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笹川真生、『あたらしいからだ』で“覚醒” レフトフィールドポップの新星に初インタビュー

リアルサウンド

19/9/18(水) 18:00

 「楽曲制作からアートワークまでを1人でこなすデジタルネイティブ世代のソロアーティストが本格的に台頭した一年」。2019年を振り返ったときに、おそらくはこんな言葉が語られることになるだろう。そんな印象をより強くさせたのが、9月18日に初のフィジカルリリースとなるアルバム『あたらしいからだ』を発表した笹川真生。高校生から動画サイトへの投稿をはじめ、これまで様々な名義で活動を続けてきた中、今年に入って発表した「ねぇママ」や「官能と飽食」がストリーミングで大きな話題を呼んでいる、20代前半の若き音楽家だ。ウィスパーボイスを用い、退廃的でありながらもポップなその楽曲は、90年代のオルタナ/サイケと、2019年のアイコンとなったビリー・アイリッシュをつなぎ合わせるかのよう。レフトフィールドポップの新星への、記念すべき初インタビューをお届けする。(金子厚武)

見えない誰かのことを追いかけて曲を作っていた

笹川真生 – “あたらしいからだ” (Album Trailer)

ーーアルバムは素晴らしい仕上がりで、これまでの作品と比較しても「覚醒」と言っていいくらいの飛躍があったように感じました。なので、アルバムのことをじっくりお伺いしたいのですが、まずはこれまでのキャリアについて聞かせてください。2012年から宅録曲を動画投稿サイトにアップし始めたそうですが、どんなきっかけがあったのでしょうか?

笹川:高校に入るまでは音楽にまったく興味がなくて、ゲームばっかりやってたんです。でも、高校に入ったら、友達が「これ気持ち悪いんだよ」って、凛として時雨を聴かせてくれて、僕も最初は「気持ちワルッ!」って思ったんですけど、でも聴いてるうちに「すごいぞ」という感覚に変わってきて、こういう音楽を自分でも作ってみたいと思うようになりました。

ーー最初は楽器を手に取った? それとも、最初からパソコン?

笹川:楽器が先ですね。叔父が作曲家で、ギターをくれたんです。あと、ニンテンドーDSの『大合奏!バンドブラザーズ』という音楽ゲームに作曲する機能がついていて、ドラム音源がなかったときとかは、DSをパソコンに繋げたりして、アリものでやっていました。最初に作ったのはインストで……楽器もまともに弾けないし、ひどいものでしたけど。

ーーその後にボカロで曲を作るようになって、「なぎさ」という名前で活動してたんですよね?

笹川:ニコニコ動画は小学生の頃からずっと見ていたので、しばらくニコニコ動画に曲を上げていました。最初は正直ボカロが嫌いだったんですが、saiBという人の曲を聴いて「悪くないかも」と思えたので、取っ掛かりはその人でしたね。

ーー一方で、大学時代は軽音楽部に入って、バンド活動もしていたそうですが、凛として時雨以降はどんなバンドを聴いていましたか?

笹川:しばらくは日本の……ウジウジした方のロックバンドを聴いてました。syrup16gとかART-SCHOOL、BURGER NUDS……特にBURGER NUDSが好きで。

ーーいわゆる「鬱ロック」と呼ばれていた人たちですよね。当然リアルタイム世代ではないと思うんですけど、どうやって知ったんですか?

笹川:オタクっぽい出会い方なんですけど、ニコニコ動画に「鬱ロック曲集」みたいな怪しい動画があって、そこで見つけて。BURGER NUDSとかはもうCDにプレミアがついてて、なかなか買えなかったので、そこで聴いてました。僕は「AM4:00」を聴いて育ったんです。

ーーじゃあ、当時はボカロとバンドを並行してやっていたわけですね。

笹川:別のものだと割り切ってたかもしれないです。バンドも曲は僕一人で作ってたんですけど。

ーーとにかく曲を作るのが楽しかった?

笹川:楽しいといえば楽しいんですけど……でも、単純に楽しいという訳でもないっていうか、他にやることがなかったから……曲を作ることが生活習慣になっていた感じですね。

ーー「音楽で生活をしたい」というのはいつ頃から考えるようになりましたか?

笹川:大学3年生のときに「これで食っていきたい」と思ったんですけど、自分個人の活動でやっていくのは無理だと思ったので、作家みたいなことをやろうと。出身が新潟なんですけど、地元のアイドルの方に「曲を書かせてくれ」っていうメールを送って、曲を書かせてもらったりして。cana÷bissっていう、cinema staffの三島(想平)さんやa crowd of rebellionの丸山(漠)さんも曲を書いているアイドルグループです。

ーーそこから、改めて「笹川真生」として活動しようと思ったのはなぜですか?

