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長谷川博己と染谷将太は“父と子”のようだった 愛の物語としての『麒麟がくる』

リアルサウンド

21/2/13(土) 8:00

 大河ドラマ『麒麟がくる』の、すべてを明智光秀(長谷川博己)と織田信長(染谷将太)の愛の物語へと収れんさせた最終回「本能寺の変」の興奮が醒めやらない。かつて大河ドラマは大御所作家の歴史小説を原作とし、英雄たちの活躍を描く重厚な歴史絵巻だった。とりわけ群雄割拠の戦国時代を描く大河は群像劇の様相を呈し、大がかりな合戦シーンが見どころだったことは言うまでもない。『麒麟がくる』では幾つかの有名な合戦シーンが省略されたが、コロナ禍のせいばかりではなかったことが最終回ではっきりした。この大河が描きたかったのはそこではなかったのだ。

 『麒麟がくる』が光秀と信長の愛の物語に着地したことは既にネット上でも多く指摘されている。では、それはどういう愛だったのだろうか。ここではそこを掘り下げてみたい。

水の人=明智光秀 火の人=織田信長

 終盤に際立ったのは、信長の絶望的な孤独である。安土城の途方もなく広い大広間で松永久秀(吉田鋼太郎)が仕掛けた罠である「平蜘蛛の茶釜」をめぐり光秀と対峙するシーンでは、両者の埋めようもない距離が可視化され、妻・帰蝶(川口春奈)にも去られて広大な空間に独り取り残される信長の空虚な姿が象徴的だった。何が信長をそこまで孤独にしてしまったのか。

 日の光で赤く染まった海の彼方から小舟に乗って現れる信長の登場シーンは印象的だった。この時の信長は、最終回で光秀が振り返るように、「海で獲った魚を安く売り多くの民を喜ばせる」心優しい若者だった。ここで海から現れたことは重要だ。なぜなら、このドラマでは一貫して「水」は光秀を表していたからである。最終回、本能寺で赤い血を流しながら燃え盛る火に包まれる信長と、早朝の淡い光を浴びて水色桔梗の旗をはためかせる明智軍の青みがかった軍勢、とりわけ水色をあしらった陣羽織を身につけた光秀との対比は鮮烈だった。

 光秀は初回の登場シーンから水色の衣裳に身を包んでいたことからも、水色はトレードマークだったと言える。光秀は、いわば「水」の人なのである。水は智将・光秀の理性や知性、清廉さを表すとともに、不定形でどの器に注ぐかで形を変える性質を表しているのだと思う。斉藤道三(本木雅弘)、朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)、足利義昭(滝藤賢一)、織田信長と四人の主君に使え、その都度形を変えながら、“麒麟がくる”平らかな世を造るという夢に向かったのだ。しかし初回で光秀が鉄砲を求めて旅をすることも無視できない。鉄砲とは火縄銃である。火を求める水の人・光秀と海から現れた火の人・信長は、相反する性質であるがゆえにもっとも近しい関係でありえたはずだ。二人はどこですれ違ってしまったのか。

光秀は唯一と言ってもいい“幸福な息子”

 信長の変調は、第9回に顕著に表れる。褒められたい一心で竹千代(後の家康)の父・松平広忠(浅利陽介)の首を父・信秀(高橋克典)に差し出すが、父には逆に「このうつけが!」と罵倒される。父にも母にも愛されなかった寂しさが信長の原点にはある。考えてみれば、この大河で父に愛されなかった武将は信長だけではない。初回から、斎藤道三と息子・高政(後の義龍、伊藤英明)との確執が描かれ、それはついに高政が父を打ち滅ぼす長良川の戦いに至る。二人の直接対決において、道三が、実の父は土岐頼芸(尾美としのり)であると信じる高政に「そなたの父の名を申せ」と迫るシーンはどこか『リア王』を思わせて圧巻だった。また、風間俊介演じる徳川家康も父を嫌悪する人物として描かれる。父への愛憎は『麒麟がくる』に通底するテーマの一つだと言えるだろう。

 では、光秀はどうか。実は光秀は彼らとは対照的に、二人の父に愛され、メッセージを託された息子として描かれている。一人は道三だ。息子・高政との確執とは裏腹に、道三は優れた知性と行動力を備えた十兵衛(後の光秀)を信頼し、戦乱の世を終わらせる「大きな国を造れ」というメッセージを託す。だから十兵衛はリア王の末娘コーディリアよろしく明らかに劣勢な道三に加勢するのだ。また、光秀の実父はドラマ開始時点で既に他界しているため画面に現れることはない。しかし、架空の人物でありながら重要な役割を果たす駒(門脇麦)から、「平らかな世をもたらす人は麒麟を連れてくる」という父からのメッセージを間接的に受け取っている。「大きな国を造る」ことと「麒麟がくる平らかな世を造る」という、二人の父から受け取ったメッセージは、終始一貫して十兵衛光秀の目標となり、あらゆる行動の動機として彼を突き動かす。その意味で光秀はこのドラマで唯一と言ってもいい、幸福な息子なのだ。だから光秀には信長の孤独が理解できなかったのではないだろうか。

