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NHKの本気を見た2020年『紅白歌合戦』 史上初の無観客演出で見せたネット時代の音楽番組の可能性

リアルサウンド

21/1/3(日) 10:00

 「NHKの本気を見た」。こんな感想が真っ先に浮んだ昨年の『第71回NHK紅白歌合戦』だった。

 今回の『紅白』は、「今こそ歌おう みんなでエール」がテーマ。新型コロナ感染拡大に翻弄され続ける世の中に歌でエールを送ろうというものだ。それに応えるように、紅組白組ともに気持ちのこもった歌、パフォーマンスも多かった。昨年一年を通じ、恒例のイベントや行事がことごとく中止や延期になるなか、『紅白』が例年通りに放送されたことにどこかホッとした人もいたのではなかろうか。

 だがもう一方で、コロナ禍は『紅白』自体を大きく様変わりさせた。史上初の無観客での放送である。ただその結果、おなじみのNHKホールだけでなく、101スタジオ、オーケストラスタジオを加えた計3つのスタジオを贅沢に使ってのこれまでにない演出が可能になった。そしてそこにNHKの「本気」は見えた。

 たとえばNHKホールは、客席の半分以上を撤去し、前方ステージと一体化させることで、出場歌手を360度取り囲む広いステージが実現された。それによって奥行きやスケール感のある美術セット、多彩なライティングとカメラワーク、さらにCGやAR(拡張現実)など最新テクノロジーを駆使した演出が随所に見られた。その完成度は、想像以上のものがあった。

 これは中継だったが、今回の『紅白』がテレビ初披露となったYOASOBI「夜に駆ける」の演出などは白眉だったと言っていいだろう。

 「夜に駆ける」は、小説を原作として作られた楽曲。それを踏まえて高い壁面一杯に本が収められた角川武蔵野ミュージアムの広大な図書館のような空間をバックに、YOASOBIは歌い、演奏した。歌詞や曲の展開に連動してめまぐるしく変わるプロジェクションマッピング、縦横なカメラワーク、そして緻密に設計されたライティングなど、いずれも楽曲の世界と見事にシンクロして魅了された。

 それは、ネット時代の音楽を演出する際のひとつの見本のように思える。

 知られるように、YOASOBIの「夜に駆ける」はCDにはなっておらず、MVの再生回数やストリーミングで大ヒットした楽曲。作詞・作曲のAyaseもボーカロイドが出発点のミュージシャンだ。肉声でありながら、どこか無機質な魅力をたたえるikuraのボーカルも、そうした音楽的ルーツを彷彿とさせる。今回の最新テクノロジーを交えた繊細な演出は、そんなネット時代ならではのヒット曲の特長を表現して余すところがなかった。

 こうしたネット発でヒットに至った楽曲を引っ提げて出場するアーティストの増加は、近年の『紅白』の特徴でもある。

 歌詞の商品名「ドルチェ&ガッバーナ」をそのまま歌うのかが話題になった「香水」の瑛人もそのひとりだ。TikTokの一般ユーザー、さらには芸能人が同曲の「歌ってみた」動画をアップしたことがヒットにつながったことは、いかにもネットらしく楽曲をシェアする時代の始まりを予感させる。

 また無事9人全員揃ってのパフォーマンスとなったNiziUも同様だ。今回歌った「Make you happy」はプレデビューとして配信された楽曲。だがそのMVが驚異的な再生回数となり、“縄跳びダンス”も大流行。2020年12月の正式CDデビューを待たずに『紅白』出場が決定する異例のケースとなった。ここにもますますネットの反響を無視できなくなった時代の流れがうかがえる。

 いずれにしても、歌う場所を分散させ、1曲1曲の演出の完成度を高めるという今年の『紅白』が取った選択が、そうした出場歌手の楽曲やパフォーマンスをより魅力的に見せるうえで大いにプラスに働いたのは間違いない。

 しかし一方でそうなればなるほど、従来の『紅白』が持っていたテレビの生放送ならではのお祭り的熱気は薄れざるを得ない。そうしたなか、白組司会の大泉洋はそんな熱気を感じさせてくれたひとりだ。大泉はいつものように軽妙なトークで場を盛り上げるだけでなく、歌に感動して涙を流し「ブラボー」と叫んだかと思えば、曲紹介など締めるところは締めるといった感じで、昔ながらの『紅白』らしさを体現していた。

 とはいえ、そうなるのも仕方がない面もある。従来そうした熱気は、その年を代表する歌手やアーティストがNHKホールに集結し、男女に分かれて勝敗を決するという「密」な状況があってはじめて可能なものだったからである。

 だがコロナ禍は、当然ながら「密」を不可能にした。それぞれ離れた場所から歌いつなぐスタイルでは、男女対抗という感覚も薄れる。今回は、白組歌手が次の紅組歌手の曲紹介をする珍しい場面もあった。

 また番組全体を通しても、正式な出場歌手と特別企画出演の歌手とはあまり区別されずに紹介されていたし、司会者の口からは「トリ」や「大トリ」といった表現も聞かれなかったように思う。“大トリ”を務めたMISIAがエンディングで感想を聞かれ、「紅とか白とか関係なく」と言っていたのも印象的だった。無観客になったことを受けて導入された視聴者投票による勝敗決定の演出も、心なしかあっさりとしていた。

 もちろん、いまの時代に男女対抗形式にこだわることにどこまで意味があるのか、と考える人も少なくないだろう。今回の『紅白』は、きわめて特殊な状況下でのものではあった。だがそれは、図らずも近未来における『紅白』を先取りするものになったのかもしれない。

■太田省一
1960年生まれ。社会学者。テレビとその周辺(アイドル、お笑いなど)に関することが現在の主な執筆テーマ。著書に『SMAPと平成ニッポン 不安の時代のエンターテインメント』(光文社新書)、『ジャニーズの正体 エンターテインメントの戦後史』(双葉社)、『木村拓哉という生き方』(青弓社)、『中居正広という生き方』(青弓社)、『社会は笑う・増補版』(青弓社)、『紅白歌合戦と日本人』『アイドル進化論』(以上、筑摩書房)。WEBRONZAにて「ネット動画の風景」を連載中。

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