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春日太一 実は洋画が好き

薄暗い青春時代の行いが、まさかの出来事に発展!『地獄のバスターズ』

毎月連載

第29回

本連載では、子供時代から思春期あたりにかけて観た洋画とともに当時の思い出を語っている。そのため原稿を書く際にはいつも、洋画にまつわる印象深い記憶、忘れかけていた記憶を掘り起こしている。

そうした作業をしながらつくづく思い知らされたことがある。それは、物心がついた頃から現在に至るまで一貫して、その時期ごとの“《今》な感じの日本人の顔や声が苦手だ”ということだ。

理由はよく分からない。気がついたら、いつの間にかそうなっていた。そのため、映画であれテレビであれ、せめて映像エンタテインメントに触れる時くらいはそうした“現在”から離れたいという意識が根底にあり続けている。

映像を観ている時は現在や現実から遠い世界に飛びたい……。子供の頃から無意識にそう考えていたようで、当時は隆盛だったバラエティ番組やトレンディドラマはほとんど観てこなかった。主に好んで観てきたのは、時代劇、アニメ、洋画、日本の現代劇でも旧作。全てに共通するのは“今の日本”ではないということだ。

“好き”に浸れる“ゴールデンタイム”で出会った『地獄のバスターズ』

そうした身にとって、高校生くらいまでの平日の日中午後は天国ともいえる時間だった。

正午からはテレビ東京の「時代劇アワー」、それが終わると13時から「午後のロードショー」。そして15時からはテレビ朝日の二時間サスペンス「土曜ワイド劇場」の再放送、その裏ではTBSがナショナル劇場の時代劇再放送……。

ひたすら“好き”に浸ることのできる、自分の中での“ゴールデンタイム”だった。夏休みなどの長期の休みは、外に出ずとにかくテレビに張り付いていたし、学期中も「これは観たい!」という作品があれば早退していたほどだ。

『地獄のバスターズ』も、「午後のロードショー」で出会った一本だった。後に『イングロリアス・バスターズ』としてタランティーノ監督がオマージュを捧げたことで再評価されるようになった作品だが、これを初めて観たのはおそらく10代半ばくらいの頃の「午後のロードショー」だったと思う。

新聞のテレビ欄を開き、その日の「午後のロードショー」放送作品のあらすじを読むのが当時の毎朝の日課だった。今日は何が放送されるのか。いつもワクワクしながら新聞を眺めていた。『地獄のバスターズ』という楽しげなタイトルと、「第二次世界大戦中のフランスを舞台に、前線で軍規を犯して護送される途中に脱走した兵たちが、ドイツの秘密兵器奪取に挑む」みたいな感じ(うろ覚えで申し訳ない)の、ほんの数行のあらすじに「これは面白そうだ!」と惹かれた。そして万難を排して放送時間オンタイムにテレビ画面に臨んだ。

観始めてすぐに、「あ、これは当たりだ!」と興奮した。

身勝手に生きてきた者たちが次々と襲いかかる絶体絶命のピンチを乗り越えながらチームワークを育み、任務を遂行するために命がけの闘いを繰り広げる熱い物語展開。それを荒々しく武骨なアクション演出と派手な音楽で盛り上げつつも、個々の厭戦感を提示させて戦争の空しさも伝えてくるエンツォ・G・カステラッリ監督の演出。全てが素晴らしい。

何より、登場人物それぞれのキャラクターたちが、好きでたまらないタイプばかりだった。

カリスマ性あふれる果断なリーダーのイェーガー(ボー・スヴェンソン)、反骨の武闘派だが人情味もあるキャンフィールド(フレッド・ウィリアムソン)、ニヒルで減らず口のトニー(ピーター・フートン)、手癖は悪いがお人よしのニック(マイケル・ぺルゴラーニ)。いずれもが一癖ある荒くれのならず者たちだが、憎めないタフガイだった。

そして、それぞれを吹き替える声優陣も素晴らしい。玄田哲章、大塚明夫、大塚芳忠、千田光男……ホルモンむんむんの外国俳優たちに当たり負けしない、人間くさい個性にあふれた面々が、ただでさえ魅力的な人物像をより一層に引き立てていた。

高価なテープを購入して録画した甲斐あり! 約20年後に起こったサプライズ

10代の終わり頃になると自由に扱えるお金も増えた上にビデオテープの価格も大幅に下がったので、かつて日中の午後に観て面白かった作品がまた放送されたら、片っ端から録画することにした。そして、『地獄のバスターズ』が「午後のロードショー」で放送される日を待った。

その日は、1997年にやってきた。朝起きて新聞のテレビ欄を読んでその日の放送を知り、心が躍ったことは、今でも克明に覚えている。

せっかくだから高めのビデオテープで録ろう。そう考え、池袋の量販店で初めてまとめ買いでない単品の高価なテープを購入して録画をした。何度も観ると劣化するので、録画してからは数回しか観ていない。

そして、それから約20年の月日を経たある日。旧作洋画の吹き替え版を発掘してニューマスターのBlu-ray発売時に収録している「フィールドワークス」という会社のTwitter公式アカウントが、「Blu-ray化にあたり『地獄のバスターズ』の吹き替え版を募集」アナウンスしているのを目にした。もうすぐ締め切りになるが、まだ入手できていないのだという。

テレビ放送からそう月日が経っていないという感覚だったので、原版がないのも意外だったし、録画している人が見つからない状況も意外だった。

それならば……。と、すかさず連絡し、録画していたVHSを提供させていただいた。あの頃、奮発して高めのテープにした甲斐もあってか、音声の状況も良好だったようだ。嬉しいことにパッケージの裏表紙には“吹替音源協力”として名前をクレジットまでしてもらえた。

世間に背を向けて現実から遠い世界に没頭することばかりに霧中になっていた、薄暗い青春時代の行いが、まさかこうしてひと様の役に立つ日が来ようとは……。

人生は分からないものだと、思わされた。

関連情報

『地獄のバスターズ』〈 HDニューマスター版〉

Blu-ray&DVD発売中
BD|HPXR-145|4,800円(税抜)
DVD|HPBR-145|3,900円(税抜)
販売元 :株式会社ハピネット・メディアマーケティング

プロフィール

春日太一(かすが・たいち)

1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』『仁義なき日本沈没―東宝VS.東映の戦後サバイバル』『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代』など多数。近著に『泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと』(文藝春秋)がある。

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