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草なぎ剛の演技が持つ“許される”力ーー映画『台風家族』など出演作から探る

リアルサウンド

19/9/9(月) 6:00

 草なぎ剛主演の映画『台風家族』が、9月6日よりついに公開となった。お蔵入りの危機を乗り越えたのは、SNSを中心としたたくさんの声だった。「難しいことはありましたけど、公開できたのは、この映画を楽しみにしてくださっている方の気持ちだけだと思うので、本当に感謝しています」と、インタビューで答えている草なぎ(参照:映画.com)。

(参考:新しい地図、夏の思い出を作った7.2時間 タランティーノやSCANDALらと共演)  

 “感情の話“と”法律の話“。奇しくも、同作の中で繰り広げられる話し合いと、現実社会で公開に漕ぎ着けるまでの議論がリンクしているようにも感じた。草なぎの主演する作品は、どこか彼のリアルと重なって見える部分が多い。それも、役者・草なぎ剛が魅せる人生劇場の為せる技なのだろうか。

 『台風家族』の舞台は、銀行強盗を起こしたまま行方知れずになっている両親の見せかけの葬儀。失踪宣告から10年、すでに亡くなったと見なされることを知り、長男・小鉄(草なぎ剛)ら鈴木家の4人きょうだいが、財産分与のために集まってくる。

 どんな手段をとっても1円でも多く手に入れようと、お金に対して異常な執着を見せる小鉄。「クズで結構、アホで結構」と開き直る姿は、きょうだいも呆れるほどだ。法律的に見ればクズ。だが、小鉄の事情を知るほど感情的に憎めなくなってくる。ひとつの人格を演じながら、多面的な魅力を放ち、観客の心を揺さぶるのは草なぎ演技の真価だ。

 近年、草なぎは続けて“クズ役”を好演している。『クソ野郎と美しき世界』では妻で美人局をして金を巻き上げるアウトローな夫・オサムを、『まく子』では浮気癖のあるダメ親父・光一を演じた。いずれもスクリーンに出てきたときの印象は、決していい人とは言えない。だが、見続けるうちに、不器用ながらに家族と向き合おうとする姿勢が、観客の心にしみてくる。それは、野球ボールを握る手だったり、息子にさりげなくおにぎりを作って見せる姿だったり……実に何気ない仕草から伝わってくるもの。

 本作でも、娘が直そうとする扇風機を荒々しく蹴飛ばすシーンがある。きっと最初に見た人の多くが、気分が悪くて当たり散らしていると感じたに違いない。だが、見続けていくうちに、それが誰よりも娘の行動に注意を払っている証だということに気づかされる。同じものを見ているはずなのに、まるでオセロがひっくり返っていくように、小鉄の行動がクズから愛すべき男に変わっていく。その感情の揺さぶりは、ある種の快感でもあり、本作のブラックユーモアを支えている肝となっている。

 メガホンを取った市井昌秀監督は、「役の小鉄ではなく、草なぎさんが演じる小鉄を見たい」とリクエストしたそうだ。草なぎの生身が見えるような人間を見せてほしい、と。それに対して、草なぎは正直に「めんどくせえなあ」と思ったと吐露している。クーラーの効いていない蒸し風呂のような撮影現場で、力を抜くことを知らない監督の要求。

 自らを「適当」だと言う草なぎと、大真面目な市井監督を「水と油の関係」「本当にウザかった(笑)」と振り返る草なぎ。それこそ大真面目な人からすれば、ほめられた言動ではないかもしれない。

 もしかしたら、その草なぎ自身が持つ“許される“力こそが、彼の演じるクズを、愛すべき男に変換しているのではないだろうか。どんなに罪深い非道な人間でも、その人なりの正義や信念、そして愛情があることを気づかせてくれる力。

 そんな草なぎの“許される演技“は、多くのルールにがんじがらめになっている現代の一服の清涼剤になるはずだ。いつだって人は、人を許すことでしか、次に進めないのだから。今こそ、役者・草なぎ剛の作品が生み出されることを期待してやまない。(佐藤結衣)

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