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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

『かがみ まど とびら』

毎月連載

第25回

20/11/5(木)

『かがみ まど とびら』チラシ(表) 撮影:井上佐由紀 

舞台上にあるモノ一つひとつ、セリフの一言ひとことに美意識を行き渡らせている、脚本家・演出家の藤田貴大さん(マームとジプシー)。彼の作品のチラシを手掛けているのは、ブックデザイナーの名久井直子さんです。たとえば11月に彩の国さいたま芸術劇場で上演される『かがみ まど とびら』は、あざやかでふと手が止まるチラシ。作品ごとに印象を変えるそのチラシのビジュアルはどんなふうにできているのか、伺いました。

左:中井美穂 右:名久井直子

中井 名久井さんが最初にマームとジプシーに出会われたのはいつ頃ですか?

名久井 たしか最初に観たのが『Kと真夜中のほとりで』(2011)だから、10年くらい前でしょうか。元々藤田くんとは「大勢の飲み会で会う人」という関係で、「きれいな青年がいるな」と思っていました。ある飲み会で席が隣になって、藤田くんに向かって紙とか加工の話をめちゃくちゃしたことがありました。ふだん私はブックデザインの仕事を主軸としているので、そういうものに興味があって。それを藤田くんが面白いと思ってくれたみたいで、お仕事をご一緒したのは『カタチノチガウ』(2015)のとき。マームとジプシーのお芝居ってプロジェクターが効果的に使われていて、映し出される画像に文字もかなり出てくるのですが、その作中で映し出される画像のデザインをしてくれないか、と誘われたのが最初です。

中井 ということは、チラシではなく舞台上に乗せるもののデザインからスタートしたわけですね。

名久井 はい。当時はチラシはなくて、あってもマームの方たちの手作業で。

中井 そうそう!  マームとジプシーって、いつも公演のダイレクトメールが美しい封筒に入っていますよね。

名久井 凝っていますね。中にドライフラワーが入っていたり、キラキラが入っていたりして。ああいうのは中の方たちが家内制手工業的にやっているものです。でもその後、藤田くんが大きめの舞台を手掛けることが増えて、そのチラシやポスターを作るようになりました。

中井 最初にマームとジプシーの作品をごらんになったときは、どんな印象でしたか?

名久井 もともと、演劇は好きで。私が育った岩手県の盛岡って、地方都市のわりには演劇が盛んだったんです。小学校の頃から、月に1度は演劇や人形劇、歌とか、舞台を観に行くという活動があって。

中井 月に1回も!

名久井 10代の頃は夢の遊眠社のビデオを借りて何度も観ていました。大学で東京に来てからは頻繁にたとえば「シベリア少女鉄道が面白いよ」と聞くと観に行く、という感じになりました。マームとジプシーを最初に観たときは、久しぶりに揺さぶられるというか、すごく好きな世界があった、という感覚で。作品自体が好きというのもありますし、たぶん仕事をするうえで、藤田くんとは気が合う部分があるのかなと思います。

チラシを作る過程を「子どもの遊び」のように

中井 チラシを作る上で、藤田さんの求めるものは言葉によってきちんと提示されますか?

名久井 チラシを作るときって、脚本はまだ全くできあがっていない段階なんです。

中井 そうですよね。この連載でお話を伺うと、皆さん口を揃えてそうおっしゃいます(笑)。

名久井 だからマームの人たちにとっては、藤田くんと私とのチラシ打ち合わせが次作品の骨格を知る最初の機会で。制作チームのみんなが、すごくメモをとっています(笑)。藤田くんの中でもまだもやもやしているものを「ほうほう」と聞いて、私が勝手に解釈して「こういうことなんじゃない?」と作る感じです。

中井 そう聞くと、チラシづくりって建物を建てるのにすごく似ていますね。家を建てるときに「どういう家がほしいですか?」とヒアリングをして設計図を描いて、イメージを可視化してあげる。

名久井 そうですね。そのときのことが藤田くんに影響しているかいないかはわからないですけど、「名久井はこう思ったんだな」というのは何となく持った状態で作品をつくるのかな、とは思います。

中井 藤田さんとの打ち合わせは何回くらい?

名久井 1回だけですね。1回聞いて、次はもう案を出します。

中井 今回の『かがみ まど とびら』の場合、藤田さんは打ち合わせでどんなことを?

