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驚くべき完成度とまさかの結末 イタリア発の正統派ミステリー映画『霧の中の少女』に二度驚く

リアルサウンド

20/2/26(水) 12:00

 2010年代に作られた最も優れたミステリー映画の一つ、『プリズナーズ』(2013年)を撮ったドゥニ・ヴィルヌーヴは、このところSF映画ばかり続けて撮っている。2000年代を代表する世界的ベストセラー、スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』シリーズで最もミステリー色の強かった一作目『ドラゴン・タトゥーの女』をハリウッドで映画化(2011年)したデヴィッド・フィンチャーは、その後シリーズから離脱(ソニーピクチャーズと製作費やギャラが折り合わなかったのが理由だと言われている)し、同じくミステリー色の強かったギリアン・フリン原作『ゴーン・ガール』を映画化(2014年)した後は一本も映画を撮ってない。

 現在の映画界における「ミステリー不足」の一因は、テレビシリーズの活況にある。『ミレニアム』を発火点とする北欧ミステリー・ブームは、『刑事ヴァランダー』、『THE KILLING/キリング』、『THE BRIDGE/ブリッジ』といったテレビシリーズ(いずれのシリーズもスウェーデンやデンマークでオリジナル版が製作された後、イギリスやアメリカで英語版のリメイクが作られた)へと引き継がれた。それまでアートハウス系作品の監督というイメージが強かったジャン=マルク・ヴァレは、HBOで『ビッグ・リトル・ライズ』、『シャープ・オブジェクト』(『ゴーン・ガール』のギリアン・フリン原作)とそれぞれミステリー色の強いテレビシリーズの全エピソードを一人で演出して、監督としての世界的な評価を確立した。主要キャラクターだけはない脇のキャラクターの描き込み、複雑に入り組んだストーリー、意外性のある展開の連続、次のエピソードに持ち越していく謎かけ。確かに、時間の制限が緩いテレビシリーズとミステリーの相性は、2時間の映画に対して大きなアドバンテージを持っているように思える。

 イタリア発のミステリー映画『霧の中の少女』で原作、脚本、監督を務めたドナート・カリシは、そんなミステリー作品の映像化を取り巻く現状を知り尽くした上で、敢えて今の時代にダークでシリアスな正統派ミステリー映画を世に問いたかったのだろう。カリシは大学で犯罪学と行動科学の研究をした後、戯曲家としてデビュー。その後、RAI(イタリア国営放送)のテレビシリーズの脚本家としての活躍を経て、2009年に『六人目の少女』(早川書房から日本語の翻訳版も発売されている)で小説家デビューをすると、一躍国際的な評価を得た。つまり、本作『霧の中の少女』は小説の世界もテレビシリーズの世界もよく知る人気ミステリー作家が自ら企画を実現させ、自ら脚本を書き、自ら演出を手がけた作品ということになる。

 あるイタリアの田舎町で、クリスマスイブの前日に一人の少女が忽然と姿を消す。その少女失踪事件の捜査の指揮をとるために、ベテランの敏腕刑事が都会からやって来る。そんなミステリー作品としてあまりにもベタな設定から始まる『霧の中の少女』は、その後、ジャンルの定型を知り尽くしているが故の数々のミスリードで観客を翻弄し、警察とメディアの癒着、高校での文学の講義などが物語上の重要なフックとなって、最初はまったく想像がつかなかった驚愕の真相へと突き進んでいく。本作を特徴付けているのは、「ミステリー映画」というもしかしたら時代遅れかもしれないジャンルへの迷いのない信頼と、伏線や謎を張り巡らせる際に細心の注意が払われているところ。それは「原作者が脚本を書いて監督する」という、いわば「生産者直送」映画であることからくる純度がもたらす美点だろう。

 加えて、映画監督としてのカリシの鮮やかな手際にも唸らされた。物語の舞台となるアヴェショーの町をミニチュア模型で見せるオープニングシーンのケレン味にも驚かされたが、本編に入ってからも、これが初監督作とは思えないほどの手堅い演出と心地よいリズム感でストーリーが進んでいく。脚本家出身の監督には優れた監督も珍しくないが、ここまで名のある作家で、ここまでデビュー作の時点で映画監督として成熟している存在はちょっと前例が思い浮かばないほど。それを証明するかのように、イタリア本国では早くも『霧の中の少女』に続くカリシにとって2作目の監督作『L’uomo del labirinto』(ミステリー作家としてのドナートの代表作、ミーラ・ヴァスケス捜査官シリーズの一作)も公開されていて、同作では『霧の中の少女』にも主演している現代イタリア映画界を代表する名優トニ・セルヴィッロと並んで、あのダスティン・ホフマンがリードロールを務めている。

 さて、ここまで読んで、「いや、最近も『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』や『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』のようなミステリー映画の秀作があったじゃないか」と思う方もいるかもしれないが、少なくとも「ミステリー映画」というジャンルの原理に則って言うなら、それらの作品はいわば変化球的作品というか、「もしかしたら時代遅れかもしれないミステリー映画」の現状を逆手に取ったような作品だった。その点、『霧の中の少女』は古典的なミステリー映画のフォーマットを崩すことなく、その上で現代的なモチーフも盛り込んだ、適正な2時間のストーリーテリングによる模範解答的ミステリー映画と言える。そうそう、ジャン・レノが久々(失礼!)に名演を披露(しかも流暢なイタリア語で)しているところにも注目。カリシのミステリー小説がそうであるように、彼の監督作もイタリア国外で広い支持を集めるも時間の問題だろう。

■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「Rolling Stone Japan」などで対談や批評やコラムを連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。最新刊『2010s』(新潮社)、2020年1月30日発売。Twitter

■公開情報
『霧の中の少女』
2月28日(金)kino cinema横浜みなとみらいほか全国順次公開
監督・原作:ドナート・カリシ
出演:トニ・セルヴィッロ、アレッシオ・ボーニ、ジャン・レノ
配給:キノフィルムズ・木下グループ
2017年/イタリア/イタリア語/カラー/SCOPE/5.1ch/128分/原題:The Girl in the Fog/日本語字幕:岡本太郎
公式サイト:girl-fog.jp

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