笹川:今もコンペをもらったり、企業から案件をもらって、作家として曲を書いてるんです。ただ、仕事なので、相手に合わせて作らなくちゃいけない部分が多いじゃないですか。でも、自分だけで作るってなったら何をしてもいいわけで、それは楽しいぞと。

ーー去年の6月に『Graduation』を出していて、あの作品はボカロのアルバムだったわけですけど、タイトル通りボカロからの卒業をテーマに作った作品だったんですか?

笹川:その通りです。わかりやすいですよね。

ーー大学の卒業ともかけていたり?

笹川:大学は辞めました。

ーー音楽で食べていくと決めたから?

笹川:……そういうことでもなくて、嫌だなって。4年生で辞めたんですよ。

ーー大学を辞めて、音楽をやるために上京してきたわけですか?

笹川:いや、それもあんまり考えてなくて。ただ、環境を変えたかったんです。都内だったら、ネットで知り合った知り合いがいて、「新潟より友達いるじゃん」と思って、キタニタツヤくんに声をかけて、今は同居しています。

ーーキタニくんもボカロPだったわけですもんね。『Graduation』でボカロに区切りをつけたのはなぜだったのでしょうか?

笹川:大前提として、歌を始めたときも自分の声は全然好きじゃなかったんですけど、歌ってほしい人もいないし、「じゃあ、(自分が)歌おう」っていう感じでした。あとは、ボカロが歌うのと人が歌うのだと、聴いてくれる層が違うと思って。ボカロをやってたときのファンの人ももちろん大事なんですけど、そうじゃない人たちにも聴いてほしいと思ったことが一番大きいですね。

ーー10月には自分で歌った『生きてる方がかわいいよ』というコンパクトな作品が出ていて、このタイトルはボカロから生身の人間への移行を意味していたわけですか?

笹川:あ、それいいですね。でも、特にそう思っていたわけではなく、あのときはローファイヒップホップにハマってたので、一回作ってみたんですが、これは残らないと思ったんです。あれって機能的な音楽じゃないですか。「これを聴いてると、リラックスできる」みたいな。でも、そういう機能的な音楽は芸術としての形では残らないのでは、と僕個人は考えていて、それよりも芸術として残るものを作りたいと思っているので、「これじゃないな」と。

ーーリスナーとしては、大学生の頃に鬱ロックと呼ばれるバンドを聴く中で、彼らのルーツに当たる海外のバンドを聴くようになって、ジャンル的にもいろいろ聴くようになったわけですか? 資料には「ブリットポップ、ネオサイケ、インダストリアル、ドリームポップなど、80~90年代の海外シーンからの影響をベースに」とありますが。

笹川:以前まで洋楽は北欧のメロデス(メロディックデスメタル)しか聴いてなくて、高校時代は時雨とチルボド(Children of Bodom)しか聴いてなかったんですけど、1年半前くらいから、急に80~90年代の海外シーンが大好きになったんです。90年代が一番好きで、Nirvana、Radiohead、Oasis、あとThe Flaming Lipsも大好きです。

ーードリーミーだけとちょっとエグイ感じ、わかります。じゃあ、ローファイヒップホップとかも好きだけど、「新しいものが好き」というよりは、年代は関係なく、そのときにハマったものを聴いてる感じ?

笹川:新しいものは常に追い続けた上で、昔にさかのぼっていく感じですね。

ーー今年の2月には『we are friends』というアルバムを出していますが、新作を聴いた今となっては、過渡期的な作品だったのかなという印象です。

笹川:『Graduation』を出してから、『we are friends』までずっと迷走していたんですよね。「何か新しいことをやりたい」と「何か違うな」と思う繰り返しで。なので、『we are friends』はコンセプトとかも特になくて、頭がグチャグチャしたままリリースされていて。

ーーじゃあ、最初に『あたらしいからだ』について、「覚醒した感じがする」って言わせてもらったけど、迷走を経て、自分でも手応えのある作品ができた感覚がある?

笹川:僕も覚醒したなって思います。やっと個性ができたって思いました。

ーーそれは何かきっかけだったり、真生くんの中での変化があったのでしょうか?