名久井 藤田くんの作品には、ただの木の枠が額や電車の窓などいろんなものに変化していくというものがありますが、話を聞く限り、きっとこれもそういうことになりそうだな、と思いました。ただタイトルが面白いので、それをそのままつくってみよう、と話したことがいちばん大きいですね。

中井 『かがみ まど とびら』で、おうちのモチーフ。

名久井 はい。このチラシ、「まど」と「とびら」はおうちにあるんですけど、「かがみ」はなくて、ここ(文字が反対に写っている部分)が実は鏡になっているんです。

中井 ああ、そうですね。だから文字も逆になっている。

名久井 うっすら境界線が見えていますが、これ、本当に鏡を置いていて、一発撮りで撮影したものです。

中井 えっ?  これ、撮影したものですか!?

名久井 はい。2つ家が並んでいますが、手前の1個を実際にダンボールで作って、鏡で写しています。その家の、手前の壁はピンクでできていて、奥の壁はブルーにしてあります。

中井 この家はどなたが?

名久井 マームとジプシーの召田実子さんという、とても器用かつ建築の模型が作れる人に「こういう形の家がつくりたい」とお願いして。「下のほうがすぼまっているものがいい」と。

中井 それはなぜですか?

名久井 感覚的なものですが、不安定さを出したかったからです。まっすぐにしたくなかった。窓や扉も、召田さんに「これまで旅行で撮った写真とかの、窓と扉を切り取っておいて」と頼んで、撮影のときに「じゃあこの窓とこの扉にしよう」って。

中井 いろんなパターンを試して?

名久井 はい、ぺたぺた貼って試しました。その作業自体が子どもの遊びのような感じで、そういう手作り感を出したくて。鏡も、お風呂に貼るような、薄くて裏がシールになっているものを買ってきて、やや精度が悪い、歪むのをそのまま使いました。歪みの少ない鏡も用意しましたけど、カメラマンと「歪んでいるほうが面白いね」と。鏡に写り込む背景の壁にはピンクの紙を貼っています。

中井 ということは、この背景も実際のものということですか?

名久井 はい(笑)。スタジオに黄色いペーパーを垂らして、家の模型を置いて、鏡を置いて。鏡に反射する奥の壁にピンクの紙を貼って、一発撮り。ノーCGです。

中井 すごい!  やっぱり無意識にでも人を引きつけるものって、人の手がかかっているものですね。

名久井 そうですね。かなり面倒くさいことはやっています(笑)。

中井 CGでやれば簡単にできそうだけど、それだとスルーしてしまうのかもしれない。

名久井 CGでこの歪みを出すには、かなりセンスが必要だと思います。少なくとも自分だったらやれない。そこを自然に任せているという感じです。

中井 だから、パッと見はポップだけど、一瞬「何か変だな」と思うのかな。

名久井 それです!  それがベストな感想で、ありがたいです。「ここ、もしかして鏡があるのかな」と思われてしまったら、ちょっとやりすぎな気がします。

中井 でも非常にシンプルですね。裏面も一色で、文字だけ。

『かがみ まど とびら』チラシ(裏)

名久井 ただ、ブックデザイナーなのでつい読みやすくしてしまうとところはあります。他のチラシを見ているともうちょっと文字が小さいことが多いですが、それはあまりできない。どうしても、読ませたくなってしまいます。

中井 使う紙はどうですか?

名久井 紙はいつもそれほどいいものを使っていません。コピー機でいいよ、というときもあるくらいで。私も紙好きなので、立派な紙もいっぱい知ってはいるけれど、マームのときはそこに予算をかけずに、見た目で楽しいものを選んでいる気がします。

チラシの段階では作品は半分自分のもの

中井 マームとジプシーのチラシでは、いつもこんなに手をかけて撮影を?

『BOAT』(2018)チラシ 撮影:井上佐由紀

名久井 毎回、変な撮影はしていますね(笑)。『BOAT』(2018)という作品のときは、ピンホールカメラを使いました。ピンホール(穴)が開いている間はシャッターをきっている時間になるので、長く開けていると、動いている人を撮影するとブレる。止まっているものほどピントが合う。それを計算して、何度も練習して、主演の宮沢氷魚くんに「ここで何秒立って、何秒歩いて、何秒座ってください」とお願いして撮影しました。最初に「ごめんね、チラシにあまり顔が写りません」とお伝えして(笑)。これもCGでやろうと思えばやれなくはないけれど、アナログでやりたくて。

中井 すごい!

名久井 いざテストしてみたら、中央に置いていた古いボートが一切動かないから、それだけがくっきり写ってしまう。それで、撮影中ボートをずっと動かす必要が出てきて……。

中井 まさか?

