片桐仁の アートっかかり!
新旧個性のぶつかり合いが面白い! 『古典×現代 2020』
毎月連載
第19回
鴻池朋子《皮緞帳》2015年 高橋龍太郎コレクション © Tomoko Konoike
国立新美術館にて8月24日(月)まで開催されている『古典×現代2020-時空を超える日本のアート』。臨時休館を経て、会期を延長して開催されている同展を、国立新美術館学芸課長の長屋光枝氏の解説をいただきながら片桐仁さんが巡りました。
バラエティに富んだ8つの展示部屋。
古典作品と現代アートがコラボ
片桐 美術館に来たのは3ヶ月ぶりです。
長屋 この展覧会も3月11日に開幕する予定でしたが、国立新美術館自体が2月29日から臨時休館になり、ようやく6月24日に開幕することができました。本展では展示室を8つの部屋に仕切り、8人の現代アーティストの作品と、江戸時代以前の絵画や仏像、陶芸や刀剣の名品を組み合わせて展示しています。
片桐 アーティストの方たちはどんな基準で選んだのですか?
長屋 日本を代表する作家の方に参加いただきたいという思いと、さまざまなジャンルに目配りしたいという思いがありましたので、現代美術、写真、彫刻、建築、デザインなど、各ジャンルの第一線で活躍する方に依頼させていただきました。古典作品との相性が良かったり、制作に対するスタンスに共通点があったり、また、意外な組み合わせというのも考えましたね。
禅画とモノ派のインスタレーション
「仙厓×菅木志雄」
長屋 最初の部屋は「仙厓(せんがい)×菅木志雄(すがきしお)」と題して、江戸時代の禅僧だった仙厓(せんがい)の掛け軸《円相図》と、「もの派」の中心的存在である現代美術家の菅木志雄さんによるインスタレーションが並びます。
片桐 かたちは丸と四角、素材は石と木と亜鉛板のみ・・・すっごくシンプルですね。
長屋 菅さんの作品《支空》は1985年の作品なんですが、この天井の高い展示空間に合わせて石を吊るす新作とともに、再制作して出品いただきました。
片桐 絶妙な位置に浮かんでいますね! このバランスはむちゃくちゃ難しいですよ!
長屋 《円相図》の展示位置に合わせて、菅さんは短時間でこの配置を決めてくださったんですが、出来上がってみたらピタッとハマったので驚きましたね。
片桐 《円相図》の丸は何を意味しているんですか?
長屋 この禅画は、丸を描いた横に「これくふて御茶まいれ」という書が添えられています。禅画で丸を描いたものを「円相」といって悟りや宇宙を表しているのですが、仙厓はこの丸を饅頭に見立て、これを食べてお茶でも飲めという。
片桐 へえ〜、シャレなんですね!
長屋 あるものを、なくしてしまえという思想なんです。菅さんもシンプルに、あるものはある、ないものはない、という表現をされている。
片桐 そういうお話を聞くと「なるほど」と思いますが……現代美術も禅画もバカには分からないという感じがしないですか!? そのままシンプルに感じ取ればいいんでしょうけど、ついつい、何か意味がほしくなってしまうんですよね(笑)。
日本的な死生観を写す
「花鳥画×川内倫子」
長屋 次の部屋では、写真家の川内倫子さんの作品と江戸時代の花鳥画を紹介しています。江戸時代には、南蘋派(なんぴんは)や 黄檗画(おうばくが)、また琳派(りんぱ)などによる新しい花鳥画が盛んになります。はかない命や、うつろいゆくものを精緻に描きとろうとしました。
片桐 若冲は鶏を多く描いていますよね。植物にしても、花が咲き誇っているものもあれば、枯れたりしているのも描いていて、自然をよく観察して描いている。
長屋 庭で鶏を飼いながら描いていたといいます。生命の力強さやはかなさといった死生観も伝わってきます。その感覚が、現代を生きる川内さんにも通じているんじゃないでしょうか。
片桐 死んだにわとりの首とか、ヘソの緒がついた状態の赤ちゃんとお母さんとか……川内さんの写真は生と死が並列ですね。
長屋 そうですね。身近な生きものの生や死を切り取っているのですが、光の使い方が独特なのでどこか非現実的にも見える。抽象度が高いとも言えると思います。
1木づくりの彫刻対決!
