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山本益博の ずばり、この落語!

第二十二回『桂文珍』 令和の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ

毎月連載

第22回

20/3/30(月)

『桂文珍 10夜連続独演会 第1夜』(DVD)/発売元:よしもとミュージックエンタテインメント

令和2年2月3月、東京の演芸界ではビッグイベントが3つもあったのだが、2つは新型コロナウイルスの影響をまともに受けてしまった。

1月から始まった新装改築なった渋谷「PARCO」での『志の輔らくご』は2月上旬に公演が終了したため、連日満員御礼のうち、コロナウイルスの影響を全く受けずに千秋楽を迎えられたのだが、2月11日から始まった『神田松之丞改め六代目神田伯山襲名真打昇進披露興行』は、振出の新宿「末広亭」2月中席こそ、いまだかつてないほどの盛況ぶりで、初日など前日から徹夜で客が並んだほどで、連日整理券が発行され、立ち見客で溢れかえったのだが、下旬に政府から「イベント自粛」の要請が出るに及んで、21日からの「浅草演芸ホール」の2月下席は連日満席にはなるもの、3月中旬11日からの「国立演芸場」3月中席はすべて休演となってしまった。勢いがそがれて、まことに、残念である。

『桂文珍 芸歴50周年記念 国立劇場20日間独演会』

2月28日から始まった『桂文珍 芸歴50周年記念 国立劇場20日間独演会』は、公演が中止にはならなかったものの、コロナウイルスの影響をもろに受けてしまった。

連日、豪華ゲストが売り物の公演で「笑福亭鶴瓶」「立川志の輔」「神田伯山」がゲスト出演する日は発売と同時にたちまち完売だったのだが、当日になって、出かけるのを控える客が多く、大劇場の1000席以上もある客席は空席が目立ち、また、多くの客がマスクをしながら落語を聴くという異様な光景が見られた。

私が出かけた日はゲストが柳家喬太郎だったが、幕開き、いきなり桂文珍がスーツに医者の白衣を着て登場し、こんなご時世でも劇場にやってきたお客様をねぎらい、「笑いは免疫力を高めます」と強調して、独演会が始まった。

この日の文珍の高座は『老楽(おいらく)風呂』と『寝床』の2席。

『老楽風呂』は、仕事帰りの年配の男が、銭湯に入ると、湯舟で老人と出逢い、人生の処し方を伝授されるという噺。冒頭で、年配の男が会社でパソコンを扱う場面では、画面の「→」が見つからないと、慌てるのだが、このギャグ、30年も前から使っているが、一向に古さを感じさせないところが凄い。年季を感じさせるのは、登場人物の年齢に文珍自身が重なってきたということだろうか。実感が出てきてリアリティはあるものの、日本の老齢化時代を面白く批評してきたパワーはあまり感じなくなってしまった。

30年前の文珍の自作『老婆の休日』は、実に痛快な面白さだった。病院の待合室が舞台で、毎日、そこへ集まってくるおばあちゃんたちの生態が風刺の対象となる。「〇〇さん、今日は顔を見せないけれど、どこか身体、悪いのかしら?」など、おばあちゃんの目線を忘れずに、実に皮肉と諧謔に富んだ噺の展開だった。

桂文珍は、昭和23年(1948年)12月丹波篠山生まれ。昭和44年(1969年)10月、三代目桂小文枝(後の五代目桂文枝)に入門、兄弟子に桂三枝(現六代目桂文枝)がいた。

月亭八方、桂きん枝、林家小染とユニットを組んだ「ザ・パンダ」では、さほど目立たなかった、と言うより、他の3人とは色合いが違っていた。インテリジェンスと節度があって、「アホ」になり切れないところがあり、そこが、かえって「東京」に受けた要因かもしれない。

2010年には、国立劇場で10日間の独演会を開いたが、上方の落語家としては異例のことで、文珍でしか成し遂げられない快挙と言ってよい。今回、コロナウイルスがなければ、国立劇場20日間連日満席の独演会と言う歴史的な伝説を作れたに違いない。近い将来『リベンジ連続独演会プレミアム』を文珍に期待したい。

豆知識 『落語に出てくるたべもの:玉子焼き』

(イラストレーション:高松啓二)

お弁当に欠かせないアイテムの一つに「玉子焼き」がある。

彩りがよく、甘さのアクセントもよく、お花見のときなど、子供から大人まで楽しめる食べ物。落語の『長屋の花見』に出てくる貧乏長屋の大家さんが用意した「玉子焼き」はたくあんのフェイクだが。

落語『王子の狐』では、実在の料理屋の「玉子焼き」が登場する。女に化けた狐を男が誘って出かけるのが、王子の「扇屋」という料理屋。男は狐が化けた女を酔っぱらわせ、お先に「玉子焼き」の土産をもらって逃げてしまう。十代目金原亭馬生の『王子の狐』が、狐に年増の色気があってよかった。

扇屋はこの「玉子焼き」で有名で、近年まで営業していたのだが、店じまい。そのあと、「玉子焼き」のみ売る小さな店を開いているという。この「扇屋」の「玉子焼き」を一度食べたことがある。窯焼きの玉子にはしっかりと味がしみ込んで、甘辛い味がさぞ下町っ子に受けただろうと思われた。

正月に食べる「伊達巻」と同じ味わいと言えばよいだろうか。

下町の江戸前の鮨屋の「玉子焼き」も同様で、卵に山芋などを加え、なかには芝海老も摺り下ろして入れ、時間をかけてゆっくりと焼き上げる。昔は、どの鮨屋も「玉子焼き」は自前だったから、この味で「鮨屋の仕事の良し悪しが分かった」と言われた。

そば屋の「玉子焼き」は、卵にそばの出汁を合わせた「出汁巻」で、即製仕上げ。ついでに言うと、旅館の朝ごはんに出てくる「玉子焼き」もこの「出汁巻」である。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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