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『ここは今から倫理です。』を“学園モノ”として描いた意義 演出&制作統括に聞く

リアルサウンド

21/3/6(土) 8:00

 先の見えない不安な時代だからこそ、「生きること」「人生」を深く考えさせてくれるドラマが心に響く。その一つが、山田裕貴主演のNHKよるドラ『ここは今から倫理です。』だ。

 原作は雨瀬シオリの異色の学園コミックで、合意のない性行為や、自傷行為、深夜徘徊、いじめ、ドラッグなどのテーマが描かれている。『ホームルーム』(MBS)で演じた“ド変態”教師をはじめ、教師役を多数演じている山田裕貴が、本作で演じるのは、ミステリアスで風変わりな倫理教師・高柳だ。

 高柳は問題や悩みを抱えた生徒に対して正義や正論を振りかざすことは一切なく、明快な答えも出さない。したがって、ドラマを観た後にはどこかモヤモヤした思いも残るし、むしろ観終わってからモヤモヤ考える時間のほうがドラマ本編より長いかもしれない。しかし、それがまさに「倫理」なのだろう。(田幸和歌子)

2021年に観てもらう意義

 コロナ禍の現代にピッタリな題材だが、実はこのドラマの企画が最初に出されたのは、約3年前。本作の企画・演出を手掛ける渡辺哲也氏と、脚本を手掛ける脚本家・演出家・女優の高羽彩氏が原作漫画について盛り上がったところから始まった。

「もともと僕は芝居が好きで、10年ほど前に高羽さんの芝居を下北沢に観に行って以来、1年に1回くらい会っていろいろなテーマで(ドラマの企画を)提案していたんです。そんな中、3年前、高羽さんがこの原作漫画についてTwitterでつぶやいていたのを見て、僕も高校で倫理選択だったことから、この漫画を読んでいたので、盛り上がったんです」(渡辺哲也/以下、渡辺)

 最初に企画出しした際には、興味は持ってもらえたものの、ペンディングに。そこで、原作の集英社に打診したうえで、企画を出し直したところ、「よるドラ」枠で揉んでもらえることになった。そこから最終的に制作のゴーサインが出たのが2019年11月頃だったという。

 渡辺氏が企画を出した3年前から、コロナの影響もあって世の中は急速に変化し、奇しくも現在の時代性にピッタリな作品となったわけだが。

「3年前に作っても『今を描く』こと自体は変わらなかったと思います。というのも、脚本の高羽さんは、エンタメでありながら、常に時代性を強く意識したお芝居を作る方で。以前、一度通らなかった企画をもう一度出そうと提案したとき、『あの企画はあの時だから良かったんだ』と言われたこともあるんですよ。3年前に作ったとしたら、3年前の時代にどうアジャストするか悩んだでしょうし、今は2021年に観てもらう気分を、我々も高羽さんもすごく考え、意識しました」(渡辺)

“たかやな”を山田裕貴にオファーした理由

 また、高柳役に山田裕貴を選んだ理由については、こう話す。

「僕が連続テレビ小説『なつぞら』の演出をやっていたとき、雪次郎を演じていた山田さんの印象が人間的に『たかやな(高柳)っぽいな』と思ったんです。『なつぞら』17週で雪次郎くんは、劇団でチェーホフの『かもめ』のトレープレフ役に抜擢されます。その週の演出担当だったんですが、劇中劇『かもめ』をやるときの雪次郎くんのお芝居について、山田さんとすごく楽しく議論したんですよ。作品はもちろんそこで終わっているけど、山田さんとの議論は続いたままの印象があって。人間的に高柳な匂いのする方だなと思ったし、このドラマは届ける側・作る側も“哲学”しないといけない、一緒に悩まないといけないところがあったので、山田さんにオファーしました」(渡辺)

 今回は、全員オーディションで選ばれた10代を中心にした生徒役との「対話」がドラマの軸となる。そのため、10代の子たちの芝居によって、リアクションが変わるところなども面白いところだったと語る。

