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『アイリッシュマン』アル・パチーノとロバート・デ・ニーロ レジェンド俳優たちの軌跡をたどる

リアルサウンド

19/12/18(水) 10:00

 Netflix作品『アイリッシュマン』の全世界配信が11月27日よりスタートしている。

参考:知る人ぞ知る状態になってしまっている「Netflix映画の劇場公開」問題を考える

 本作は巨匠マーティン・スコセッシ監督による大作であることはもちろん、アル・パチーノ×ロバート・デ・ニーロという、映画ファンなら垂涎ものの共演が実現している。その徹底した役作りと他を圧倒する存在感で多くの俳優陣からも支持を得る“アクターズ・アクター”であるだけでなく、両者が出演した作品群は今日の映画シーンに甚大な影響を及ぼす存在だ。

 長きにわたりそれぞれが唯一無二の存在としてあり続けながら、これまでのキャリアにおいてクロスオーバーしてきた二人のレジェンドの軌跡を振りかえる。

■逆境の中で生まれた役者アル・パチーノ
 1940年、マンハッタンに生まれブロンクスで育ったアル・パチーノが演技に興味を持ったのは、貧しい生活のなか女手ひとつで彼を育てた母が映画好きだったということが大きな理由だった。一緒に観た映画の登場人物を真似すると母はとても喜んだことで、パチーノは役者を志すようになったという。しかし、演技を学ぶ資金を得るため数々の仕事を渡り歩きながら小劇場やブロンクスのストリートで寝泊まりをする生活を送っていたさなか、最愛の母を亡くす。

 当時を「人生において最低の時期だった」と言い、「母の死に後押しされた」パチーノは、アクターズ・スタジオの門を叩く。後に『ゴッドファーザー』で共演するマーロン・ブランドやジェームズ・ディーンら、アメリカの映画史を拓いたスターたちを輩出した名門で、メソッド演技法を学ぶ。彼自身「そこで学んだことは俺の人生で大きな意味をもたらした」と振り返っている通り、キャラクターのバックグラウンドを探求しよりリアリスティックな役作りへと繋げていくこの演技法は、今日“型にはまらない”同じ演技を二度とやらない”として知られる役者アル・パチーノが持つ最大の特徴である。

 徹底したリサーチに自身の感性を照らし合わせ表現することで確立される超現実的キャラクター描写は、彼にとって役者人生の転機ともなる『ゴッドファーザー』のマイク・コルレオーネ役をもたらすこととなった。

 ジャック・ニコルソンやロバート・レッドフォードという当時既に名の知れていた役者陣のキャスティング案を振り切り、無名のパチーノを抜擢したフランシス・フォード・コッポラの意図は、マイク・コルレオーネという繊細な男がみせる変化の過程を、当時興隆していたアメリカン・ニューシネマの特徴であるリアリティーをもって表現することであった。パチーノ自身「誰も俺に出演してもらいたくなかったんだ。コッポラ以外はね」、「“どうやって俺はこの役を演じるんだよ”って思ってたんだ」と語っているとおり、撮影現場でも戸惑いの色をみせていた彼の姿に映画会社の関係者による降板を求める声が高まっていた。

 そして『ゴッドファーザー』屈指の名場面と語り継がれる、マイケルがレストランに忍び込み敵を暗殺し悪の道に進むきっかけのシーンで、役者アル・パチーノの本領は発揮される。これまでの萎縮していた様子をはね除け、誰しもの想像を超える型破りな表現により見事一人の男が悪者へと転身する瞬間をみせたパチーノに、それ以降懐疑の目を向ける者は誰もいなかった。

 マイケル役の演技は高い評価を受け、アカデミー候補となるだけでなく『スケアクロウ』『セルピコ』といったアメリカン・ニューシネマの傑作に出演するきっかけとなった。

■内気な男がデ・ニーロ・アプローチを編み出すまで
 アル・パチーノの3年後、同じくマンハッタンに生まれリトル・イタリーで育ったロバート・デ・ニーロが演技と出会ったのは、小学校の学芸会で『オズ魔法使い』のライオンを演じてからだった。内向的な少年は、自己の分身ともいえる臆病なライオンになりきることで自分の心のうちを語りながら他の人格になりきる喜びを発見し、役者に憧れることとなる。パチーノと同様に母ひとりに育てられたデ・ニーロは、ストリート・チルドレンのグループと交流しており、リトル・イタリーの路上でいつも静かに読書をしている色白な青年だった。後にデ・ニーロもアクターズ・スタジオで学ぶこととなるが、先に述べたパチーノのメソッド演技法に対するアプローチとの違いはその時点から現れている。

