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『カメ止め』的でもあり、そうでもない!? 3人監督体制が『イソップの思うツボ』にもたらしたもの

リアルサウンド

20/2/15(土) 10:00

 『カメラを止めるな!』(以下、『カメ止め』)が社会現象となった2018年。上田慎一郎監督は一躍時代の寵児となった。

参考:大嘘が現実を変えたーー『カメラを止めるな!』上田慎一郎監督&市橋浩治Pが語る“映画が持つ力”

 『カメ止め』は本当に面白かった。しかし、上田監督は悩んだはずだ。2019年こそ真価を問われることになると。

 そんな上田監督の次なる一手は『カメ止め』助監督の中泉裕矢氏とスチール担当の浅沼直也氏との3人共同監督による『イソップの思うツボ』(以下、『イソップ』)だった。本作は『カメ止め』よりも先に企画がスタートしているので、「次の一手」と言うのは正確ではないかもしれない。だが、世間からは確実にそのように受け止められることは承知の上だったろう。事実、本作は『カメ止め』クリエイターズによる新作と宣伝され、多くの観客は多かれ少なかれ『カメ止め』と比較するように本作を鑑賞しただろう。

 思えば、上田監督が敬愛するクエンティン・タランティーノも『パルプ・フィクション』で時代の寵児となった後、次に取り組んだのは気心知れた監督たちとのオムニバス映画『フォー・ルームス』だった。世間が大きすぎる関心を注ぐなか、それを一身に受け止めずにすむ共同監督という作業は、映画作りの楽しさを見失わなずに済む良い手段なのかもしれない。上田監督は偶然にも尊敬する巨匠と似たような選択をしたわけだ。

 『イソップ』は『カメ止め』製作期間を間に挟んで制作された。製作期間が一部重複しているこの両作品は、好対照をなしている面と共通点とが混在している兄弟のような作品だ。『カメ止め』とは異なるセンスも披露しながら、同時に持ち味を失っていない、なにより限られた予算と製作日数の中、アイデア勝負のエンターテインメントとしてきっちり仕上がっている。

■3人監督体制は何をもたらしたか

 本作は元々、浅沼・上田・中泉の3人体制で監督する前提で企画がスタートしている。『カメ止め』制作前より進められていた企画であることは前述したが、本人たちの談によれば、3人で監督するなら、一度共同作業を経験しておくべきだということで、『カメ止め』に浅沼・中泉両氏が参加することが決まったそうだ。『カメ止め』は本作の準備としても重要な作品だったのだ。

 3つの家族を3人の監督がそれぞれ演出を受け持つというスタイルを採用したそうだが、それが個性の異なる家族を描くのに功を奏している。特に、復讐代行屋の戌井父子が初登場するシーンは、明らかに他2つの家族とは住む世界の違う人物であることがよく現れている。大元のプロット作りは3人で綿密な議論の元に浅沼氏が作り、それを上田氏が中心となって3人で脚本を練り上げたそうだ。トップが3人いても作品がバラバラにならずきっちりとまとまりのある娯楽映画に仕上がっているのは、『カメ止め』を経てお互いを知ったことの成果が出たのだろう。

■『カメ止め』的なるものと非『カメ止め』的なるもののせめぎあい

 本作のキーワードは「3」だ。3人の映画監督による、3つの家族の物語であり、3人のヒロインがいる。交わるはずのなかった3家族が、ある事件をきっかけに交錯し、三者三様の結末を迎える。『カメ止め』でも多くの観客を魅了したツイストの効いた予測不能な展開は今作でも健在で、さり気なく置かれた伏線がパズルのピースのようにはまってゆく後半の展開に『カメ止め』らしさを感じる人も多いだろう。

 前半と後半で全く印象の異なる作品になるのも『カメ止め』との共通点と言える。前半、内気な女子大生・亀田美羽と同級生である芸能一家の長女・兎草早織が対比的に描かれる。イケメンの若い新任講師を巡るラブコメ展開のように始まるが、その若い講師と早織の母との不倫、そして早織の父が若い娘を買っている様が描かれ、仲良し芸能一家の内実が描かれると雰囲気は一変。その裏には兎草一家に対する、亀田家の遠大な復讐劇が仕組まれていたという展開だ。

 多くの人物を登場させ、複雑な人物相関図をわかりやすく見せていく手法も『カメ止め』を彷彿とさせる。観客にそれぞれの人物がどんな人間なのかをわかりやすく提示する脚本テクニックは、『カメ止め』でも見られた上田監督の長所だ。群像劇は各登場人物を短い時間で観客に印象づける必要があるため、ややステレオタイプ的な誇張も必要になるが、本作はそのステレオタイプに提示されたイメージを覆すことで物語を駆動させる。例えば、仲良し芸能一家、兎草家の初登場は画面越しのテレビ番組の中なのだが、それによってそのイメージがメディアを通した虚像であることを的確に印象づけ、それが壊れてゆく様を物語の中心に据えている。亀田家の長女、美羽の引っ込み思案の女子大生というステレオタイプさもその後の展開を予期しにくくするためのカモフラージュとして機能させている。

 一方で、本作には『カメ止め』から意識的に遠ざかろうとしている側面もある。家族愛と映画スタッフの団結力を謳った『カメ止め』とは対称的に、本作で描かれるのは復讐と家族の崩壊だ。浅沼監督が「『カメ止め』が光なら、『イソップ』は影」とインタビュー(シネマクエスト|vol.109『イソップの思うツボ』浅沼直也監督、上田慎一郎監督、中泉裕矢監督インタビュー)でも語っているが、亀田家の母親を犠牲にした兎草一家や、復讐劇を笑って楽しむ仮面を被った金持ち連中、その金持ちから金を巻き上げるために復讐を焚きつけるヤクザなど、人間のドス黒さを赤裸々に描いているのだ。

 復讐のために犯罪に手を染めた亀田一家は、元の穏やかな家族に戻れるかわからない。兎草一家は、仲良し家族の仮面を剥ぎ取られる。復讐を仲立ちする戌井父子だけは、より強い絆を手に入れる。『カメ止め』的群像劇の手法を用いて、絆の崩壊と結束を同時に描く本作の三者三様の結末は、人間の脆さと強さが同時に立ち上る深い余韻を残す。

 浅沼・上田・中泉の3監督は、『カメ止め』で披露した物語の構築力は決してフロックではなかったことを本作で証明すると同時に、振り幅の広さも示してみせた。決して潤沢な予算とスケジュールではなく、しかも前作の大成功からくるプレッシャーの中、見事な娯楽映画を生んだ3監督の実力は確かなものだと確信するに十分な面白さが本作にはある。(杉本穂高)

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