笹川:「新しいことがやりたい」「(聴く人に)受けたい」って、目的と手段がすり替わったように盲目なまま、ずっと見えない誰かのことを追いかけて曲を作っていたんです。でも、そういうのはもうやめようと思って。新しくなくてもいいから、自分の好きなことをやろうって……当たり前のことですけど、「自分が好きじゃないものを作ってどうするんだろう?」って、今さら思ったんですよね。なので、今回はとにかく自分の好きな曲を作ろうと思いました。それと僕、春になるといい曲が作れるんですよ。「ねぇママ」を作った時は、その時期と気持ちの変化が被ったことで、いい感じになったのかなって。

ーーポップな部分もありつつ、ダークで鬱々とした側面が強くなっているのは、「受けよう」として作るのをやめて、自分が好きなものを素直に作った結果だと。

笹川:まあ、今まで受けようとして作ったものも、別に受けてなかったんですけどね。

ーーでも、試行錯誤をしながら曲を作り続けたことが新作の背景にはなってると思うから、きっと無駄な時間ではなかったんだと思う。

笹川:それは僕も思います。「ようやく」って感じですね。

(歌詞は)思い出とか風景の色に近い言葉で組み立てることが多い

ーー宅録ですべて一人で作っているそうですが、制作の環境を教えてください。

笹川:DAWは高校生のときに叔父に買い与えてもらったStudio Oneをずっと使ってます。楽器はギター数本とベースがあって、アナログシンセも持ってるんですけど、曲では使ってないです。あと、kemperっていうアンプみたいなやつ(プロファイリングアンプ)を使ってます。

ーー曲はどこから作りますか?

笹川:ドラムからが一番多いです。ドラムをつけて、何となくこれくらいのキーがいいかなって考えて、リズムに合わせてメロを考えて、コードをつけてみたり。

ーーアコギのストロークが入ったフォーキーなタイプの曲もあるけど、弾き語りで作ったりはしない?

笹川:あんまりないですね。歌心がないので、弾き語りで作ってもしょうがないというか。

ーーでも、今回の作品はウィスパーボイスを多用した真生くんの歌自体が明確な個性になってますよね。それこそ、ウィスパーはTKさん(凛として時雨)の影響?

笹川:TKさんはもちろん好きなんですけど……シューゲイザーがすごく好きで、みんな何かボソボソ言ってるじゃないですか。あれって別にサウンドがシューゲイザーじゃなくてもよくない? って思って。それに、かっこよく歌うのは向いてなくて……下手なだけなんですけど、張り上げて歌ったときの声は特に好きじゃないので、徹頭徹尾ボソボソ歌おうと思って……。

ーーでも、曲によってはエモーショナルな瞬間もありますよね。

笹川:騒いでいる曲もありますね。そこはやっぱりTKさんなんですかね……あとは、元plentyの江沼(郁弥)さんとか。男の人の高い声が好きで、ずっと自分では出せなかったんですけど、最近出るようになって……嬉しいです。

ーー一本じゃなくて、コーラスを重ねてるのも大きいですよね。マスタリングまで自分でやっているということで、サウンドの作り込みもかなりこだわってるんじゃないかと思います。ミックスはすごく立体的で、パンの振り方とかも面白いし。

笹川:そう言われると、こだわりがあるかもしれないです。コーラスの重ね方とか、パンの振り方とか……それこそRadioheadとかって、すごく変な処理をしてるじゃないですか。「何でそこからそれが聴こえてくるの?」ってドラムがあちこちにいたりとか、ああいうのはすごく好きです。

ーートム・ヨークも鬱々とした音楽家の代名詞ですしね。さっきローファイヒップホップの話もありましたけど、近年のヒップホップやR&Bのアーティストはガレージバンドで面白いプロダクションの曲を作ってるじゃないですか。真生くんの楽曲にはそういう人たちの感覚と、ここまで挙げてくれた洋邦のバンドたちからの影響が混ざっているのが面白いなと思いました。

笹川:そういうのも好きなので、自然に影響もされてると思うし、たまに意図的に思いっ切り持ってきてたりもします。でも、音に関してはまだ技術も足りないし、やりたくてもわからないことが多いんですよね。もちろん、音の面での個性も欲しいけど、そこに時間を割く前に、まずはいい曲を作る、今回はそっちの方が大きかったです。なので、音に関してはまだまだやれるなって正直思っています。

ーー「いい曲を作る」という意味では、途中で挙げてくれた「ねぇママ」はスタンダード感のある名曲だなと。

笹川:あれができてなかったら、たぶんアルバムを作ってないと思います。それくらい、自分の中で大事な曲になっていますね。

笹川真生 – ねぇママ(Official Audio)

ーー何か作るきっかけやモチーフはありましたか?