 当時デ・ニーロ自身が作成したオーディション応募用のポートレートからは、10代の青年から老人まで、外見から様々な役柄になりきった姿が見られる。これは彼の代名詞“デ・ニーロ・アプローチ”と呼ばれる、メソッド演技法を発展させた演技手法の萌芽で、『タクシー・ドライバー』で、実際にNYのタクシー運転手として働く経験を積み、実在のボクサーを描いた『レイジング・ブル』では、ボクサーの現役中と引退後の姿を大幅な肉体改造によって表現するなど後の代表作にもみられるものだ。

 デ・ニーロの初期作『御婚礼/ザ・ウェディング・パーティ』を手掛けたブライアン・デ・パルマは、同作のオーディションにおける彼を「非常に内気で話すのが苦手だった。何とか上手くやろうと必死だった」と語り、あまりの緊張でセリフを上手く言えずパニックになって部屋から立ち去ってしまったという名優の意外なエピソードを明らかにしているが、外見やバックグラウンドから作り込みキャラクターになりきる“デ・ニーロ・アプローチ”は、その繊細であがり症な気質あってこそ形成された手法であったのだろう。

 その後『タクシー・ドライバー』『レイジング・ブル』『キング・オブ・コメディ』など映画史に残る名作を生み出すタッグを組むこととなるマーティン・スコセッシの『ミーン・ストリート』に出演し、全米映画批評家協会賞を獲得しデ・ニーロはその名を広めていく。

■『ゴッドファーザーPARTⅡ』で出会った二人は、一躍スターダムへ
 『ゴッドファーザー』のマイケル役で初のオスカーノミネートを果たしたパチーノ。同役はデ・ニーロもオーディションを受け、惜しくもパチーノに譲り渡す結果となったが、当時のスクリーン・テストと『ミーン・ストリート』における彼の演技はコッポラに強烈な印象を残し、続編『ゴッドファーザー PARTⅡ』で若き日のヴィトー役に抜擢されることとなる。本作は批評家たちからも「前作に勝るとも劣らぬ傑作」と大絶賛され同年度のアカデミー賞では作品賞をはじめパチーノが主演男優賞、デ・ニーロが助演男優賞でノミネート、そしてデ・ニーロに初めてのオスカーをもたらす。

 互いにとって大きな転機となった『ゴッドファーザー』の出演であったが、同作内において二人が実際に顔を合わせるシーンはなく、それから約20年後に公開された『ヒート』が正真正銘の初競演作となった。『ゴッドファーザー』以降、デ・ニーロは大幅な肉体改造で挑んだスコセッシ作品『レイジング・ブル』で、パチーノは『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』において盲目の軍人役を演じ悲願のオスカーを獲得、それぞれがハリウッドを代表する役者としてその地位を不動のものにしていた。

 そのため、『ヒート』における60年代のシカゴを荒らし回った実在の犯罪者に扮するデ・ニーロと彼を追いかける刑事であるパチーノが会話を交わす緊迫に満ちた6分間のシークエンスは“2大スターによる演技合戦”として映画ファンの注目を集め、現在でも記憶に残る伝説の名場面として語り継がれる。しかしこのシーンは、テーブルを挟んで向かい合う両者が同じショットに収まることはなく、各者のバストショットが交差するのみである。誰もが注目したパチーノとデ・ニーロの競演を2ショットで見せなかったこのシーンには、本作を手がけたマイケル・マンによる明確な意図が隠れている。

