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いきものがかり水野良樹の うた/ことばラボ

w/Kan Sano 後篇

隔週連載

第34回

お互いのコンプレックスを明らかにするところから始まった対話は、その創作の底流に相通じ合っているところがあることを確認するに至る。それは、ふたりに共通する理想の音楽の姿を確認することにもなった。

Kan Sano 最近Twitter文化というか、短くてわかりやすい言葉が好まれる傾向があると思っていて、それは歌詞にもちょっと影響しているのかなという気がしているんです。僕自身もツイートするときに、本当はちゃんと説明したいから10行くらい使って言いたいんですけど、そうするとみんなはあまりちゃんと読んでないなということを感じるんですよね。

水野 わかります。

Kan Sano だから、とりあえず1行でパッと出してしまうということがあって、そこにはおもしろさもあると思うんですけど、いつまで経ってもディテールに進めなかったり、それこそ雑味みたいなものを含みづらくなるという一面がすごくあると思うんです。だから、ちょっと危惧しているところもあるんですけど、水野さんはどう思われますか。

水野 意味が理解できるスピード感をすごく求められているなという感じはしますね。今、SNSでの誹謗中傷ということがすごく議論になってますけど、例えば「死ね」という一言は過ぎるくらい理解しやすい一言じゃないですか。それだけで、悪意だとわかるし、攻撃だとわかるし。そういう意味でのスピード感が、悪口にせよほめ言葉にせよ求められている気がすごくするんですよね。

Kan Sano そうですね。

水野 前回の石野卓球さんの話じゃないですが、意味のない言葉の羅列からなんとなく意味が立ち上がってくるというような表現は、理解するまでにすごく時間がかかりますよね。しかも、自分の肉体で咀嚼するというか、自分のなかで意味を作っていかないといけないと思うんですけど、そういうことは今はちょっと嫌われてしまうというか、あまり受け入れられにくいですよね。だから、「何言ってるのかわかんないけど、でもいいよね」という歌が商業的なフィールドでは少なくなってきていると思います。

Kan Sano そういう曲は作りづらくなってますよね。

水野 ただ、Kan Sanoさんが言われたことを同じように感じている人もすごくたくさんいると思うんです。だから、スピード感を優先したのではない、そういう表現を求めている人もいっぱいいて、その人たちにはいきものがかりの音楽はあまり評価してもらえないんです(笑)。わかりやすすぎるということで。でも、長く書けば意味が深くなるというものでもないとも思うんですけど。

Kan Sano 実際のところ、歌詞を乗せたときの意味が伝わるスピード感を水野さんは意識されるんですか。

水野 意識しますね。特にCMに使われる曲の場合は。CMで流れて、考えなくてもパッと理解できるようなものを求める瞬間は確かにあります。それは、ここまで言ってきたことと矛盾してるんですけど、でもそこが両立できたものが一番カッコいいと思うんです。

Kan Sano なるほど。

水野 僕のなかでは「上を向いて歩こう」というのは憧れの曲のひとつなんですけど、♪上を向いて歩こう♪というフレーズの意味はすぐにわかるじゃないですか。しかも、その主人公には何か悲しいことがあったんだろうし、でも前向きな気持ちになろうとしてるんだろうなというような文脈も感じさせてくれるし。辞書を引いたりしなくても言葉の意味は理解できて、しかも表面の言葉面だけではない深いことが想像できるという、こういう歌詞こそ素晴らしいなと思うんです。

Kan Sano 僕も「上を向いて歩こう」はすごく好きな1曲です。

水野 トラックについても、同じようなことはないですか。つまり、音数が多くて複雑な、情報量の多いトラックのほうがいろいろ考えさせるかというとそうでもないような気がしてて、むしろピアノ1本のシンプルなオケのほうがめちゃくちゃ深いことを考えさせるということがあるように思うんです。だから、矛盾していることを両立させていると、歌詞でもサウンドでも何かに到達できるんじゃないかなあって。

Kan Sano なるほど! 深いですね、その話は。矛盾してるものかあ……。僕は、絢香さんとかUruさんとか、J-POPのシーンのど真ん中で活躍している人とも関わっているんですけど、“自分はそういうシーンの人間じゃないから、別にわかってもらえなくてもいいんだよ”と思っている反面、どこかで理解されたいと思っている自分もいて、そこは矛盾してると言えば矛盾してるんですよね(笑)。そのせめぎ合いはいつでもあります。

水野 ご自身の音楽性がこれからどうなっていくか、というのは予想がつきますか。

Kan Sano 僕はどんどん変わっていきたいタイプで、今作っているアルバムも前作とはまったく違うサウンドにしようと思ってるんです。でも、30歳を過ぎると、1年くらいではそんなに人は変わらないんですよね(笑)。だから、自分をけしかけるというか、“もっとやれ! もっと変わっていけ!”と思いながら、やってます。同じことをとりあえず続けて安定するよりは、たとえ失敗してでも違うことをやりたいといつも思ってますね。

