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樋口尚文 銀幕の個性派たち

原田君事、「仕出し」渡世の正念場

毎月連載

第43回

今まさに活躍中のバイプレーヤー諸兄から鬼籍に入られた異能の先達まで、いつの間にか何十人もの“個性派”俳優の皆さんをとりあげてきたが、今回はさらに少し踏み込んで“個性派”として観客に覚えられることもなく、しかし確実にスクリーンの一隅で頑張って作品を肉付けすることに貢献してきた“無名戦士”のごとき人をとりあげたいと思う。つまりそれは“脇役”よりも目立たない、でも画面の彩りには必要な“その他大勢”にあたる要員で、業界では古来“仕出し”と呼ばれる人たちである。映画マニアのなかには、こういう言わば職業的エキストラの顔を覚えている向きもいるかもしれないが(たとえば『砂の器』で主人公の作曲家の取り巻きとして出て来る若い髭の外国人青年が『華麗なる一族』冒頭の志摩のホテルにも国際色を出すために歩いている……のだが、彼の名を知る人はいない)。

ちなみに“仕出し”は台詞はないのは当たり前で映っても一瞬、しかも顔が画面から見切れていることもしばしばなので、われわれが“仕出し”にスポットをあてようにも、それが誰で他にどんな作品に出ているのかという記録など残っている由もなく、ちょっと書きようがないのである。ところが、先日オーチャードホールで開催された『八甲田山』シネマ・コンサートで、北大路欣也さんと秋吉久美子さんをお招きしてのトークの聞き手を担当した際、ご一緒に本篇を観ていてあの雪中で遭難して狂い、極寒のなかふんどし一丁の裸体になって絶叫絶命する北大路部隊の兵卒はいったい誰なのだろう、と気になった。その未知なる俳優が“原田君事”という独特な芸名であることはすぐわかったのだが、当たり前のことながらこの人の沿革にふれた記事など皆無である。だが、さらに掘っていくとこの現在77歳の原田氏が、なんと「映画『八甲田山』のふんどし男 75」なる自叙伝を自費出版していることを知り、すぐさま手に入れた。

この本のタイトルが物語るように、『八甲田山』のあの鬼気迫る役は原田氏一世一代の大役で、その登場カットは秒数にするとごく短いものながら、その十八年の役者人生のなかでほぼ唯一といっていい“多くの観客が知っている名場面”なのだった。そして、自叙伝にありがちな粉飾誇張もなく、むしろ作品歴を淡々と語っている点が理想的な本書は類を見ない“仕出し”という職業の記録となっており、名もなき俳優の日常や現場の雰囲気、そこで思うことがほどよいボリュームで語られている。

神戸に生まれ、石原裕次郎のロケに接して猛烈にあこがれを持ち、邦画各社のニューフェース試験を受けるも軒並み落ちてしまう。だが、たまたま1966年の野村芳太郎監督『望郷と掟』の撮影でエキストラを頼まれ、安藤昇を脅す用心棒というチョイ役をやったのがきっかけで、それまで勤めていた海運貨物系の会社を辞めて、宝塚映画で本格的に“仕出し”を始め(というのは実は正確な表現ではなくもっといい役の俳優を目指しているのだが、頼まれる仕事は“仕出し”ばかりということだ)、次いで東京に出て松竹大船撮影所の大部屋俳優となり、クラブのボーイなどのアルバイトを兼業しながら“仕出し”に明け暮れる。そこには『黒蜥蜴』や『恐喝こそわが人生』など目立った作品も含まれるのだが、本人もどんな役だったのか忘れるような扱いが大半を占める(『男はつらいよ』第一作にチラリと映っているのが氏の数少ない自慢のネタになっている)。

こうして自分の作品で語れるものは少ないのだが、“仕出し”の目から見た監督、プロデューサー、スタアたちの逸話はなかなか興味深いものがある。特にプロダクションで預かってくれた丹波哲郎の思い出などはその素顔を知る貴重な記録で、原田氏はおのずと丹波哲郎主演作にはよくチョイ役で出ていて『砂の器』などは堂々クレジットされているのだが、実際は警視庁の捜査会議に出るために廊下を歩いているだけらしい。

そんな原田氏だから、『八甲田山』のあの狂気の役は、生命にかかわる危険もあるのでスタッフも止めたそうだが、本当に珍しい目立つ役なので買って出た。結果、あまりの寒さで数日間動けなくなるほどのダメージを被ったそうだが、この俳優根性とはいったい何であろうか。そして、映画という魔物は、スタアはおろかこういう無名戦士たちの意欲をたきつけ、残酷なまでに使い倒し、その命の危機などお構いなしに、ひたすらエゴイスティックに自らの魅力を肥やしていくのである。

写真:原田君事著「映画『八甲田山』のふんどし男 75」より
電子書籍作成・販売プラットフォーム「パブー」にて販売中。

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』。新作『葬式の名人』がDVD・配信リリース。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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