名久井 先ほどお話しした家の模型を作ってくれた召田さんはとても小柄な女性で、彼女にボートの裏側に潜んでもらって、ずっと揺らしてもらいました。

中井 なんというアナログ!  藤田さんはいつも、チラシ撮影に同席されますか?

名久井 『BOAT』のときはいましたけど、基本は横にいて「いいね〜」って言うくらい(笑)。先日、1月上演作品のチラシ撮影をしましたが、そのときは来られなくて、LINEで共有した写真に「いいね〜」と返事がきました(笑)。

中井 どうして毎回こんなふうにパターンの違う、手間のかかることをされるのですか?

名久井 藤田くんの芝居も、どこかあえて面倒なことをしているような、細部に神経が行き届いているような作品だと思うんです。だから、チラシも簡単には済まない、手間のかかるようなことが似合うのかなと思ってやっています。

中井 毎回、チラシを手掛けた公演を実際に観て、どう思われますか?

名久井 いつも、「こうなったのかあ」って思います。

中井 思ったとおり?

名久井 まったく違います。それが面白いですね。私は話を聞いただけでは立体的には想像できないし、さらに時間軸をもったものになると、ぜんぜん違いますよね。私はやっぱり演劇の一回性に憧れているのかな、と思います。ふだんは本のデザインという「残る仕事」ですが、演劇という「残らない仕事の」時間とか、運命とか、そういうものに任せている感じがすごく好きなんです。だから撮影にも、なるべく手を入れたくない、のかもしれません。

中井 なるほど、面白いですね。

『CITY』(2019)チラシ 撮影:井上佐由紀

名久井 『CITY』(2019)もCGに見えるかもしれませんが、これも夜景も含めて一発撮りです。キャストが奥のほうまで全員いて、それでうまくいかないところがあっても、一発撮りがいいなと思ってしまう。もちろん隅々までうまくいかせたいけれど、そうできない範囲があるくらいのほうが面白いなと。

中井 チラシ作りは、ブックデザインの仕事とはやはり違うものですか?

名久井 チラシづくりのほうが、その瞬間、掴んだままを表現する感じです。本って一ミリも自分のものではない、著者の方のものなので、チラシより慎重です。演劇は、もちろん藤田くんのものではあるけれど、まだ脚本ができていない段階では私にも託されているというか……。チラシは半分くらい私のものという感覚もあるから、すこし乱暴な部分があるかもしれない(笑)。

中井 「自分のもの」の要素があるということは、たとえば最初の話し合いで藤田さんの意見に納得できないときは反論したりも?

名久井 納得できない、と思うことがないですね。日頃、ブックデザインをするときも、絶対にそれがいいものだと思って作っているんですよ。そうでないと、仕事のモチベーションが生まれないので。どんな作品にも絶対にいいところがあるはずというのが私の仕事をしているときの大前提にあります。それに気づけないとしたらそれは自分の感受性の問題。だから、藤田くんの言葉についても疑うことなく、それがいいことの卵になっていると思いますし、それを大切にしようと思いながらチラシを作っていきます。

中井 藤田さん、名久井さんと出会えて本当によかったなあ、というのが今日の結論です(笑)。チラシづくりは楽しいですか?

名久井 かなり楽しいですよ!

中井 そういう現場を一度見てみたいです。

名久井 ぜひ、いつか見にいらしてください。いつも、カメラマンに「次に活かせない!」と言われるような、毎回違う、超ローテクな撮影をしていますから(笑)。

構成・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

作品紹介

『かがみ まど とびら』
日程:11月22日(日)・23(月・祝)/ 28日(土)・29日(日)
会場:彩の国さいたま芸術劇場 NINAGAWA STUDIO(大稽古場)
作・演出:藤田貴大
音楽:原田郁子
衣装:suzuki takayuki
出演:伊野香織、川崎ゆり子、成田亜佑美、長谷川洋子

プロフィール

名久井直子(なくい・なおこ)

ブックデザイナー。1976年、岩手県出身。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、広告代理店に入社。2005年に独立し、ブックデザインを中心に紙にまつわる仕事を数多く手掛ける。2014年、第45回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。主な仕事に、『逆ソクラテス』(伊坂幸太郎)、『あたしとあなた』(谷川俊太郎)、『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ)、『岩田さん』(ほぼ日刊イトイ新聞)、『なんで僕に聞くんだろう。』(幡野広志)、『ドラえもん』の豪華愛蔵版 全45巻セット「100年ドラえもん」など。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めるほか、「鶴瓶のスジナシ」(CBC、TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MXテレビ)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。

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