくれるのか、楽しみですね。遠山くんまた次も買っちゃうかな。

遠山 買うかもしれない(笑)。

構成・文:糸瀬ふみ


プロフィール

遠山正道 

1962年東京都生まれ。株式会社スマイルズ代表取締役社長。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、ネクタイ専門店「giraffe」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」、コンテンポラリーフード&リカー「PAVILION」などを展開。近著に『成功することを決めた』(新潮文庫)、『やりたいことをやるビジネスモデル-PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)がある。


鈴木芳雄 

編集者/美術ジャーナリスト。雑誌ブルータス元・副編集長。明治学院大学非常勤講師。愛知県立芸術大学非常勤講師。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』など。『ブルータス』『婦人画報』ほかの雑誌やいくつかのウェブマガジンに寄稿。

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