「撮影前には、どこまで高柳がストイックたるべきかみたいなことを山田さんと話していたんですよ。第2話は、母子2人暮らしで、母親が仕事から帰ってくるのが遅く、家に帰っても誰もいないから、仲間と夜中まで遊び歩く幸喜くん(渡邉蒼)の話。クライマックスは電話越しのシーンで、幸喜くんの近くで実際に掛け合って芝居してもらいました。撮っていく中で、電話越しで相手に顔が見えないからこそ、感情の出しどころなんじゃないかなとも感じていたら、山田さんの芝居も優しさがほのかに出ていました。抑えている中にも、生身の山田裕貴の熱量が出てきてしまうところがある。山田さんが意識して出した部分もありますが、幸喜くんによって変わったところもあると感じました」(渡辺)

 第4話では、高柳にとって因縁がある、”性悪説“のジュダ(成河)が登場する。成河は演劇界では大変人気のある役者だが、彼の迫力ある長台詞と、互いに一歩も譲らない高柳との”善と悪“の対話、異なる“正義”のぶつかり合いは、まるで演劇を観ているようだった。

「成河さんは旧知の仲で、連続テレビ小説『マッサン』のときにもご一緒したんです。良くも悪くも独特の強い存在感がある、目を引く人なんですけど、逆に演劇で観るような凄さを映像で生かすには、役が問われるところもあります。その点、ジュダは彼の演劇で持つ存在感を遠慮なく出してもらって良い役だと思いました。特に舞台『エリザベート』(2019年)で彼が演じたルキーニ役が本当に素晴らしくて、ルキーニをカメラの前でやってくれればと思ったんです。あのセリフ量と難しい言葉をちゃんと届けるのは一筋縄ではいかないし、すんなりカウンターを越える仕草なども、やはりすごいなと。彼だからやれちゃうことがたくさんあるので、欲張っていろいろお願いしました(笑)」(渡辺)

 ジュダの存在感は大きく、セリフ回しも巧みで説得力があるだけに、“人間が本来悪である”主張は、すんなり心に入り込んでくる。しかし、引き留めるのが、山田裕貴の静かながらも熱い受けの芝居だった。

「ジュダのあのまくしたてる感じのセリフ回しも、それを受ける高柳の表情も、リハよりも本番でさらに“上がってくる”感じがして、見ていてドキドキしましたね。原作でもセリフ量は圧倒的にジュダが多いんですが、高羽さんが高柳のセリフをうまく足してくれ、山田さんが必死に踏ん張ってくれたことで、拮抗した関係性が保たれました。『問い続けます』と語り、自然に1、2歩前に歩くのは山田さんのアイデアで、相手役の作る緊張感に必死で立ち向かってくれたと思いました」(渡辺)

ある種の“夢”が描かれている

 また、第1話のメイン生徒の一人・恭一(池田優斗)の叫びから始まる長回しのワンカットも、第3話で時代(池田朱那)の叫びから始まるシーンも、照明などを含めて非常に演劇的な魅力があった。そこには「主役が毎回変わるため、主役を際立たせるために様々な手札を使って行こう」という狙いがあったそうだ。

 ところで、本作には哲学・倫理教師の神戸(ごうど)和佳子先生と向井哲和先生による「高校倫理考証」もついている。制作統括の尾崎裕和氏は言う。

「原作にある話はどれも今の高校生にも響くテーマだと思うんですが、それをどうリアルにするか。高校生だけじゃなく、観ているみんなに響くようにするにはどうすればいいのか。最初に僕が考えたのは、実際に倫理の先生たちに話を聞いてみようということでした。そこで、(演出)渡辺さんと一緒にたくさんの倫理の先生に実際に取材をし、その中からドラマの内容についてより深くご相談したいと、お2人にお願いしました。神戸先生に言われたのは、『倫理の先生が主役の物語は他にないから、凄く期待している』ということ。また、倫理の先生から見てリアルな点、ドラマならではの点があるそうで、『本当に生徒とこんなふうに対話できたらいいなと思う。ある種の夢みたいなものが描かれている』と言っていただきました」(尾崎裕和/以下、尾崎)

