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映画館の“良い席”ってどこだ? 座席選びから見える鑑賞者の人生観

リアルサウンド

18/12/1(土) 10:00

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第34回は“映画館の良い席ってどこだ?”ということについて。

参考:旧作上映に映画館の“意志”が現れる 「午前十時の映画祭」10年間の文化的功績

「良い席、まだ空いてますか?」

 お客様からそう聞かれるのは、映画館スタッフあるあるのひとつ。聞かれたスタッフは「良い席なんて人それぞれだからなあ」と思いつつ、混んでいるときなら、たいていこんな答えが返ってくるんじゃないでしょうか。

「今からですと、前の方“しか”空いてないですね」
「ちょっと見上げる席に“なってしまい“ます」

 ちょっと待った! 僕は誰一人観客がいなかったとしても、最前列か2列目に座るんだよ。見上げる席って、そもそも映画は見上げるもの、それが作品への敬意の表し方。『ニュー・シネマ・パラダイス』で主人公のトト少年がスクリーンを見下ろしている画なんか、様にならないでしょ! 憧憬ってものが失われているじゃない。

 これはシネコン登場以前に映画に親しんだおっさんの意見(笑)。ただ、僕には映画とは神様仏様のように見上げるべき存在なのです。尊きものを見下ろすという発想は、人類にはないはずです。混雑で後列で観ざるを得ないこともありますが、できる限り前へ。どんな嫌いな映画でも、どんな駄作でも、例え自宅で観ていたとしても見下ろすことはないですし、家で観るとしても、これまでの人生で早送りや途中を飛ばしたこともありません。それは映画で生活の糧を得ている人間として厳守すべき矜恃。敬意を失ったら、必ず仕事に緩みが出るからです。タブレット使用時に見下ろしたり、早送りやスキップするのはただひとつ、エッチな動画だけです。

音響的ベストと映像的ベストの違い
 僕の特殊事情はおいておき、一般的な「映画館の良い席」の模範回答は「中央より数列後ろの列のセンター席」ということになっています。どのくらい後ろかは、真横に壁のサラウンドスピーカーがある列が目安になります。

 理由は、前面、側面、後方についているスピーカーからの距離と音量バランス的にこのあたりが一番良いからです。スピーカーの調整を行うときに、このあたりにマイクを置いて測定することになっているのも大きい。結果、このあたりが数値的には最も正しい場所になります。むろん、劇場のサイズや形状にもよりますので、一概には言えないことは前提です。

 ただこのことを知らない人のほうが圧倒的に多いと思いますが、たいていの場合、このあたりの席から優先的に売れていくのが面白いです。座席表で見たとき、多くの人にとって感覚的に観やすい感じがするのでしょう。

 音に限っては上記の通りですが、では肝心の映像についてはどうでしょう? 音の左右バランスということと同様に、映像も真正面から観るに越したことはありません。斜めから見てはゆがみが生じます。また音響的にはベストは真ん中よりも後ろの列ということになりますが、視覚の没入感を考えると、もっと前の方が良いでしょう。没入感の規定は難しいですが、シンプルに考えれば視界いっぱいにスクリーンが入り切っていることではないでしょうか。スクリーン以外が目に入らなければ、他のことに気を取られることはなくなります。

 そう考えると100席未満の小さな劇場なら最前列でもまだ近寄り足りない、ということもあるでしょう。逆にIMAXに代表される巨大スクリーンの劇場で前方列だと、視界からはみ出してテニスの試合のように首を振らなければならないでしょう。

 音響的ベスト席と、映像的ベスト席の乖離。どちらを取るべきか? しかし問題はまだあります。それはここまで書いてきたのは、他のお客様がまったくいないことを想定している、いわば真空管の中で鉄球と同じ速度で落ちる羽のような話だからです。そこそこ埋まっている劇場での座席選択の場合、音響や映像の質を差し置いて、通路側、あるいは、いっそのこと空いているサイドブロックを選ぶお客様はかなり多いです。売れ方をみても、センターブロックの通路側はど真ん中に次ぐ人気ポジションです。少なくとも片側には誰も座らないことが保証されているとか、途中トイレに行きたくなっても行きやすいとかが主な理由でしょう。このメリットは小さくないので、ハイブリッドで音響ベスト列の通路側とか、映像ベスト列の通路側というのは強力な選択肢になり得ます。

 もっと単純な話、隣に誰も座っていない席、というのは選択要素として大きいはずです。こればかりは後から売れるかも知れず、自分だけでなんとかなるわけではありませんが、最初に席を取ることでプレッシャーを与えることくらいはできます(笑)。両隣に人がいることに比べれば、多少映像にゆがみが出たり、音響のバランスが悪いことなど大した問題ではないという方もいらっしゃるでしょう。それは脳が補正してくれますしね。それほど混んでもないのに、サイドブロックや壁側を選択する方の理由は、画や音の質よりも、誰にも邪魔されたくないということが大きいでしょう。周囲に人がいない席こそが最も没入感を得られる座席だ、というのもその通りだと思います。

“良い席”、3つの判断基準
 まとめますと“良い席”には大きく3つの判断基準があると言えます。

音響的ベスト席
映像的ベスト席
混雑状況別ベスト席

 座席選択には、実はその方が映画鑑賞において「何を最重要視するか」という価値基準が反映されるというわけです。だから“良い席”の定義は難しい。

 これを受けてさらに、この座席選択という問題は、もうひとつ深く掘り下げることができるでしょう。どの座席を選ぶかは、映画というものに対する心理的態度の発現のひとつである、という推論です。もっと突き詰めれば、人生に対する態度の発露、とまで言えるかも知れません。

 映画を観るということは「他者の人生をのぞき見る」ことです。巧みな小説ならば、ほとんど完全な作品世界の一人称的把握感を感じさせることができるかも知れませんが、映画は例え『ハードコア』(イリヤ・ナイシュラー監督)のような完全主観映像で綴っても、他者を端から観ているという感覚が残り続けます。それはVRであっても完全に解消されることはありません。これは感覚や意識に関する高度に哲学的な問題をはらんでいると思われます。

 映画が他者の人生をのぞき見ることであるならば、座席位置とは、目の前で他者に何かしらの物事が起こっているときに“あなたがどこに立つ人間か”を露わにしているのではないでしょうか。寄りに寄って、主人公たる他者の世界に感覚ごと飛び込んで心情を共有しようとするのか、遠目にて観察して全体状況を把握しようとするのか。

 もちろんこれは現実空間での立ち位置とはまた異なるでしょう。前述のように僕は映画は最前列センターに座る派ですが、自分以外の人間の人生を鑑賞する座席位置は、たいてい後方サイドブロック端席です。こうして書いてみるとわかるのは、映画を鑑賞するという行為の喜びは、多分に自己愛的なもの、つまり、他者の人生物語を使って自己の心情を仮託することに快楽があるのではないかと思います。僕を含め濃いめの映画マニアにわりと前方席を好む人が多いのは、こんな理由があるのではないかと考えています。現実に怯えて、怒って、絶望して、自分自身の内面へのさらなる深酔いを求めるのです。

 最後はとても抽象的な話に帰結しましたが、たかが座席選びなれど、かくも底無き深淵であるということです(笑)。真の良い席というのは、その人の人生観に関わるのです。こういう分析を踏まえて、立川シネマシティのWeb予約システムにはさらに手を入れていきたいと考えています。具体的なアイデアは実はもうあるのですが、さてこれをどうやってプログラムに落とし込むべきか。

You ain’t heard nothin’ yet !(お楽しみはこれからだ)

(遠山武志)

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