笹川:特になくて、ただいい曲を作ろうと思いながら制作していました。変なことしなくても、いい曲ってみんな好きだよねって。モチーフというわけじゃないですけど、頭の中で考えてたのは、スピッツとOasisです。

ーーまさにみんなが思う「いい曲」ですね。その感じは、ラストの「あたらしいからだ」からも感じました。

笹川:「あたらしいからだ」は合唱曲みたいな曲にしたくて作りました。コーラスをめちゃくちゃいっぱい重ねていて、24人の僕がいるんですけど、走馬灯というか、死ぬときに見える景色みたいな曲を作りたかったんですよね。

ーー歌詞に関しては、鬱々とした部分がありつつ、「宇宙」や「海」や「神様」といったワードが何度か出てきて、作品としてのまとまりも感じられました。

笹川:谷川俊太郎さんが大好きで、自分も響く言葉を使いたいとは思ってます。歌詞の一つをとっても平仮名にするとかしないとか、そういうのはすごく考えますね。あと、僕が最も「エモ」たるものだと思っているのが、“諦観”なんです。いい意味でも悪い意味でもなく、「あきらめる」ってエモいなって。『we are friends』までの歌詞って、ただ暗かったんですけど、一歩引いた感じにはしたかったんですよね。

ーー鬱ロックと呼ばれた人たちもそうだったというか、別に暗いことを書こうと思って書いてたわけじゃなくて、ポジティブな曲が多くある中で、普通のこととしてネガティブな曲を書いていたわけで。その精神性は真生くんにも影響を与えているんだろうなって。

笹川:今の自分が思ってることというよりも、ちょっと前の自分を見てるような感覚があるかもしれないですね……少しは大人になったのかもしれない。ただ、「あたらしいからだ」とか、考えて歌詞を作ってはいるんですけど、自分でもよくわからないんです。概念をそのまま出しているというか、そこまで主張したくないし、かといってパーソナル過ぎないようにもしています。説明するための言葉じゃなくて、たとえば、「あのときの深夜のサービスエリアの空気よかったなあ」みたいな、自分の思い出とか風景の色に近い言葉で組み立てることが多いんですよね。だから、他の人が(歌詞を)読んでも「何?」って思われるかもしれません。

ーーでも、きっとそういう言葉に後々で意味が紐づいてくると思うんですよね。「あたらしいからだ」というタイトルも、自分の作家性を手にした現在の真生くんとフィットしたタイトルになっていると思うし。

笹川:「あたらしいからだ」はギリギリまで「祝祭」っていうタイトルにしようと思ってたんですけど、曲のイメージを押し付けてしまうような気がしてしまって。そういうのは避けたいんですよね。その代わり、どうしても押しつけたいときは思ったままタイトルもつけるんですけど。

ーー音楽活動の中で、「ライブ」はどのように位置づけていますか?

笹川:自分の好きな人が生演奏してたら嬉しいじゃないですか。「僕もそう思うよ」と思いながらやっています。

ーー裏を返せば、曲を作る方が好きで、ライブは苦手意識がある?

笹川:いや、ライブ自体はすごく楽しいので大好きです。だけど曲ありきっていう考えではありますね。あと、対バンのイベントで、そこに居合わせた人が「この人いいな」ってなるよりも、僕のことを好きでいてくれた人たちが、もっと好きになってくれる場所を作る、みたいな意識です。ライブでは同期を使うんですけど、音源より音数は少なくて、「官能と飽食」とかもギター、ベース、ドラムだけでやるので、そういうのも自分がお客さんだったら違うアレンジが見えて嬉しいかなと思ったりもします。

笹川真生 – 官能と飽食 (Music Video)

ーー音源はかっちり作り込んで、ライブはまた別ものとして表現するタイプのアーティストが増えてるけど、真生くん的にはバンドっぽさを大事にしていると。

笹川:そうですね。僕の音楽の趣味がそういう感じなので。

ーー手応えのある作品を1枚作り終えて、今後に関してはどのように考えていますか?

笹川:自分で言うのはアレですけど、自分の持ち味とか良さを何となく掴めたかなと思うので、それだけを大事にして、「次は何をやろうかな?」と考えているところです。次はサウンドも妥協なくできたらなと思うし、自分以外の人の手も借りてみたいと思っています。

(取材・文=金子厚武/写真=はぎひさこ)

■リリース情報
『あたらしいからだ』
価格:¥2,200(税抜)
発売:9月18日(水)

収録曲:
01.あのひとが来て
02.キャロル
03.おいで
04.官能と飽食
05.さめない
06.きこえる
07.ランデヴー
08.メチルオレンジ
09.なんもない
10.やわらかな
11.ねぇママ
12.あたらしいからだ

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