“選ばれない者”であり続ける信長

 信長の孤独の根底にあるのは、父に褒められたい、愛されたいという渇望である。桶狭間の戦の後で、信長は光秀に問う、「褒めてくれるか?」と。ここからわかるのは、信長にとって光秀は疑似的な父だったということだ。染谷将太が信長を演じたのは、卓抜な演技力はもちろんだが、その若さにあったのではないか。史実では光秀は信長の6歳上だが、長谷川博己は染谷の15歳上である。信長は父に褒められ愛されたい永遠の息子であり、未完成の主君なのだ。

 最終回で信長は光秀に言う。

「二人で茶でも飲んで暮らさないか。夜もゆっくり眠りたい。明日の戦のことを考えず、子供のころのように長く眠ってみたい。長く」

 信長が希求するのは父に愛される幸福な子供時代にほかならない。しかしその実現のために、光秀にかつての主君である将軍・足利義昭殺害を命じる。この文脈から考えれば、この命令の根底に嫉妬があることは明白だ。光秀は、第27回でも信長に「義昭様のおそばに仕えるのか、わしの家臣となるのか」と問われ、迷わず義昭を選んでいる。ここで信長はもう一度光秀に選択を迫ったのだ。そして光秀はここでも「私には将軍は討てませぬ」と返し、またしても信長は選ばれない。武田勝頼討伐で功績のあった家康をもてなす饗応の席で光秀を打擲する有名なシーンも、信頼関係で結ばれた光秀と家康の姿を信長が覗き見るシーンに続くことから、嫉妬の情が読み取れる。それは父を独占したいという子供っぽい欲望だったかもしれないが、天下に限りなく近づきながらも、なお「選ばれない者」であり続ける信長の悲哀がひしひしと伝わってきた。

 「殿は変わられた」と嘆く光秀に、信長は「そなたがわしを変えたのじゃ」と訴える。「大きな世を造れ」と説いた光秀に応え、褒められることこそが、天下取りに邁進する信長を駆動してきたからだ。しかし光秀は信長を愛しながらも、信長の心の叫びを理解することはない。逆に、平らかな世の実現のために、月に向かって大木を登る信長を阻止すべく木を切り倒すことを決意するのである。

 この絶望的なすれ違いが、最終回「本能寺の変」の「そうか、十兵衛か」「であれば、是非もなし」という信長の言葉に、かつてないほどの説得力とともに、やりきれない切なさを滲ませた。笑っているようにも見えた染谷信長が火に包まれる最期を、長谷川光秀は早朝の青みがかった光の中で遠くから見守る。このとき、皮肉な形で水色の空の色と炎の赤い色が混ざり合う。両者を塀が隔てていたとしても、これはこの長いドラマの中で、光秀がもっとも信長の「父」に近づいた瞬間だったかもしれない。

麒麟を待ちながら

 驚いたことに、この後のエンディングでは、生き延びた光秀が描かれた。青く装飾された馬にまたがり颯爽と駆け抜ける光秀の姿は、さながら麒麟と化したようだ。光秀のその後はわからない。しかしここで私たちは、徳川家康の天下平定に多大な影響を与えたという天海僧正こそ光秀であるという俗説を改めて想起させられる。なぜなら天海の兜こそ、「麒麟前立付兜」(きりんまえだてつきかぶと)と呼ばれる麒麟をあしらった兜にほかならないからだ。

 池端俊策の脚本は最初からそこに向かっていたのではないかと私は思う。そして天海が光秀だとしたら、信長の父になり損ねた光秀は、家康の父となって「大きな国」と「平らかな世」をもたらしたのではないだろうか。

■岡室美奈子
早稲田大学演劇博物館館長、早稲田大学教授。文学博士。専門はテレビドラマ論、現代演劇論。放送番組センター理事、フジテレビ番組審議会委員、ギャラクシー賞テレビ部門選奨委員などを務める。4週間に1回、毎日新聞夕刊放送面にコラム「私の体はテレビでできている」連載中。訳書に『新訳ベケット戯曲全集 ゴドーを待ちながら/エンドゲーム』、共編著に『60年代演劇再考』などがある。

■放送情報
大河ドラマ『麒麟がくる』総集編
2月23日(火・祝)放送

NHK総合
(1)13:05〜14:00 第1章「美濃編」
(2)14:00〜15:00 第2章「上洛編」
(3)15:05〜16:20 第3章「新幕府編」
(4)16:20〜17:35 第4章「本能寺編」

BS4K
(1)13:05〜14:00 第1章「美濃編」
(2)14:00〜15:00 第2章「上洛編」
(3)15:00〜16:15 第3章「新幕府編」
(4)16:15〜17:30 第4章「本能寺編」

主演:長谷川博己
作:池端俊策
語り:市川海老蔵
音楽:ジョン・グラム
制作統括:落合将、藤並英樹
プロデューサー:中野亮平
演出:大原拓、一色隆司、佐々木善春、深川貴志
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/kirin/
公式Twitter:@nhk_kirin

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