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冨樫義博『レベルE』なぜ少年漫画らしからぬ作風に? 奇妙でダークなSF漫画の先見性

リアルサウンド

20/9/15(火) 8:00

「うちは少年誌だしさ これじゃテーマ暗いよねぇ」「もっと明るくまとめてさ 設定はもっと単純でいいと思うよ 例えば悪い宇宙人と戦う地球人とか」(第5話「Crime of nature…!」より)」

 このセリフどおりの漫画が『レベルE』だ。1995年、月一連載として始まった本作は、掲載誌である週刊少年ジャンプが掲げる「少年漫画」像とは一線を画していた。1995年、大ヒット作『幽☆遊☆白書』を終わらせた30歳間近の冨樫義博が王道な次回作(つまり『HUNTER×HUNTER』)の制作を約束した上で通った、自分の「好きなもの」を詰め込むオムニバスSF、それこそ『レベルE』だったのである。当時アシスタントを勤めた味野くにおによるエッセイコミック『先生白書』によると、編集交代によって途中からジャンプ的な「固定主人公制」を強いられた結果、上記で引用したシーンが急遽追加されるなど、不服の事態もあったようだ。それでも、後年、作者当人より「他の作品と比べて居心地はそんな悪くない。比較的好き勝手に描けたから」と言わしめたのが、この奇妙でダークなSF漫画である。

 単行本全3巻からなる『レベルE』は、作者の予想に反して、大きく長期的な人気を築いた。漫画ファンによる「コンパクトに終わる名作」談義には必ずと言っていいほど登場するし、連載から15年以上経った2011年にアニメ化も果たした。「想定(予想)の少し斜め上」といった言い回しの普及にも貢献しただろう。なにより、エイリアンの頭文字「E」を冠するこのSF作品(※“Alien”の“A”でないのは単純な間違い)は、2020年の今読むと尚スリリングな、先見性あるテーマに満ちている。特に際立つのは、学生時代より「表面に見えている美しいものより、裏側の汚い部分を見ること」に魅力を感じてきた冨樫義博の作家性、言い換えれば、ときに残酷で皮肉にもなる多面的視点だ。その「王道」らしからぬ創作姿勢は、冒頭で引用したシーンでも明瞭になっている。「もっと明るい勧善懲悪な内容にせよ」という指示を受けたキャラクターは、このように応える。

「でも それじゃ地球人に本当の異星人の姿が伝わりませんよ いちがいに地球の善悪だけじゃくくれないって事実が」 

 『レベルE』の主たる舞台は作者の故郷である山形県だ。「現在 地球には数百種類の異星人が行き交い生活している 気づいていないのは地球人だけなのだ……」。このオープニング通りの世界観となっていて、物語としては、一応の主人公たる頭脳明晰で人騒がせなドグラ星のバカ王子が地球にやってきたところから始まる。とは言っても、ストーリーは章によってかなり異なる。たとえば「原色戦隊カラーレンジャー編」はバカ王子に戦隊ヒーローの役目を押しつけられる男子小学生たちが主役だ。王子のつくったRPGゲームの中に迷い込んでしまう設定のため、『HUNTER×HUNTER』の「グリードアイランド編」の片鱗も伺える。加えて、ゲーム世界で巻き起こる「王子自ら創造した人工知能が予想以上の進化を遂げてしまう」ハプニングは、AI技術発達による雇用減少危機が現実味を帯びてきた今日のほうがスリリングに感じられるかもしれない。

 「マクバク族サキ王女・ムコ探し編」も、90年代当時と今では受ける印象が異なるかもしれない。あらすじとしては、交配した雄の生態系まるごと根絶してしまうマクバク族の王女が地球に婿探しにやって来るものの、そこで彼女が一目惚れした相手は「なんで自分の体は女なんだろう」と疑問を抱えて生きる幹久今日子だった。のちに様々な設定が加えられるものの、トランスジェンダー男性に近い存在として描かれている。