── 今日の話の内容が、言葉の部分で、あるいはサウンド作りに関して、制作中の新作に何か影響を与えることはありそうでしょうか。

Kan Sano 今聞いたばかりのことなので、どうなるかわからないですけど(笑)、でもすごく貴重なお話をたくさん聞けたので、記事になったらしっかり読み返したいですね。歌詞というのは、うまく書けないときというのは、どうして書けないのか全然わからなくなっちゃうんですけど、うまく書けたときは確かに自分のなかでしっくりくるものがあるんですよ。だから、また次を書こうと思うし。歌詞は結局、自分で書くしかないし、自分で答えまでたどり着くしかないので、いろんな人のことを参考にしつつ、自分のやり方はこうだよなというものを見つけたいなと思っています。

── 水野さんから、新作に対してアドバイスなりリクエストは何かありますか。

水野 アドバイスなんて、とんでもない! 単純に、すごく楽しみです。音源を聴いていて単純に楽しいし、すごく刺激を受けるし。やっぱり自分にはできないものだから、うらやましいというか、まぶしく見えるんですよ。

Kan Sano いやいやいや(笑)。僕は逆に、J-POPのフィールドで活動している人は向き合っているものが僕なんかよりもずっと大きいと思うので、プレッシャーも大変でしょうし本当にすごいなと思います。

水野 また、お互いのコンプレックスを吐露しあう、みたいな感じになってきましたけど……(笑)。

Kan Sano (笑)。

水野 言語化できないところにすごく魅力を感じるというところに……、歌詞を書くにしても書かないにしても、そこに音楽にする理由があるという部分は一致しているのかなと思ったし、そういうものを音楽にすることの意味を果たせれば、それはいい言葉になるだろうし、いい音楽になるんだろうなって。今日はそういうことをすごく思いました。

Kan Sano 確かに。そう思います。

水野 通じるものを感じられて、僕はうれしかったです。

Kan Sano 確かに、そうかもしれないですね。ありがとうございました。

水野 こちらこそ、ありがとうございました。

取材・文=兼田達矢

プロフィール

水野良樹(いきものがかり、HIROBA)

1982年生まれ。神奈川県出身。
1999年に吉岡聖恵、山下穂尊といきものがかりを結成。
2006年に「SAKURA」でメジャーデビュー。
作詞作曲を担当した代表曲に「ありがとう」「YELL」「じょいふる」「風が吹いている」など。
グループの活動に並行して、ソングライターとして国内外を問わず様々なアーティストに楽曲提供。
またテレビ、ラジオの出演だけでなく、雑誌、新聞、webなどでも連載多数。
2019年に実験的プロジェクト「HIROBA」を立ち上げ。

Kan Sano

キーボーディスト/トラックメイカー/プロデューサー 。
バークリー音楽大学ピアノ専攻ジャズ作曲科卒業。在学中には自らのバンドで「Monterey Jazz Festival」などに出演。 近年では、「FUJI ROCK FESTIVAL」「RISING SUN ROCK FESTIVAL」、ジャイルス・ピーターソン主催 「World Wide Festival」 (フランス)など世界中の大型フェスに出演。 2019年、シングル「Sit At The Piano」や「DT pt.2」がストリーミングサービスで500万回超えを記録する中、アルバム『Ghost Notes』をリリース。
すべての歌、楽器を自ら演奏し、ミックス、プロデュースまで完全にひとりで仕上げた同作品は日本国内はもとより、海外でも絶賛。
UKで話題のアーティストTom Mischまでもが「Kan Sanoのファンだ」と公言し、自らの日本・韓国公演のオープニングアクトとしてKan Sanoを指名。テレビ朝日『関ジャム 完全燃SHOW』にもプロデューサーとして出演し、SNSで驚異的なツイート数を記録する。
また自身の活動に加え、UA、Chara、絢香、七尾旅人、SKY-HI、SING LIKE TALKING、平井堅、土岐麻子、大橋トリオ、藤原さくら、RHYMESTER、KIRINJI、m-flo、iri、Seiho、Shing02、Madlibなど国籍もジャンルも越えたアーティストのライブやレコーディングにも参加している。キーボーディスト、トラックメイカーとしてビートミュージックシーンを牽引する存在である一方、ピアノ1本での即興演奏でもジャズとクラシックを融合したような独自のスタイルで全国のホールやクラブ、ライブハウスで活動中。
“Kan Sano” の名は、様々なシーンに破竹の勢いで浸透中!
http://kansano.com/

対談を終えて

自分のなかの、言葉が乗っていない音楽に向かう気持ちをあらためて感じました。それは、コンプレックスという言い方が適当かどうかわからないですけど、間違いなく惹かれるところがあるんですよ。特にKan Sanoさんの音楽についてはカッコいいなとずっと思ってたんで。ただ、何かを表現するという部分ではけっこう近いところがあるんだな、と。方法論は違っても。通じているところがあると感じられたのはすごくうれしかったですね。

それから、管弦楽や映画音楽を耳にしたときに、言葉は乗っていないけど、やっぱり心は動くじゃないですか。その心が動く理由はどういうことなんだろう?と考えたときに、歌である必要はあるんだろうかと思ってしまうところが僕にはあって、ある意味では限界があるのかもしれないなと思っていたので、歌詞ではたどり着けないものがあるのかもしれないという話は逆説的に歌詞のことを話しているような気もしたんです。そういう意味でも、今回の対談はすごく意義深いものだったと思うんです。これまでよりももうちょっとサウンド寄りというか、違う表現方法を持っている人が歌詞の話をするときに初めて見えてくるものがというのあったのかなという気がします。

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