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山本益博の ずばり、この落語!

お気に入りの落語、その十四『火焔太鼓』

毎月連載

第40回

‌(イ‌ラ‌ス‌ト‌レー‌ショ‌ン‌:‌高‌松‌啓‌二)‌

お人よしで恐妻家、道具屋の甚兵衛さんが主人公、古今亭志ん生が放った傑作のギャグは…

主人公の甚兵衛はこの『火焔太鼓』はじめ『鮑のし』『加賀の千代』『熊の皮』など、幾多の噺に出てくる。ただし、江戸の甚兵衛さんは、上方の甚兵衛と性格がかなり違い、江戸の甚兵衛さんに共通しているのが、お人よしで恐妻家、落語長屋には欠かせない愛すべき好人物で、中でも大活躍するのが『火焔太鼓』である。

『火焔太鼓』に出てくる「甚兵衛」はどんな「甚兵衛」さんか、『落語登場人物事典』(白水社)を見てみよう。

道具屋の主。恐妻家。少々ぼんやりしているが、人が良く、商売っ気はない。自家用の火鉢を向かいの米屋に売ってしまったため、寒くなるとあたりに行って「火鉢と甚兵衛さんを一緒に買ったみたいだ」とぼやかれたり、清盛の尿瓶、岩見重太郎の草鞋を仕入れてきて損ばかりしている。時季でもないのに太鼓を仕入れてきて、奉公人の定吉に埃をはたかせると、大きな音がする。これが通りかかった殿様の耳に入り、屋敷に呼ばれる。汚い太鼓を屋敷に持ち込んだら無礼討ちされるかもしれないと戦々恐々としている。しかも、売り値を問われて、妻に言われた通り、「元値の一分で」と言おうとするが、舌がもつれて「十万両」と口走る。結局、古い太鼓が世に二つとない名器だったため三百両で売れる。次は半鐘で儲けようと持ち掛けるが……。(太田博)

いつも損ばかりしている古道具屋の甚兵衛さんが、一分で買った太鼓が三百両で売れ、大儲けするばかりか、いつもかみさんの尻に敷かれている身が、この時ばかりは大逆転する。

いつ聴いても、誰がやっても楽しくて面白い噺だけに、かえって難しい。

甚兵衛さんが持ち込んだ太鼓が城内で「三百両」で売れる場面が一つ目のヤマ場、屋敷から長屋へ戻ってくる道すがら、逸る気持ちを抑えながら、かみさんをぎゃふんと言わせようと、無我夢中で帰ってきて「三百両」で売れたいきさつを話す場面が二つ目のヤマ場。「甚兵衛」さんの心持になって、一気呵成に噺を運ばなくてはならない。

一つ目のヤマ場で、古今亭志ん生が傑作のギャグを放っている。

殿様の家来の三太夫が、甚兵衛に「太鼓はいくらで手放す」と問いかけるが、返答しないので、「手一杯に申せ」と言うと、甚兵衛さん、両手を一杯に広げて「十万両」と応える。

それをどんどん値引きながらも、返答に窮すと、三太夫が「三百金でどうだ!」と、提案する。慌てふためく甚兵衛さん、その意味が咄嗟に解せず、「三百金って……なんなんです?」
と問い返してしまう。甚兵衛さんのこの場の狼狽ぶりをこれ以上表すギャグはないのではなかろうか。

志ん生のこのギャグ、ニッポン放送に遺された録音の1本にしかない。おそらく、とっさに出た、たった1回のギャグだったかもしれないが、これを超えるギャグにいまだ出会っていない。

志ん生の次男、古今亭志ん朝にそのまま継承され、古今亭のお家芸となっているが、志ん朝の『火焔太鼓』では、私が聴いたライヴを含めてこのギャグは残っていない。ちなみに、志ん朝が真打に昇進した昭和37年(1962年)5月、上野鈴本の披露目の初日に高座にかけたのが『火焔太鼓』だった。

二つ目のヤマ場では月の家円鏡が橘家圓蔵を襲名した頃にネタおろしした『火焔太鼓』で、甚兵衛さんがおかみさんに一両小判を五十両ずつ目の前に差し出したとき、百両が目の前に揃うと、「お前さん、水一杯おくれよ!」と懇願する。

すると甚兵衛さん「俺も、そこんところで、水一杯飲んだんだ!」と返す。おかみさんの驚きと喜びようが、このギャグにすべて表われているのではないか。圓蔵の録音にも残っている。志ん生のギャグに匹敵する傑作ではなかろうか。

COREDOだより 柳家権太楼の『火焔太鼓』

「COREDO落語会」では、第5回の2016年2月26日に橘家圓太郎が、第17回の2019年3月8日に柳家権太楼が『火焔太鼓』をかけてくれている。どちらも、お人よしの甚兵衛さんが、演者の「人」にあって好評だった。今後、春風亭一之輔の「甚兵衛」さんを聴いてみたい。

次回、第28回は11月6日(土)13時30分からコレド室町日本橋三井ホールで開かれます。番組は、開口一番/前座、『真田小僧』柳家さん喬、『代書屋』柳家権太楼、『母恋いくらげ』柳家喬太郎、『リレー文七元結』さん喬・権太楼です。お楽しみに。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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