 本作は原作同様に、生き方、人生、人間の普遍的なことが「学園モノ」として描かれている。「学園モノ」として描く意味について、尾崎・渡辺両氏はこう語る。

「人間が2000年以上かけて考えてきたことが、実は普通の日常生活、学園生活の様々なことにつながっているということ。生徒の個人的なエピソードだけど、それは実はずっと人類が考えてきたことで、大人である僕らにとっても普遍的で重要な問題だということが、“学園モノ”というかたちで描くことによって、より深く響くと思います」(尾崎)

「舞台は学校だけど、社会や世の中の話をしていること。学校っていうのは本来そういうところで、人生や社会で生きていくことと決して無縁じゃない。それが社会全体という広い舞台ではなく、学校を舞台に描くことによって、より色濃くテーマが際立つのではないかと思います」(渡辺)

 また、Twitterで140字フルに使った長い感想をつぶやく人が多いというのも、この番組ならではの現象だ。

「例えば、第3話の主役・時代(ときよ)が、コンプレックスを抱えているゆえに先生に悪いことをする話について、『時代の気持ちもわかる』という感想が多かったのは、嬉しかったですね。悪い生徒が悪いことをして懲らしめられましたという話じゃない。それがちゃんと響いてくれる人がたくさんいたのは嬉しかったです」(尾崎)

「意外だったのは、放送する前は静かな回だと思っていた第2話の反響が大きかったこと。視聴者にわかりやすく届けたい一方で、簡略化しすぎないことを大事にしていて。第2話の場合、深夜に帰宅するお母さんは、ちゃんと子供のことを気にかけて生きているお母さんなんですよね。親がネグレクトというような話のほうがわかりやすいけど、そうじゃない、漠然としたモヤモヤがあるのが、原作でも面白いところ。高羽さんもそこを丁寧に描いてくれていて、電話で先生と生徒が話すだけのシンプルな構成であるにもかかわらず、キルケゴールの『不安は自由のめまいだ』という言葉が響いたという人がいっぱいいたようです」(渡辺)

 最後に、最終回を目前として、今後の見どころを2人に聞いた。

「毎話それぞれの生徒が主役になっていますが、シリーズ全体として見ると、高柳の物語になっている視点を持つ原作の選び方をしています。高柳という人が最終話に向けてどう見えてくるかを楽しみにしていただければと思います」(尾崎)

「生徒たちの成長が毎話描かれる中、第4話あたりから生徒同士が絡む場面もだんだん出てきました。生徒同士の軸ができてきて、教室のシーンでもいろんな生徒の顔が見えてきています。編集マンは、『最後の方をつないでいると、“アベンジャーズ”みたいな気分になる』と言っているんですよ(笑)。大きな事件はありませんが、単発で見てきた主人公たちが一堂に会して行く様を楽しんでいただきたいです」(渡辺)

■放送情報
よるドラ『ここは今から倫理です。』
NHK総合にて、毎週土曜23:30~放送【全8回】
出演:山田裕貴、茅島みずき、池田優斗、渡邉蒼、池田朱那、川野快晴、浦上晟周、吉柳咲良、板垣李光人、犬飼直紀、杉田雷麟、中田青渚、田村健太郎、梅舟惟永、異儀田夏葉、藤松祥子、川島潤哉、三上市朗、陽月華、山科圭太、木村花代、古屋隆太、成河
脚本:高羽彩
原作:雨瀬シオリ『ここは今から倫理です。』
制作統括:尾崎裕和、管原浩
音楽:梅林太郎
演出:渡辺哲也、小野見知、大野陽平
写真提供=NHK

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