 王女と幹久の恋路は成就するのか。ともなれば、地球人は絶滅してしまうのか……この二軸によって展開する「ムコ探し編」だが、後者に関する描写も興味深い。作中、王女を地球から追い出したいドグラ星のクラフト隊長は、地球人についてこのように解説する。

「(地球人の)性格は攻撃的で独善に満ちあふれ差別意識の強さは他に類を見ません 地位・見た目 金・肌の色・個性 ありとあらゆるもので同族を差別し生命を奪うことも珍しくありません 自分達の首をしめるのも好きですね 自然にとって過剰な森林伐採 有害汚染物質のたれ流し フロンガス・CO2の大量排出 未整備な原子力施設 廃物不法投棄etc 基本的に出したクソは他人まかせです」

 なりゆき上、ネガティブなイメージに寄った説明ではあるが、このセリフこそ、地球人の命運がかかったラブストーリーのテーマと言えそうだ。本編の終わりには、グロテスクに変形した魚のイメージが突如挿入されるとともに、以下のような言葉が流れる。

「現在 地球の遺伝子は様々なものによって傷つけられている 宇宙からくる放射線 過度の紫外線 ダイオキシン 放射性廃棄物 遺伝子実験廃棄物 家電製品による電磁波非熱効果 確実に生まれ続ける道のウィルス・細菌 etc… 全て我々の身近に存在し これから身を守る方法は 将来にわたり皆無である」

 環境汚染への問題視は明らかだ。「ムコ探し編」では、地球の遺伝子を傷つける因子として異星人の王女が登場するわけだが、そのSF的存在が無くとも「出したクソは他人まかせ」な地球人が自らの首をしめつづけるのだ、と突きつけるように現実とつながる問題が提起されている。

 自然環境への視点、それを損なわせる人類への疑念は、冨樫義博の作家性とも言える。『レベルE』の初期にあたる「食人鬼編」では食の倫理まで揺さぶっているし、『HUNTER×HUNTER』の「キメラ=アント編」では、人類は果たして外来生物の侵略から護られるべき存在か、壮大な問いかけが垣間見られる。元々、山形県新庄市で育った冨樫義博は、川や洞窟で遊ぶアウトドアな子ども時代を過ごしたという。『UZEN』におけるインタビューでは、建設省への意見も求められた際、故郷の思い出の中心は自然だからこそ、なるべく自然環境や昔ながらの佇まいを残しつつ整備していってほしい、とコメントしている。彼の価値観の基盤を形成する「裏側の汚い部分」への着目にしても、ドブのそばに咲いた紫陽花をスケッチしていた中学生時代が根底にあるようだ。『レベルE』が連載を終えた1997年には、ちょうど気候変動枠組条約である京都議定書が採択されているが、それから20余年経った2020年、環境にまつわる問題は拡大しつづけている。

 「少年漫画」らしからぬ『レベルE』だが、ある種ポジティブな学びも与えてくれる。地球と違って宇宙外交が進んでいるドグラ星の軍隊員は、当然のように「さまざまな星人の生態」に詳しい。しかしながら、いざ対面してみると「本で読むのと実際見るのは大違い」だと発覚するパターンが散見され、「ムコ探し編」でも「(そういうことは)宇宙生物学ではよくあることです」と語られる。これこそ、皮肉として機能しつつ、読者をワクワクさせもする魅力的な部分だ。ゆえに、非なる王道として始まった『レベルE』は、「探究のロマンチシズム」を与える面において「少年漫画」の王道たる一面も持っているのではないか。もちろん、作中その心意気が発揮されることによって、地球人自体を滅ぼす純愛が成立してしまうのなら、不条理でしかないのだが……。

■辰巳JUNK
平成生まれ。おもにアメリカ周辺の音楽、映画、ドラマ、セレブレティを扱うポップカルチャー・ウォッチャー。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)
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