■『ヒート』の会話シーンが表す、コントラストと共通点
 作中、デ・ニーロ演じるニール・マッコーリーとパチーノ演じるチャック・アダムソンの間には、追われる犯罪者と追う刑事の立場を超えた関係性が横たわっている。両者は任務をやり遂げることに自身のアイデンティティを据えるもの同士であり、そして自ら律したルールに沿って行動するお互いはシンパシーとともに尊敬の念を抱いている。そんな二人が遂に対峙し語り合う該当シーンについて、マン監督は「コインの裏と表のようであり、似た者同士でもある関係性を描いた」と解説している。

 わずかな会話と視線の交差のみで二人の男のコントラストとシンパシーを見せるたった6分間のシークエンスは、まさに同時代のマンハッタンで演技の道を志し同じ学舎で夢を追いかけ、時に一つの役を取り合いながら、独自の演技アプローチで唯一無二の役者として在り続けてきた両者が交わることではじめて到達し得る表現を引き出すものだったのだ。

今もなお愛されるレジェンドたちが最新作で見せる“生き様”
 その後2008年にはジョン・アヴネット監督作『ボーダー』にて再共演を果たした二人のレジェンドは、これまで幾度となく比較され、時にライバルとして語られてきた。70代も後半にさしかかった今もなお、映画人に愛されラブコールが送られているのは、彼ら以外の役者には演じることのできない“代えがきかない役”があるからだ。

 パチーノは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、デ・ニーロは『ジョーカー』と今年を代表する話題作に出演しているが、それぞれ二人の存在が色濃く影響を及ぼしている。“映画界きってのシネフィル”として知られるクウェンティン・タランティーノはこれまでも自身の愛する作品の引用や敬愛する役者陣の起用を行ってきたが、テレビが一般普及したことにより映画産業が斜陽となったハリウッドを描く『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、彼の映画愛が顕著に現れる内容だ。

 過去作『レザボア・ドッグス』の大きな特徴である印象的な台詞回しは、パチーノによる代表作のひとつ『スカーフェイス』の影響下にあることからも、タランティーノが『ワンス~』において自身の映画愛を語る上で欠かせない存在としてパチーノをキャスティングしたことは明白だろう。

 また『ジョーカー』に至っては、監督のトッド・フィリップス自身がデ・ニーロの主演作『タクシー・ドライバー』『キング・オブ・コメディ』のファンであり、両作に対するリスペクトを詰め込んだ作品であることを公言している。

 『ゴッドファーザー PARTⅡ』での出会いから45年後、そして『ヒート』の伝説的競演シーンから更に約25年後、『アイリッシュマン』でパチーノとデ・ニーロは再び同じシーンに収まる。両者をスクリーンの中で出会わせたスコセッシは、共演の意図について「この時代におけるNYのバックグラウンド、そしてストリートの作法を理解した役者を起用する必要があった」「『アイリッシュマン』で見られるのは、過去40年にわたり友人関係を築いてきた二人の役者が持つ魔法なんだ」とコメントしている。

 本作において人生の盟友との再共演を遂げたお互いが「役者同士の友情は俺たちを結びつけた。お互い顔を合わせることはあまりないけれど、会えば俺たちは同じものを抱えていることが分かる。ある意味でボブ(デ・ニーロ)とは一生をかけてお互いを支えあっていると言えるだろう」(パチーノ)、「二人ともまだ仕事をしているということが嬉しいんだ」(デ・ニーロ)と語っているように、対照的でありながら時にクロスオーバーしてきた名優の絆が本作にもたらす“魔法”は、アイリッシュマンとホッファの姿を介しながら、一時代を築き上げてきた男同士の生き様そのものを映しだしているのだ。

●参照
https://www.theguardian.com/film/2019/nov/01/robert-de-niro-and-al-pacino-were-not-doing-this-ever-again
https://www.theguardian.com/film/2014/oct/29/godfather-al-pacino-role-coppola-didnt-want
https://m.economictimes.com/magazines/panache/weve-helped-each-other-throughout-life-al-pacino-opens-up-about-bond-with-robert-de-niro/articleshow/71864077.cms

https://www.cinematoday.jp/news/N0112616

■菅原 史稀
編集者、ライター。1990年生まれ。webメディア等で執筆。映画、ポップカルチャーを文化人類学的観点から考察する。

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