「円空×棚田康司」
長屋 第3の部屋では、全国を旅しながら仏を彫り続けた円空と、棚田康司さんの彫刻を並べて展示しています。
片桐 一本の木から彫り出す手法が共通しているんですね。
長屋 どちらも木の性質を生かした彫刻なので、この部屋は森のような雰囲気があります。
片桐 円空は旅しながら何万点という仏像を彫っているんですよね。何でも1万をこなせば分かるものがあると言いますけど……円空は木を見ただけで、パッとイメージが見えたんじゃないでしょうか。
長屋 棚田さんも木を見て、イメージをして、そこにあるものを彫り出していくという表現をされますね。
片桐 円空はお寺の暗がりの中で見るのとはまた感じが違いますね。
長屋 もともと安置されているお寺で見るよりも、ユーモラスな一面が強調されるのかもしれません。
片桐 笑っているようで、厳しくも見えるというのが、仏教としては効果があったのかもしれませんね。
長屋 棚田さんには、3メートルを超える巨大な新作も制作していただいています。
片桐 前から見ると、ものすごく滑らかに肌や洋服の質感が彫られているけど、裏は木を切ったままの地肌がむき出しになっていて……。1本の木からこんなに表情豊かな表現ができるんだということを、より実感できますね。
神話的、根源的なパワーを感じさせる
「刀剣×鴻池朋子」
片桐 うわ! 何ですかコレは!?
長屋 鴻池朋子さんの《皮緞帳》という作品で、もともと真ん中を離さずに1枚で展示されていたものなんです。
片桐 真ん中から刀で切り裂かれているんですね!
長屋 そうなんです。縫い目をほどいて、真ん中に裂け目を出現させています。
片桐 その裂け目を行き来している頭は? 宇宙人グレイみたいですよ!?
長屋 境界を行き来するものとして、いろいろな意味を想起させるものですよね。
片桐 この緞帳は何が描かれているんでしょう? 動物や植物、細胞とかいろいろなイメージが混ざり合っていますね。
長屋 鴻池さんは人間と自然が渾然一体となった神話的なイメージを描いています。刀剣も神話や伝説に登場するアイテムであり、人間と自然界とをつなぐものなのかもしれません。
片桐 刀剣はどうやってみたらいいのか難しいですよね。太刀、剣、刀、脇指とか種類もいろいろあるし……刃文を見ると言いますよね?
長屋 地鉄(じがね)、姿、刃文に注目します。刃文は、焼き入れの際に土を塗ってその形をつけるそうです。ゆるやかな波模様だったり、ギザギザとしていたり、その種類もさまざまあります。
片桐 もともとは戦いの道具だったのが、次第に様式美を追求するようになっていくというのが面白いですよね。それにしても、刀剣の存在感がこれだけ強い中で、この緞帳とグレイの頭が拮抗して向き合っているというのがすごいですね。
祈りと対話の空間が出現
「仏像×田根剛」
片桐 なにやらお経の声が聞こえてきますね。
長屋 次の部屋では、世界的に活躍する建築家の田根剛さんに、滋賀県の西明寺にある日光・月光菩薩の展示空間を演出していただいたのですが、かなりチャレンジングな展示になりました。
片桐 うわ、暗い! 照明が上下に動いているんですか!? 暗闇の中から菩薩像が徐々に浮かび上がってきますね。
長屋 田根さんは、宗教性も含めて鑑賞するというコンセプトで設計されています。光や音の演出によって、祈りの場という空間を意識できるようになっています。
片桐 こういう照明の下で仏像を見るのは初めてですね。
長屋 西明寺のご住職に特別にご許可いただいて実現しましたが、他ではなかなか難しいかもしれませんね。
片桐 これ、ちょっとハマってしまいますね! ただ照明が動いているだけなのに、ずーっと見ていると、ふと自分は今何をみているのかわからなくなるというか……異世界に引き込まれそうになりますよ!
軽妙洒脱なパロディ!
「北斎×しりあがり寿」
片桐 きました、しりあがり寿さん! 濃密な宗教空間から、いきなりポップに振り切りましたね。
長屋 葛飾北斎の《冨嶽三十六景》を、しりあがり寿さんがパロディにした《ちょっと可笑しなほぼ三十六景》。タイトルからおかしいですよね。
片桐 「アンテナバリだち」とか、うまいんだよなあ〜!
片桐 これなんて、2艘の船の形をロボットの腕に見立てていますよ!? よく考えつくなあ〜。ああでもない、こうでもないっていろいろ考えたんでしょうね。
長屋 風景の一部を変えるだけで、作品自体がガラリと変わってしまうというが面白いところですよね。映像作品《天地創造from四畳半》は、本物の4畳半の畳を壁に設置していて、その上から映像を投影しています。
片桐 真っ裸の北斎が出てきましたよ! わはは! なんで裸なんだよ〜! 北斎もちょっとギャグっぽいところがありますよね。それを、しりあがり寿さんがさらにパロディ化するという、壮大な大喜利が展開されていますね!
いきなりオシャレワールド!?
「乾山×皆川明」
長屋 次の部屋では、江戸時代の陶工、尾形乾山(けんざん)のうつわや陶片に、デザイナー、皆川明さんのテキスタイル、洋服、ハギレを組み合わせて展示しています。
片桐 こうして見ると、乾山はグラフィックデザイナーのようですね。
長屋 乾山は自分の窯を持っていて、多くの製品を作る中でプロデューサー的な役割を担っていました。そういう意味で、皆川さんと似ていると思います。
片桐 手描きの素朴さというか、可愛らしさも似ていますね。
長屋 手描きの風合いを生かしているところに共通点がありますね。
片桐 お〜しゃ〜れ〜。仏像見て、しりあがり寿さん見て、急におしゃれという(笑)。怒涛の3部屋ですね!
ラストはアヴァンギャルド対決!
「蕭白×横尾忠則」
長屋 最後の部屋を飾るのが、曾我蕭白(そがしょうはく)と横尾忠則さんです。横尾さんは、90年代頃から蕭白の作品を引用したり、オマージュを捧げた作品を制作していますが、この作品は、この展覧会のために描かれた新作のひとつで、蕭白の《寒山拾得図》を元にしています。
片桐 掃除機とトイレットペーパーを持っていますよ!
長屋 寒山の持つ巻物がトイレットペーパーに、拾得の持つほうきが電気掃除機になっています。
片桐 針のない時計とか、首吊りロープとか、象徴的なアイテムが散りばめられていますね。時代も場所もはっきり特定できないし……2人が異次元にいるような、不思議な雰囲気ですね。
長屋 こちらは蕭白の《群仙図屏風》ですが、体の細部をデフォルメしたり、墨と金泥で細密に描写したりと、蕭白独自の手法が際立っています。
片桐 蕭白の描く顔って独特ですよね。蕭白は、どこかの派閥に属していたんですか?
長屋 室町時代の曾我蛇足(じゃそく)という画家の後継者として、曾我姓を名乗っているのですが、蕭白の生きていた江戸時代にはすでに時代遅れと思われて継承者もいなかった流派なんです。
片桐 こんな強烈な印象を残す画家って、この時代にそれほどいないですよね?
長屋 そうですね。蕭白は曾我派はもちろん、狩野派や中国絵画などを吸収して、自らの画風を打ち立てていきました。横尾さんも、古今東西の美術や自分の記憶など、あらゆるイメージを引用しながら、オリジナリティあふれる作品にしてしまう。2人のそうした制作スタンスは、リンクする部分があると思います。
長屋 これで全8部屋を巡りました。
片桐 部屋が変わるたびに、全く違う展覧会に来たのかと思うような、バラエティに富んだ展示が面白かったですね!
古典の大家と現代の一流のアーティストの方のコラボレーションというのは、国立新美術館だからこそ可能な企画。 皆さんそれぞれが美術館で個展を開いているような方ばかりなので、その作品をダイジェスト的に見られるという贅沢さもあるし、古典とのコラボということで、いつもとちょっと違った面も観られるという楽しさもある。アーティストの方が、楽しんでやっている感じが伝わってきました。
長屋 そうですね。思いのほか、作家さんたち乗ってくださったのでありがたかったです。あと、古いものって、過去に存在したというだけではく、今を生きる私たちのものでもあるという視点でも観ていただけるかなと思います。
片桐 たしかに、古典作品が現代の作品とコラボすることで、ちょっと違う感じに見えてくるんですよね。特に乾山なんて、逆に新しく見えてきました。古典の知識がなくても、自由に観て楽しめる。意外性があったり、新しい発見があったり。そこがこの展覧会の一番のポイントじゃないでしょうか。
構成・文:渡部真里代 撮影(片桐仁):福田栄美子
プロフィール
1973年生まれ。多摩美術大学卒業。舞台を中心にテレビ・ラジオで活躍。TBS日曜劇場「99.9 刑事事件専門弁護士」、BSプレミアムドラマ「捜査会議はリビングで!」、TBSラジオ「JUNKサタデー エレ片のコント太郎」、NHK Eテレ「シャキーン!」などに出演。講談社『フライデー』での連載をきっかけに粘土彫刻家としても活動。粘土を盛る粘土作品の展覧会「ギリ展」を全国各地で開催中。